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第78話父帰る01

翌朝、いつものように夜明け前、稽古に出ると、ローズと並んでジークさんがいた。

挨拶を交わすと、

「今日、朝食後に発つことになった。良ければ最後に稽古を見せてくれないか」

と言うので、もちろん了承し、いつものように型の稽古を始める。

一通りの型を終えてジークさんを見ると、やや難しい顔で、

「いい物を見せてもらった」

と短く感想を言われたが、

「対人戦の型はもう少し練っても面白そうだ」

とありがたい指摘をいただいた。


その後、ジークさんにお願いして、ローズの剣を少し見てもらう。

やはり私では気が付かない点もあるだろうと思ってのことだったが、案の定、騎士の剣術と私の剣術には若干の開きがあるらしく、要人警護における注意点をいくつか教わった。

守りの剣と剣による守りは違うものだという認識にハッとする。

ローズもいい勉強になったらしく、機会があればまた指南してほしいと言って、その日の稽古を終えた。


ジークさんと一緒に井戸へと向かう。

「なかなか見どころのある子だ」

ジークさんはそう言って、ローズをほめてくれた。

「あとで、伝えておきましょう。きっと喜びます」

「ああ、しかし…」

となにやら言い淀むジークさんに、私は、

「ええ。あとは覚悟の問題ですね」

と言った。

「そうだな。あればかりは教えることが出来ん。騎士を目指すものなら避けては通れん問題だが…。こればっかりは心を磨けとしか言いようがない。しかし、それはある種のあきらめとは違うということをどう伝えればよいか…。難しい問題だ」

そう言って、ジークさんは、対人戦の覚悟の話をしてくれた。

悪いやつだから斬った。

そう思い切ってしまってはなんの解決策にもならない。

むしろ、思考の放棄は最悪の決断だと言ってもいいだろう。

それは人間性を失ったのに等しい。


斬られる覚悟もそうだ。

何に命を賭けるのか、その見極めは難しい。

果たして、その選択が最善なのかどうか。

一生考えてもわからないことを一瞬で判断しなければならないのだから、実に残酷だ。

それでも、剣をふるい続ける覚悟があるか。

禅問答のような問いかけをずっとし続けなければいけない。

騎士というのは過酷な商売だ。


(いや、それをいうなら私もか…)

そう思って自分の立場を鑑みる。

ただの冒険者であった頃の私はもう少しいい加減に考えていた。

しかし、そんな私も今やこの村の村長だ。

守るべきものがたくさんある。

果たして、私はその覚悟ができているのだろうか。

おそらく、この先の人生でもこの問いは頭の中にこびりつき続けるだろう。

…村長というのも、過酷な商売だ。


そんなことを考えていると、

「そういえば」

と言って、ジークさんが話題を変えた。

「贈られる森馬は見たか?」

そういえば、そんなことを言われていたなと思い出し、

「いえ。そういえばそんなお話でしたね。昨日、白馬を見に行ったときに会ってはいると思いますが、まだしっかり挨拶したわけではありません」

と答えると、

「おお、それはいかんな。馬にはもう言い聞かせてあるから、きっとうずうずして待っているだろう。まだ朝食までには時間があるな。よし、さっそく会いに行こう」

と、ジークさんに言われて、朝食前に2人して私に贈られるという森馬に会いに行くことになった。


厩へ行く途中、ふと気になってジークさんに聞いてみた。

「そういえば、なぜ私に森馬を?」

「ん?ああ…気を悪くしないでほしいんだが、最初は馬もリディお嬢様への贈り物だったんだ」

私もなんとなくそんな気がしていたものだから、

「やはりそうでしたか」

と言うと、

「ああ。私との手合わせを見た直後にお贈りになることを決められた。…まぁ、良い物を見せてもらったとおっしゃっていたから、その褒美だとでも思って遠慮なくもらっておくといい」

とジークさんはそう言って、真相を明かしてくれた。

私は、

「なるほど…。ありがたく頂戴いたします。正直、助かります。なにせ森の移動が楽になりますから」

と言い、

(あまり深く考えても無駄だろうな…。とりあえずもらえるものはありがたく頂戴しておこう)

と思って、あまり気にせずありがたく頂戴することにした。


やがて厩に着くと、ズン爺さんがいて、馬たちに餌をやってくれている。

「おはようズン爺さん」

私が一声かけると、ズン爺さんは、

「おはようごぜぇます、村長。どうなすったんで?」

と私が珍しく朝から厩に顔を出したものだから、いったいどうしたのだろうか?と不思議そうな顔をして聞いてきた。

「ああ、なんでもその中に1頭私にいただけるのがいるそうだから、少し顔合わせにな」

と言って、私がここへ来た理由を言うと、ズン爺さんは、

「なるほど、ならたぶんあいつのことですかいねぇ?」

と言って、1頭の黒い馬の方へ視線をやった。


見ると美しい黒い毛並みの、他に比べると少し小柄な馬が飼葉を食んでいる。

私がしばしその馬に注目していると、横から、

「ひひん!」(おはよー)

と言って、例の白馬が元気に挨拶をしてきた。

私は白馬の方へ近寄って、

「ああ、おはよう」

と挨拶を返し撫でてやりながら、

「今日は新しくうちに来るっていう馬に会いに来たんだ」

と言うと、その馬は、

「ひひん!」(あの子!)

