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第67話父来たる11

ジードさんから王都への帰還時期を聞かれたリーファ先生は少し考えて、

「あー…父上。それについては少し事情がありまして…。少し長く滞在することになりそうです」

と答えた。

リーファ先生のその答えに、ジードさんは少し怪訝な顔をして、

「というと?」

と聞く。

リーファ先生はどう話していいものか、という顔で、

「あー、…なんというか」

と一瞬考え込んだが、その時、ふいに食堂のドアをノックする音が聞こえた。


「村長、ご来客中に申し訳ございません、アレックスです」

とのおとないに、ドーラさんが客人に向かって一礼するとドアを開け、アレックスもまた一礼してから、私の元へやって来きて、耳元で「先ぶれが」と一言いった。

私も一言、

「わかった」

と答えると、ジードさんに向かって、

「ジードさん、申し訳ない。実は明日ここへ賓客が来ることになっておりまして、どうやらその先ぶれの使者が来たようなのです。少しの間席を外してもかまいませんでしょうか?」

と聞いた。

「おお、そうだったのか。それは忙しい時に来てしまって悪かった。私は構わない」

と言ってジードさんは快く許可してくれる。

「リーファ先生、すまんが、マリーのことは先生から説明してあげてくれ。私は今の状況を説明する返事を書くから少し遅くなるかもしれん」

私がそう言うと、リーファ先生は、

「ああ、わかった」

と言って、説明役を引き受けてくれた。


「では、申し訳ないがいったん失礼いたします」

私はジードさんに向かって一礼すると、役場へと向かった。

私が役場に着くと、応接室には先日と同じ騎士がおり、

「バンドール・エデルシュタット男爵様、我が主、クルシウス・ド・エインズベルから伝令を申し付けられ、まかりこしました」

と言って一礼した。

「ああ、いつもすまんな」

「とんでもございません。主一行は明日の朝アレスの町を発ち、夕方にはこちらに着く予定となっております。主からはエデルシュタット男爵様にはご迷惑をおかけするが、何卒よろしくお頼み申し上げるとの伝言を預かっております」

「委細承知した。それと、すまんが、当家に急な来客があってな。リーファ先生…マルグレーテ嬢の主治医をしてもらっている人の御父上が急にいらっしゃった。母屋を入れれば部屋数は足りているから問題は無かろうが、護衛の皆様には客室ではなく、私室もお使いいただくことになるかもしれんがお許し願いたい旨一筆したためるから少し待ってくれ」

「かしこまりました」

そう言うと、私は急いで執務室に入り、冒頭に取り急ぎ失礼と一文入れて、事情を説明するための手紙を書いた。


一方その頃、リーファとその父、ジード一行は、食堂からリビングへ場所を移していた。

「今お茶をお持ちします」

そう言ってリビングから出ていこうとするドーラさんに、リーファは、

「ああ、ドーラさん。良かったらペットの2人を連れてきてくれないかい?これから何日か滞在するのであれば紹介しておきたいからね」

と言って、ドーラさんにルビーとサファイアを連れてくるよう頼んだ。

「かしこまりました」

と言ってドーラさんが部屋を出ていくと、親子はソファで対面し、

「なんだい?この家にはペットがいるのかい?」

とジードが話を切り出した。

「ええ。ああ、ジークとルビーも聞いてくれ」

とリーファは2人にも聞くように促すと、

「いいですか、父上。心によくとどめておいてください。これから紹介するペットは犬と猫です」

「ん?…ああ。それで?」

突然真剣な眼差しでそう言う娘をジードは不思議そうな顔をして見つめる。

すると、今度は、後ろに控えるジークとルビーに向かって、

「ジーク、ルビー、2人もしかと心するように。いいかい、これから紹介するのは犬と猫だ」

また同じことをこれまた不思議そうな顔をしていた2人に言った。

リーファは再び父親に顔を向けると、

「彼女たち…、ペットの犬と猫は2人とも雌なんですが、ともかく彼女たちはあくまでも犬と猫です。一部を除いて皆そう認識しています。いいですか、あくまでも犬と猫として接してください」

リーファがそう強く言うと、

「…わかった。なんだかよくわからんが、そうしよう。…お前たちもいいか?」

とジードが後ろの2人を振り返りながら確認すると、

「「はっ」」

と2人とも短く答えた。


やがて、ドアがノックされ、ドーラさんに連れられてペットの2人はリビングに入って来るなり、

「きゃん!」(サファイアはわんちゃん!)

「にぃ!」(ルビーはねこー!)

と開口一番、そう言った。


「はっはっは。2人ともきちんとご挨拶できてえらいぞ」

と言ってリーファは、足元までやって来た2人を膝の上に抱きあげる。

「父上、この子が犬のサファイア。そしてこっちの子が猫のルビーです。ああ、偶然だがルビーと同じ名だな。はっはっは」

とリーファがメイドのルビーに向かってそう言うと、

「んなぁ」(おんなじなまえー)

と猫の方のルビーは楽しげにそう言った。


「「「………」」」

3人は無言で固まっている。

「はっはっは。父上たちは2人の可愛らしさに声も出ないようだな」

と言って、リーファは2人を撫でながら笑顔で話しかけ、まだ固まっているジードに顔をむけた。

「あ、ああ…。そうだな…。あー、私はジーデルドロイン・エル・ロイ・ファスト・リベルシオートと申し…言う。ジードと呼んでくださ…くれ」

とジードが唖然としながらそう言うと、2人は、

「きゃん!」(じーど、よろしく)

「にぃ!」(じーど、おぼえた)

