ややあって、私がリビングに戻りノックをすると、ルビーさんが扉を開けてくれた。
中に入り一礼する。
「失礼いたしました」
と言うと、リーファ先生が
「やぁ、お帰りバン君。どうだった?」
と言った。
私は、おそらく伯爵家の反応を聞いてきたのだろうと思ったので、
「ああ、部屋割りの件は了承してもらえそうだ」
と返すと、
「そかい。それは良かった。すまないね、うちの親が迷惑をかけて」
とリーファ先生がいかにも申し訳ないといった感じで謝ってきたが、私は、
「いや、そんなことは無いさ」
と気軽に答え、続けて、
「で、マリーの件は?」
と聞いた。
「ああ、それは問題ないよ。ちゃんとこの村に長期滞在する許可ももらったし、学院の方の許可も問題ないはずだから心配ないよ」
「そうか、それは良かった。万が一リーファ先生がいなくなるなんてことになったらマリーが悲しむだろうからな」
私が笑顔でそう言うと、
「悲しむのは私も同じさ。なにせ、マリーは私の友達だからね」
と言ってリーファ先生も笑った。
「そうそう、そう言えば」
と我々のやり取りを微笑ましげに見ていたジードさんが話題を振って来た。
「ここまで案内してくれた壮年の男性が言っていたんだけど、バン君は最近イノシシ狩りをしたらしいね?」
「ええ、まぁ」
私がそう答えると、ジードさんは、
「その彼がイノシシの切り口が恐ろしく綺麗だったと言っていたけど、いったいどんな技を使ったんだい?」
と聞いてきた。
私はどう答えたものかと少し考えて、
「…私の得物は斬ることに特化しております。刀と呼んでいますが、一般的に使われている剣よりも細くて少し反りがある少し変わった形のものです」
と答えると、
「ほう」
と言って、ジードさんは興味を示した。
その横でジークさんも私の方を見つめている。
そんな2人の表情を見て、私が、
「お2人ともよろしければ、ご覧になりますか?」
と聞くと、
「おお、いいのかい?実は、このジークがその話にやたらと興味を持ってね。ぜひ後学のためにも見たいと言っていたんだよ」
とジードさんが言い、
ジークさんもゴホンと一つ咳払いをして、
「かたじけない」
と一言った。
「では、取って参りましょう」
私はそう言って、いったん自室に戻ると、すぐに刀と、木刀を持ってリビングに戻ってきた。
そして、テーブルの上に刀と木刀を並べておくと、
「どうぞ、ご覧ください。木でできているほうは木刀と言って、稽古用のものですが、振った感じなどは似ているのでご参考までに」
と言って、ジードさんに差し出した。
すると、ジードさんが、
「少し触らせてもらってもいいかい?」
と聞いてきたので、快く了承し、
「では、抜き方に少々コツがいりますので、抜かせていただきます」
と言って、何歩か後ろに下がると、鯉口を切って一息に刀を抜いた。
その様子を見て、
「ほう」
とジードさんが一言唸る。
ジークさんも真剣な眼差しでこちらを見ていた。
私は、
(そんなに感心されるようなことでもないんだが…)
と思いながらも、切っ先を自分の方に向けて、まずはジードさんに刀を差しだすと、
「どうぞ」
と言って、刀を手渡した。
「では、失礼するよ」
と言ってジードさんは刀を手に取ると、意外にも真剣な眼差しで刀をじっと見つめ始めた。
そして、今度はジークさんが、
「こちらもよろしいか?」
と言って、木刀に興味を示したので、私は、
「ええ、どうぞ」
と言って、木刀を手に取り、ジークさんに渡す。
木刀を手に取ったジークさんは、
「いい木を使っている。黒ダマと見たが?」
と私に聞いてきた。
私は木刀の材料については全く知らなかったので、
「申し訳ない。実は、その刀も木刀も師匠からのもらい物でして、材料などはわからないのです」
と正直にそう答えると、ジークさんは、
「そうか。いや、おそらく黒ダマで間違いないだろう。北方の国でわずかに産出される銘木だ。硬くて良くしなる上に割れにくい。良い木だ」