と言って、やはりあの黒い馬だと教えてくれた。

「そうか」

また、よしよしと軽く白馬を撫でてやってから私はその黒い馬に近づく。

するとその馬は、飼葉桶から顔を上げ、じっと私を見つめてきた。

澄んだ深い緑色の瞳が印象的な馬だった。

「すまんな。挨拶が遅くなった」

私がそう言って、軽く頭を撫でてやると、

「ぶるん」

と軽く鳴いて、また飼葉を食みだした。

(…これはちょっとご機嫌を損ねてしまったか?)

と思ったが、私は、そうやって飼葉を食む馬の首のあたりを撫でてやりながら、

「美味いか。よかった」

と言って、そのままその馬が私に顔を向けてくれるのを待った。

やがて、その馬は再び飼葉桶から顔を上げると、私の方をじっとみつめてくる。

「すまんな。これからよろしくたのむ」

もう一度私がそういって、挨拶をすると、その馬は、

「ぶるる」

と小さく鳴いて、今度は私に顔を寄せてきた。

「そうか。よかった…」

私はなんとなく、馬が許してくれたような気がしたから、少しほっとして、

「そう言えば、こいつの名前は?」

とジークさんに聞いてみると、

「ん?ああ、そいつはまだ名が無い。この間やっと独り立ちしたばかりでな。よかったらつけてやってくれ」

と言われた。

「………」

私が少し考え込むと、私の中の日本の記憶が教えてくれた。

碧い瞳ならこれしかないだろうと。

「…エリス」

私がその記憶が教えてくれた単語をつぶやくと、

「ひひん!」

と馬が嬉しそうに鳴いた。


きっと気に入ってくれたんだろう。

「ほう。いかにも淑女らしい良い名だ。響きが美しい」

そう言って、ジークさんはほめてくれる。

「ひひん!」(かわいいお名前、よかったね!)

白馬も新しい仲間の名づけを喜んでくれた。

今更だが、エリスは牝馬だったようだ。

最初に聞いておけばよかった。

少しひやりとしたが、結果良かったのだからそれでいいだろう。

みんなが嬉しそうなので、なんの問題もない。

そう思いなおして、もう一度エリスを撫でてやってからズン爺さんも交えて屋敷へ戻っていった。


皆して勝手口から入って行くと、

「おはようございます。あら、今朝はみなさんお揃いなんですね」

と言って、いつものようにドーラさんが迎えてくる。

「ああ、稽古の後ちょっと厩に寄っていてな。待たせたかい?」

私がそう聞くと、ドーラさんは、

「いいえ。リーファ先生もジード様も今しがた食堂へお入りになられたばかりです」

と言った。

私は客人を待たせてはいけないと思って、

「おお、そうか。じゃぁ急いで着替えてくるよ」

と言ったが、そう言った瞬間、

「ええ、では先にお出ししておきますね」

と言って、ドーラさんはオーブンを開け、パンの香ばしい香りを台所中漂わせた。


作業台の上を見れば、すでにソースが塗られたカツが用意されている。

その光景を見て、私はカッと目を見開くと、

「カツサンド!」

と思わず叫んだ。

そんな私に、ドーラさんは、微笑みながら、

「続けざまになってしまうのは申し訳ないような気もしましたが、皆さん、昨日のカツを大変気に入られたようでしたから、こちらも気に入っていただけるかと思いまして」

と言ってくれる。

昨日もカツだったのに、またカツかなどとバカなことは思わない。

カツとカツサンド、それらは完全に別物の食い物だ。

カツサンドは、沁み込んだソースが醸し出すジャンクな雰囲気と、肉を挟んだことで生まれる豪華さがという一見相反するその2つが同居する奇跡の食べ物だ。

私は、

「本当にすぐ着替えてくる!」

と言って飛び出すように台所から出て行った。

きっとジークさんはあっけに取られているだろう。

ドーラさんは「あらあら」と言って微笑み、ズン爺さんは「仕方ねぇですなぁ」と言って苦笑しているに違いない。

だが、そんなことはどうでもいい。

朝からカツサンド。

その誘惑は、私に我を忘れさせた。


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