食堂に入ると、リーファ先生はすでに食卓についていた。
互いに軽く挨拶を交わし、伯爵が着席されると食事が始まった。
伯爵家のメイドも給仕を手伝ってくれて、まずは食前酒のシードルで乾杯すると、さっそく料理に手を付けた。
今日のメニューは和洋折衷。
最初に配膳されていたのは、サラダとヤナのマリネ、おろし大根を添えた出汁巻卵に、干し果物で作ったチャツネ風のソースがかかったクックのロースト。
色々な味が楽しめるようにどれも少量ずつだ。
それらが家では上等な部類に入る皿の上に、お上品に盛られている。
ドーラさんの仕事は相変わらず素晴らしい。
次に運ばれてきたのはハンバーグとコッコの照り焼き。
ハンバーグにはケチャップベースの昔懐かしいソース。
コッコの照り焼きにはタルタルソースを添えてみた。
私の記憶では町の洋食屋さんでたまに見かける「よくばりプレート」的な感じがするメニューだが、ケチャップは我が家の名物だし、この世界にはなぜかハンバーグもタルタルソースも無いからきっと物珍しく思っていただけただろう。
こちらも、小洒落たレストラン風に盛られている。
個人的には白米に乗せて食えないのが残念だ。
案の定伯爵は口に入れた瞬間目を見開き、すぐに笑顔になると美味しそうに食べだした。
特にタルタルソースがお気に召したらしい。
(食べすぎには注意してくださいよ)
と思いながら私も肉を堪能する。
食事中は会話も弾んだ。
私が冒険の話をすると、伯爵は興味深く聞いてくれたし、逆に私も伯爵領の食事情やマリーの小さい頃の話は興味深く聞いた。
料理の締めはほぐしたソルの身を混ぜ込んだご飯と茸汁。
我が家の鉄板料理だ。
こちらも伯爵領ではまずお目にかかれない物だろう。
お差支えなければ箸で。
と勧めると伯爵は気軽に応じてくださった。
伯爵は茸汁を一口飲んで、「ほぅ」と息を吐く。
その表情で満足度が伝わった。
そして、今日のデザートはプリン。
「ずいぶん前になりますが、マルグレーテ様にこのプリンをお出ししたら大変喜んでくださいました」
と言って私がプリンを紹介すると、伯爵は、
「ああ、これがプリンですか…。マリーから聞きました。なんでも固形の物があまり食べられない娘のことを考えてお出しいただいたとか。他にもいろいろと珍しい食べ物を考えてくださったと聞いています。感謝いたします」
と言って頭を下げられた。
「いや、エインズベル伯爵。どうか顔をお上げください」
私が慌ててそう言うと、伯爵は、
「いや、これは失礼。逆に気を遣わせてしまいましたな」
と言って、苦笑いすると、プリンを一口食べ、「美味しい」と静かに言ったあと、
「久しぶりに娘と同じものを口にできました。エデルシュタット男爵からすればたいしたことではないと思われるかもしれませんが、娘と同じ味を共有できたというだけでも、親としてはうれしいものです。」
と言って、嬉しそうに微笑んだ。
「いえ、お気持ちはなんとなく。実はつい最近、私も似たようなこと…、食事は何を食べるのかと、いつどこで誰と食べるのかというのがきちんとそろわないと本当に美味しく感じないということに気が付きまして、それから当家ではマルグレーテ様と私たちの食事に共通するものを一品付けるようしております。やはり知人と同じものを食べていると思うだけで味も違って感じましょうから」
と私が言うと、伯爵は、
「そのようなお心遣いまで…。エデルシュタット男爵にあの子をお願いして本当に良かった…」
と言って、少し涙ぐまれた。
そんな伯爵の様子を見て、伯爵家のメイドも泣き笑いのような表情を浮かべている。
私とリーファ先生そして、ドーラさんがそんな様子を微笑ましく見つめると、食卓は温かい空気に包まれ、和やかなまま散会となった。
私は伯爵を玄関先まで見送りに出て、
「おそらく明日か明後日にはリーファ先生の御父上一行もお戻りになるでしょう。その際はまたご一緒に晩餐を」
と言うと、伯爵は、
「ええ、マリーはリーデルファルディ先生とお友達になったと言って喜んでおりましたから、マリーの父として、是非ともご挨拶させていただきたい。その際はよろしくお願いいたします」
と言って握手を交わすと、伯爵は離れへ戻って行かれた。
(いい食事会だった)
そう思って見上げた夜空には満点の星が輝いている。
この世界の空はいつも美しい。
