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第66話父来たる10

私がなんとかそう言って、少し落ち着くと、

「失礼。どうも娘のこととなると周りが見えなくなってしまってね」

と言って、ジードさんは少し照れたような顔で改めてソファーに腰掛けると一口茶を飲んだ。

「いえ。とんでもない」

と私は努めて冷静にそう返す。


あの箱、護衛騎士のレベル、メイドの足の運び方。

どれをとっても、尋常じゃない。

しかし、どうしたものか。

ここからいきなり低姿勢になるのも変だし、第一、私に貴族的な振舞などできるはずがない。

どうせその内、ボロが出る。

(…仕方がない。腹を括って普通にしよう)

私がそんなことを考えていると、

「最近、ヒトの社会では、こういう突然誕生日プレゼントを渡したりして、驚かせるのが流行っているのだろう?どうだった?」

とジードさんがリーファ先生に向かって得意げにそう言った。


「…そんな流行、どこで聞いたのか知りませんが、度が過ぎますよ、父上」

とリーファ先生は嘆息交じりにそう言う。

私は、

(いわゆるサプライズパーティーとかプレゼントとかってやつか…。どこの世界でも人間の考えることなんて似たようなもんだなぁ)

と思い、ふと笑ってしまったが、横にいるリーファ先生から軽く睨まれたので、慌てて表情を戻し、はははと力なく笑ってごまかした。


すると、リーファ先生は小さくため息を吐き、

「…まぁいいさ。ともかく父上。いい加減にその思い立ったら突っ走る癖はお改めください」

と言って、ジードさんを軽く睨みつける。

「えー…。そんなこと言わないでおくれよ。それに今回の計画にはメイエンシリアだって、賛成してくれたんだよ?」

と言って、ジードさんはいかにも言い訳がましくそう答えたが、

「…はぁ…。父上、もう少し周りのことも考えてください。例えばそこのジークやその父親はどんな顔をしていましたか?」

とリーファ先生はそう言って、ジードさんのことをさらににらみつけながら問い詰めた。


「うっ…。いや、そこは、その…従者の務めだろ?」

とジードさんが焦って言葉を詰まらせながらそう答えると、リーファ先生は、まるで親が小さい子を諭すような表情をして、

「いいですか、父上。臣あってこそ家というものは廻っていくものなのですよ。その家を廻すために存在している臣を主自らが振り回すなど本末転倒ともいいところです」

と言って、しょぼんとしているジードさんに懇々と言い聞かせた。


(すごい。リーファ先生が正論を発している)

私は心の中でそんなことを思ってしまったが、どうやらリーファ先生はそれを敏感に察知したらしく、キッと私をにらみつけてきた。

私が、

(このままでは私にも飛び火しかねないぞ)

と思って、とりあえずジードさんに、

「…まぁ、とりあえず旅装をお解きになって飯にしませんか?長旅でお腹もすかれたでしょう?」

と言うと、ジードさんも、

「そうだね!とりあえず、積もる話は食事をしながらゆっくりと聞くことにしよう」

と言い、リーファ先生のさらなるお説教はとりあえず先送りとなった。


「…はぁ。まったく、あなたという方は…。バン君、君もだぞ?」

と言ってリーファ先生はまたため息を吐いたが、とりあえず、一同はそれぞれに移動する。

やがて私も簡単に身支度を整えて、食堂へと降りて行った。


食堂に入ると、メイドのルビーさんと護衛のジークさんは、さもそれが当然という感じでそれぞれ壁際に控えている。

とてもよければご一緒にと言える雰囲気ではない。

どうやら本日の昼食は私とリーファ先生、それにジードさんの3人でとることになったらしい。

私は、少し困ったような顔をしながら自分の席についた。


今日のメニューは夏野菜とベーコンがたっぷりと入ったスープに茸たっぷりの和風パスタ。

リーファ先生は、配膳されたそばからいつものように私が土産に渡したカトラリーセットを使って、ガツガツと食い始める。

そして、ジードさんもそんなリーファ先生の様子を見て、ニコニコしながら優雅に食べ始めたので、私も少しほっとして食事に手を付けた。


「ほう。これは美味いね」

まずそう言ったのはジードさんだ。

「おほめいただき、光栄です」

と私は簡単に答えたが、心の中では、

(ジードさんもドーラさんの魔法には抵抗できなかったようだな)

