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第70話父来たる14

その日の夕食は白根と一緒に濃いめの汁で煮込んだクックと根菜や鹿肉が入った団子汁、トマトの煮浸しにナスことポロとキュウリことキューカの浅漬けだった。

団子汁は具沢山の味噌汁に小麦を練った団子が入っているもので、村では炭焼きの連中が良く食っているらしい。

素朴な味で腹にたまる。

濃いめの味付けのクックとあっさりとしたトマトの煮浸しのコントラストがいい。

無限に食べられそうな組み合わせだ。

ちなみに、このトマトの煮浸しはアレスの町の雷亭いかづちていで食った料理をドーラさんに教えたらクックや茸の出汁を使って和風に寄せて再現してくれた。

どれも米によく合う。


やはりこの夕食の席にジークさんはいない。

しかし今頃、自室で私たちと同じ食事を取っているはずだ。

さすがに、あの手合わせの後で美味そうに飯を食う私たちの後ろに控えさせるのは拷問以外の何物でもない、と私がジードさんに言ったらジードさんは笑いながらジークさんに部屋で飯を食うように言いつけてくれた。

今頃ルビーさんと一緒に舌鼓を打っていることだろう。

本当はみんなで一緒に食う方が美味いのだろうが、そこは仕方ない。

貴族というのは本当に面倒くさいものだと改めて思った。


「そういえば、バン君」

と、先ほどから器用に箸を使っているジードさんが私に声をかけてきた。

「離れにいるご令嬢の父君が明日いらっしゃるそうだね」

「ええ」

と私が相槌を打って、先を促すと、

「では我々は久しぶりに森で狩をしてくることにしよう。出かけていれば気の遣いようもないしね」

と言って、ジードさんはマリー親子の久しぶりの再会をできるだけ邪魔しないようにと気を遣ってくれた。

私が、

「お心遣いありがとうございます」

と言うと、

「うん。私も娘を持つ身だからね。気持ちはよくわかる。私がリディに会えなかったこの数十年、どんなにさみしい思いをしたか…」

と言って、涙ぐむ真似をするジードさんにリーファ先生は、

「猿芝居はやめてください、父上」

と言って、ジト目を向けて軽くにらんだ。


なんとも微笑ましい光景だ。

(結局この親子は似た物同士で仲が良い)

そう思うと自然と笑顔がこぼれた。


いつものように食後のお茶を飲み、デザートにいくつかの干し果物を練り込んでアップルブランデ―をたっぷりとしみ込ませたパウンドケーキを堪能するとその日の夕食は和やかに終わった。

ジードがドーラさんに案内されて客室に入ると、そこにはジークとルビーが控えている。


「お心遣い痛み入ります」

そう言って、ジークとルビーが頭を下げると、

「構わん。今日はいい物を見せてもらった」

と言ってジードが客室のソファーに腰かけると、すかさずルビーがお茶を用意する。

ジードはそのお茶を一口飲むと、

「さて、感想を聞かせてもらおうか」

と言ってジークに顔を向けた。


「はっ。まず、剣の腕だけでもすさまじいものがありました。たしかに対人戦には慣れていないようでしたが、ほんの少し経験を積めば私なぞ簡単に上回るでしょう」

とジークがそう言うと、

「なるほど。そこまでか…」

と言ってジードはため息を吐き、少し苦々しい表情を浮かべた。

ジークはさらに続ける。

「それに加えてあの独特の魔力操作と身体強化は脅威以外のなにものでもありません。彼自身が我が国に敵対するとは思えませんが…。やはり良好な関係を築いておくにこしたことはないかと」

「やはりお前もそう思うか…」

そう言って、ジードはしばし黙考し、今度は、

「あのカタナというのをどう見る?」

と刀についての考察を問うた。

「おそらく…」

そうジークが答えると、ジードは、

「そうか…」

と短く言って再び考え込んだ。

すると、そこへルビーが、

「僭越ながら」

と言ってジードに発言の許可を求めた。

「なんだ?」

ジード眉間にしわを寄せたままそう言うと、ルビーは一礼して、

「このまま静観されるべきかと」

と言った。

ジードはまだ、眉間にしわを寄せたままながら、一瞬不思議そうな顔をして、

「なぜそう思う?」

と訊ねる。

「はい。陛下のお望みは、バンドール・エデルシュタット男爵がなんらかの形で政争の具として使われる事を未然に防ぐことにあると愚考いたしますが、いかがでしょうか?」

ルビーがそう言うと、

「ああ。あの力にあの剣…。どちらも事前の情報を上回っている。どの国にもバカはいるものだ。放ってはおけまい…」

とジードは言って、眉間にしわを寄せると、

「で、どうして静観しろと?」

と言って、ルビーに続きを促した。

「はい。まず、あの御仁のお人柄からしてそのような事態は考えにくうございます。公女殿下同様、自由を尊ぶ性格だとお見受けしましたので。それに王国中枢が気付いていないのでしたら、積極的に手を出せば墓穴を掘りかねないかと存じますが?」