私の記憶にある世界の空はこんなにも美しくはなかったような気がする。
そんな夜空を見上げて思った。
車も携帯も無いが、この世界の方が美しいではないか、と。
私はこの世界に生まれてきてよかった。
改めてそう思い、私は屋敷の中へと戻って行った。
翌朝、またいつもの日常が始まる。
今日の朝食は、ハンバーガー。
朝から重たいものを好まないズン爺さんのために、サニーレタスこと菜っ葉とトマトを挟んでさっぱり食えるようにしてある。
なんでも昨日、ハンバーグのタネを多めに作って、ハンバーガー用に薄く成形したものを焼いておいたらしい。
それを温めなおしてパンに挟んである。
バンスではなく丸パンに挟んであるから、正確にはハンバーガーもどきと言った方がいいのかもしれないが、そこはどうでもいいだろう。
朝、離れにも届けたそうだから、きっと、伯爵も護衛騎士たちも喜んで食べているはずだ。
伯爵領は畜産品が比較的よく手に入る。
彼らが帰ったらきっと伯爵領でもハンバーガーが流行るに違いない。
お土産代わりにケチャップのレシピを教えてもいいかもしれないな。
そんなことを思い付いた時、ふと前世の記憶が頭をよぎった。
惜しむらくはコーラが無い。
そうだ。
あと、フライドポテトを作らなければ。
ついでにポテトチップスも。
この世界にはありそうでない物がたくさんある。
チキンナゲットしかり、唐揚げもそうだ。
おそらく私以前にもいたであろう、転生した日本人…いや地球人か?はいったい何をしていたんだろうか?
ラーメン…はかんすいの作り方がわからないから無理だとしても、餃子もチャーハンもない。
材料はいくらでもあるはずなのに、だ。
もしかしたら米、味噌、醤油の開発と普及までで精一杯だったのだろうか?
であれば、私の使命はできる限り多くの料理を広めることなのか…?
神なんて信じたこともないし、これからも信じることなどありはしないが、仮にそういう存在がいやがったとしたら私にそういう役目を背負わせたのかもしれない。
まぁ、私はあくまでも自分のペースでのんびり生きていくつもりだから、仮にそんなものがあったとしても知ったことではないが、やはり美味い物をいつでも気軽に食える環境はぜひ作りたい。
そのうち、レシピ本でも作ってコッツにばらまいてもらうか。
幸い村では紙がたくさん作れる。
よし、次の目標はそれだな。
そんなことを考えつつ、今日も役場に向かった。
役場に着くと、相変わらずアレックスが黙々と働いている。
「村長、おはようございます。昨日床屋の大将がお礼を言いにきました。あとは、街道を警備していた冒険者が何頭かの狼に出くわしたという報告がギルドからあったので、手が空き次第ギルドマスターに状況を確認しておいてもらえますか?」
といつもの調子でそう言うと、また淡々と業務の続きに取り掛かった。
昨日サナさんから報告があったウサギの件といい、狼の件といい、少し気になる。
しかし、私は今すぐには動けない。
あとで、アイザックに会いに行ったとき少し相談しよう。
とりあえず、今はジードさんと伯爵のもてなしに集中せねば。
そう思って私も自分の業務にとりかかった。
今日も書類仕事が多い。
この冬にでも新田を拓きたいという申請書にいくつかの住宅建設の許可、新たに村に移住したいという元冒険者に関するギルドへの身元照会の結果報告などなど。
新田は林業との兼ね合いも考えなければいけないし、水利の問題もある。
人手とその後管理の問題をどう解決するかという点についての検討が甘かったので、世話役連中でもう一度話し合って再考するようにと指示を出した。
住居の建設許可は1軒だけ農地との兼ね合いに問題がありそうなものがあったので、もう一度他の場所を検討してから代替地が無い場合のみ許可申請しなおすように指示する。
移住したい元冒険者については解体が上手いとのこと。
奥さんが料理上手なことを踏まえて許可を出した。
おそらくギルドで重宝されるだろう。
村に有能な人材が増えるのは喜ばしいことだ。
その他の農産物関連はいつもの通り。
アレックスの見立てを確認したあと、決裁して世話役に回すよう指示を出した。
トーミ村は本日も平和なり。
そう思いながらも少し気になる魔獣の増加と狼の件は、
(早めに確認しておいた方がいいな…。とりあえず午後はギルドに顔を出そう)
と思い、とっとと残りの仕事を片付けた。