と言って、ジードに挨拶をした。


そんな変わったやり取りと、その後ろで無表情に固まる2人を少し不思議そうに見ながらドーラさんは、

「どうぞ」

と言って、リーファ親子2人にお茶を差し出し、「お2人の分はこちらに」と言って、サイドテーブルに紅茶を2つ置くと、

「さぁ、ルビーちゃん、サファイアちゃん。お話のお邪魔をしないように台所でおやつにしましょうね」と言って一礼すると、2人を連れてリビングを辞した。


ジード一行はドーラさんとペットたちが出て行ったドアを見つめていたが、やがて、

「…犬と猫…ということなんだな?」

とジードがリーファを見ながら確認するようにそう言った。

「ええ、父上。それ以上でもそれ以下でもありません」

リーファはきっぱりとそう言って、

「さて、本題に戻りましょうか」

と言った。


「あ、ああ」

ジードはまだやや放心状態ながらもそう言って頷く。

ジードの後ろに控える2人もはっとして、リーファの方へ顔を向けた。


「ええと…なんだったかな?ああ、そうだ。リディがしばらくの間ここに滞在するという話だったな」

そう言って、ジードはようやく本題を思い出した。

「ええ、そのことですが、実は、2年ほど前から、この屋敷の離れにとある貴族のご令嬢が療養のために滞在しておられ、私がその治療を請け負っております」

「ほう…」

と言ってジードは、なぜお前が?という表情でリーファを見つめて先を促した。

それに対して、リーファは、軽くうなずくと、

「私がその治療を請け負ったのは、バン君からの依頼だったからです。聞けば重度の魔素欠乏症とのことでしたから…、バン君一人に最期を看取る役やらせるのは忍びないと思って引き受けました」

と答えた。

「ほう。そうだったのか…」

と、ジードさんは悲しそうな表情で、少しうつむきながらそうつぶやいた。

しかし、それをみたリーファが微笑みながら、

「ええ。しかし、この2年と少しの間で彼女は確実に快方に向かっています。もしかしたら寛解の可能性も見えてきました」

と答えると、

「…なに!?」

と言って、ジードは驚き、

「いったい、どんな奇跡が起きたんだ!?」

と前のめりになって聞いた。


魔素欠乏症がほとんど不治の病であることは、ヒトにとってもエルフにとっても変わらない。

実際、毎年何人ものエルフがそれで命を落としている。

それだけにジードも、その奇跡の内容が気になった。

リーファは軽くうなずいて、薬草茶を一口飲むと、落ち着いた声で、

「残念ながら、全ての魔素欠乏症の治療が可能になったわけではありません。ただ、一部の者には治療の道が拓けました」

と言った。

「そ、それは…?」

まだ驚愕の表情を浮かべているジードに対して、リーファは落ち着いて話を続ける。

「魔素欠乏症には大きく分けて、2種類あるということが判明しました。一つは従来から知られている魔器の脆弱性による魔素の欠乏。これは残念ながら、従来の薬による治療以外の方法は今のところ思いつきません。しかし、逆に言えば、それが原因の魔素欠乏症は薬による治療がある程度可能だとも言えます」

リーファがそう言うと、ジードは深くうなずき、さらに続きを促した。

「もう一つは、先天的な魔力操作不全が原因だと考えられます」

「魔力操作不全…?」

リーファがそう答えると、ジードは聞きなれないというよりも、考えられない診たてに首をひねる。

「ええ、生まれつき、人類ならば誰でも行えるはずの本能的な魔力操作を完全に自律して行えないという状況だったようです。これが、ごく稀なのか、それとも一般的なのかは統計でも取ってみなければわかりませんが、少なくとも私が診ているご令嬢はそれが原因でした」

「…なんと」

ジードは言葉を失ったかのように、そう言ってリーファを見つめた。

「私がその可能性に気が付いたのはほかならぬバン君のおかげです。実は、彼も慢性的な魔素欠乏気味の体質でありながら非常に高度な魔力操作でその症状を抑えていました。むしろ、その魔力操作法によって、常人にはない身体強化魔法を使っていたくらいです。まぁ本人は全く自覚していないようですが」

と言って、リーファは苦笑し、もう一口薬草茶をすすると、さらに話を続け、

「私もその魔力操作法を体験しましたが、すさまじいものでした。私も真似事であればできるようになりましたが、完全に習得するにはかなりの時間が必要です。しかし、ある程度の真似事でもそれなりの治療には応用できるかと」

と言って、ジードを見つめ返す。

「なるほど…。それで、リディはそのご令嬢の治療とその研究のためにここに滞在するというわけだな?」

「ええ、そうです。あと、ドーラさんの作る料理が美味しすぎて離れられなくなってしまったというのもありますがね」

と、リーファは最後に冗談を付けくわえて、父の笑いを誘うと、

「はっはっは。なるほど、その気持ちは私もよくわかったよ」

とジードもまた笑いながら応じたが、すぐに真剣な表情に戻ると、すっと立ち上がってリーファを見下ろし、

「リーデルファルディ・エル・ド・ファスト・リベルシオート第4公女。そなたにエルフィエル大公国、大公ジーデルドロイン・エル・ロイ・ファスト・リベルシオートの名において命ずる。そなたは当地において、新たなる魔素欠乏症の研究に取り組み、その成果を大公国国民並びに全人類のために広めよ」

と命じた。

「はっ」

と言って、リーファは跪き頭を下げる。

しかし、ジードはすぐまた父親の顔に戻ると、

「思うままに生きるといい。リディ、君には自由がよく似合う。家族みんなそう思っているよ。だから家のことは気にしなくていいからね」

と目を細めてそう言った。

「…相変わらず、親ばかですね」

リーファがそう言って苦笑いする。

それに対して、ジードが、

「どこの親もそんなものさ」

と言って「ははは」笑うと、やがて2人そろって笑い合い、また久しぶりに親子水入らずの時間へと戻っていった。


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