と教えてくれた。
それからジークさんは角度を変えて見たり、簡単に構えを取るような恰好をしてみたりしていたが、
「…難しいな」
とひとこと言った。
「私も普通の木剣は扱いに苦労します。やはり慣れた得物が一番でしょう」
と私が言うと、
「へぇ、そういうものなんだね。私は剣術はたしなみ程度だからよくわからないが、そういうものなのかい?」
とジードさんが聞いてきたので、私は、
「ええ、特に私は何十年も同じものを扱ってきましたから、今更他の得物は使えないと思います」
と苦笑しながらそう答える。
「そうなのかい!?その…カタナと言ったかな?は、それほど長く使っているようには見えないが…」
「ええ。それが、私にもよくわからないのですが、この刀は今まで一度も折れるどころかかけたこともありません。まったく、いい得物です」
と少し自慢したいような気持もあって、私は笑顔でそう答えた。
「………」
私がそう言うと、ジードさんは、また真剣な眼差しで刀をじっと見つめ、
「そうなんだね…」
と一言もらした。
しばらくすると、ジードさんは、
「ふぅ」
と息を吐いて、少し疲れたような表情をすると、ジークさんの方を見た。
すると、ジークさんは私に、
「私もいいだろうか?」
と訊ねてきたので、私が、
「ええ、どうぞ」
と言って、了承すると、
「かたじけない」
と言って、ジークさんは一礼しジードさんから刀を受け取った。
そして、やはりジードさんと同じようにまじまじと刀を見つめ、また角度を変えながら、反りを見たり軽く構えて重さを確認したりする仕草を何度か行い、ジードさんと同じく、
「ふぅ」
と息を吐くと、
「いい物を見せてもらった」
と言って刀を私の方へ差し出した。
「どうだい?ジーク」
とジードさんがジークさんに問いかけると、
「はっ。ぜひ一手、手合わせ願いたいものです」
と答えてジークさんは私の方を見る。
私は、
(なぜそうなる?)
というような表情でジークさんの方を見て、
「私は対人戦には慣れておりませんが…」
と答えたが、横からジードさんが、
「はっはっは。バン君、このジークは剣術バカでね。きっと君の剣術を見たくなったんだろう。ぜひ相手をしてやってくれたまえ」
と笑いながらそう言った。
ジークさんは真っ直ぐな目で私を見、その横でルビーさんがため息を吐いている。
(本当に、いったいどうしてそうなるんだ?)
と思いながらも私は、久しぶりの対人戦に、
(まぁいい稽古になるかもな)
と思って軽い気持ちで、
「わかりました」
と答えた。
「おお!良かったな、ジーク」
とジードさんがジークさんに声をかけると、ジークさんは一つうなずいて、
「訓練用の木剣はあるだろうか?」
と聞いてきた。
「…残念ながら、我が家にはありませんが、ギルドにはあるでしょう。何本か取ってきましょう」
と私が言うと、
「いや、私が自分で取りに行こう。少し選びたい。すまんが誰か案内を頼めるか?」
と聞いてきた。
私は、ふと、ローズにも見学させてやるのもいいかもしれないなと思い、
「そうですね。では当家の庭番に案内させましょう。あと、ついでに離れにいるご令嬢の護衛騎士を連れてきてもいいですか?まだ若い娘ですが、ここ2年ほどちょっとした手ほどきをしておりまして、後学のために見学させてやりたいのですが」
と申し出た。
「ああ、そういうことなら構わん。ではさっそく行ってこよう」
とジークさんが言うので、私はリビングを出ると、ドーラさんを呼んでズン爺さんを連れてきてもらった。
「では、この者が案内しますので、戻ったら裏庭までいらっしゃってください。その間に簡単に支度を整えておきますので」
私はそう言って、ジークさんを見送ると、いったん屋敷の中へ戻り、ドーラさんにジードさんとルビーさんを客室に案内してくれと頼んでから、離れにローズを呼びに行った。