と思ってほくそ笑む。


「醤油とバターかな?バターはともかく醤油はエルフの国ではあまり手に入らないから、パスタに使うなんて発想は無かったよ。うん、塩気の塩梅といい、茸のうま味や醤油の香ばしさといい、実によく完成された料理だ」

と言ってジードさんはパスタの味を評する。

「その点に関してはまったく同意です、父上。それにこのスープのベーコンからしみだしたうま味とパスタの茸が持つうま味が口の中で複雑に絡み合って互いを引き立てているのも素晴らしい。そう思いませんか?」

リーファ先生も、いつものように興奮こそしていないが、ジードさんの意見に賛同の意を示して、スープとパスタの相性についての評価を付け加えた。

「ああ、そうだね。まったくその通りだ。新鮮で魔素がたっぷりと含まれた野菜の味もさることながら、食感もいい。抜群の煮込み加減だ」

そう言って、親子ともども目を輝かせながら目の前の食事に集中している。

私が言うのもなんだが、どちらも相当な食いしん坊らしい。

(まったく、似たもの親子だな)

私はそんな感想をいただきつつも、いつも通り美味いドーラさんの飯を楽しんだ。


そして、ちょうど食事が終わるころ、デザートの桃をドーラさんが運んできた。

この世界で桃はチールと呼ばれていて、私の記憶にある桃よりも硬いが、シャキシャキした食感でさっぱりとした甘さとみずみずしさが特徴的な果物だ。


そんなチールをこれまた美味しそうに口にしながら、ジードさんは、

「さて、いろいろと近況を聞かせてもらおうか」

と言った。


「そうですね。まずはこの村に来た経緯でもお話しましょうか」

と言って、リーファ先生は話を始めた。

「まず、このバン君は私の学院時代の教え子で、このトーミ村を領有するエデル子爵家の…何番目だったかな?」

と言って、私に確認を求めてきたので、

「4男坊だ」

と私はそう答えると、その説明を引き継ぐように、

「エデル子爵家の4男に生まれて、学院時代も含めて15年ほど冒険者をしていましたが、訳あって、7年ほど前、男爵になってしまってからはこの村で村長をしています」

とジードさんに向かっていった。

「冒険者?」

とジークさんが少し怪訝な顔で私を見る。

すると、

「あー、父上。このバン君という男は、少し変わり者でしてね。学院に入ったのも魔獣に関する文献が読みたかったからだというのですから、私も最初は驚いきましたよ」

と言って、リーファ先生は笑いながら追加の説明をしてくれた。

「なるほどそうか。どうりでこの国の貴族にしては無骨な感じだと思ったよ」

とジードさんはいかにも納得したという風にこちらも「はっはっは」と笑いながらそう言う。


「その辺の事情というか、私の人となりなどは娘さんからお聞きになってらっしゃらないのですか?」

と私がなんとなく聞くと、

「そうなんだよ、バン君!ああ、私もバン君と呼んでもいいかい?」

とジードさんは一応、という感じで私に呼び名の確認をし、

「ええ」

といって私がうなずくと、

「ありがとう。まったくこの子ときたらね、久しぶりに連絡をよこしたと思ったら、いきなり、ちょっと大きめのゴルの魔石と一緒に、今エデル子爵領の北にあるトーミ村というところの村長屋敷で世話になっているから、これを杖にしたらそこへ送ってくれって言うんだよ。まったく突然のことに私も妻も驚いてしまってね」

と、やや早口に言い、

それに対して、私が、

「え、ええ…」

と相槌を打つと、

「村長のバン君には失礼かもしれないが、トーミ村なんて聞いたことも無かったし、エデル子爵領と言えばいわゆる辺境だ…。私はもう、心配で心配で…。だからこうしてなんとか予定を空けて会いにきたんだよ。やっぱり娘の生活している環境は直接この目で確かめておきたいからね」

と、かなり心配そうな表情でそう言った。

(…なるほど、こいつは重度の親バカだとリーファ先生が言うのもわかる…)

と私は一人心の中で納得しながら、

「まぁ、この村はご覧の通り、ドの付く田舎ですが、のんびりしていて平和なものです。どうぞその点はご安心を」

と言い、リーファ先生も、

「その通りです、父上。バン君のおかげで、意外と居心地も良いですし、なにより食事が美味しい。素晴らしい環境ですよ」

と、父親を安心させるようにそう言った。

すると、ジードさんは少し安心したのか、

「そうか…。まぁ元気そうだし、一応は安心したよ」

と言って、ふぅと一息つくと、

「それで、王都にはいつ戻るんだい?」

と聞いた。


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