とルビーは自身の見解を述べたが、

「ふむ。一理あるが、それはあまりにも希望的観測に過ぎる。残念だが、そのことを理由に静観はできない。やはりある程度は積極的に取り込んだ方がいい」

と言ってジードはルビーの意見を一蹴し、

「ジーク、何かいい考えはないか?」

と今度はジークに意見を求めた。


「…残念ながら。すぐには思いつきません。ただし、陛下のおっしゃるように、バンドール・エデルシュタット男爵という男は早めに取り込んでおくべきでしょう。それに際しては下手に刺激することはおやめになった方がよいかと存じます」

ジークがそう言うと、

「うむ。そうだな。うかつなことをして逆効果になってはいかん。ある程度時間がかかるのは仕方ないが、ヒトの時間は我々の感覚では考えられないほど短く速い。あまりエルフ的な感覚で悠長にはしておられんぞ」

とジードがやや焦ったようにそう言ってジークを見る。

それに対してジークは、

「はっ。誰か人を送り込むことも考えられますが、急いてはことを仕損じ、逆に王国側の警戒感を高めかねません。幸い当家には公女殿下が逗留しておられます。当面は諜報に長けたものをメイドとして送り込み様子を見させるのがよいかと」

と進言した。

「そうなるか…。しかし、上手いこと事を運べる人材となると、それなりの教育を受けたものということになるか…。城のメイドの中にそのような者は?」

と言って、今度はルビーの方へ顔を向けながらジードがそう訊ねるとルビーは、

「はい。そのような人材をお求めであれば、候補となりそうなものは何人もいるかと。しかし、本人が引き受けてくれるかどうかということになればおそらく数人に絞られます」

と答える。


「よし、では戻り次第さっそく人選に移ろう」

そう言って、ジードはこの話は終わったというように、2人向けてそう言ったが、そこでルビーがまた、

「陛下。メイドを派遣することは賛成でございます。たしかに、公女殿下のお世話係はいた方がよいかと。しかし、諜報を目的としたものではない方が好ましいかと存じます」

と発言した。

「いや。それでは何の意味も無い。…ルビー、先ほどから妙な意見を言うが、余の差配に不満でもあるというか?」

ジードがルビーに対して、少し叱責するような口調でそう言うと、

ジークが慌てて、

「申し訳ございません、陛下。これにはよく言って聞かせますのでどうかご容赦願います」

と間に入る。

「うむ。…奥向きを取り仕切るルビーのことだ。政の機微に疎くとも致し方あるまい。さほど気にしてはおらんから心配するな」

ジードは寛大な処分を下したが、ルビーは続けて、

「陛下。ことは政の機微ではなく、女心の機微にあるかと存じます」

と言った。

すると、ジードは本当に怒ったような顔になりながらも、努めて冷静であろうと自分を抑えながら、

「それはどういうことだ?」

とルビーに訊ねたが、そんなジードに対してルビーは怯むことなく、

「はい。陛下。庶民の言葉にこんなことわざがございます。『他人の恋路を邪魔する者は、赤亀に踏まれて死んでしまえ』というものです」

と言った。


赤亀というのはエルフの森に住む人畜無害な小さな亀のことだ。

それに踏まれて死んでしまえというのだから、目上の者に使うにはかなり失礼な言葉に当たる。

そんな例えを出され、今度こそ本当に堪忍袋の緒が切れそうになったのか、ジードは激高しそうな自分をなんとか抑えつつも、ルビーをキッとにらみつけ、

「だから、そなたは先ほどから何が言いたい!?」

と先ほどよりも強い口調でルビーを問いただした。

「はい。恐れながら陛下。事が外交に関わることだということは重々承知しております。しかし、それと同時に公女殿下のこれからの人生に関わることでもございます」

そう言ってルビーは真っ直ぐな目で絶対に引かないという意思をジードに示しながら続けて、

「私は公女殿下がお小さい頃からおそばにおりました。公女殿下のお幸せを何よりも願っております。今、公女殿下が欲しているのはこの村での平穏な生活以外の何物でもございません」

そう言い、今度は何か決断するように、一度小さく深呼吸をすると、一言、

「公女殿下はバンドール・エデルシュタット男爵を憎からず思っておられます」

と言った。


ジードはあっけにとられたような顔をして、

「…え?」

と言う。

そこへルビーは、さらに続けて、

「ですので、ここはリディお嬢様とエデルシュタット様の関係を壊さないよう、慎重に行動してくださいませ。さきほどのアレのように、あまり余計なことをするとリディお嬢様に一生口をきいてもらえなくなってしまいますよ?」

と言ってジードにとどめを刺した。

相変わらずジードはあっけにとられたような顔をして、

「…あ、ああ」

と絞り出すように声を発するのがやっという感じでつぶやく。

するとルビーはジードを諭すように、微笑みながら、

「今、この家に送り込むとしたら、諜報活動に長けた者ではなく、若く、政治向きのことには無知で、料理好きな者が適任でしょう。なにせ、あのドーラさんのお作りになる料理は大変美味しゅうございますから」

と言って、その無用な会議を終わらせた。


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