とりあえず、私はドーラさんとズン爺さんに事の次第を伝えて、飯を多めに用意してもらったり、寝具の予備を確認してもらったりした後、リーファ先生とお茶を飲みながら、おそらく彼女のご父親一行であろうエルフさんたちの到着を待った。
「ああ、そういえば少し気になったんだが」
と言って別にたいしたことではないのだが、と前置きしたうえで私はリーファ先生に
「
と質問をした。
ユックとは森林地帯に住む馬で、普通の馬よりも小さいからスピードはさほど出ないが、森を自由に動くことができる野生の馬だ。
北方の森林にいると聞くが、群れで行動したがるから、とにかく飼いならすのが難しいらしく、一般にはあまり利用されていない。
「いや、見た目はよく似ているけど全くの別物さ。エルフの森の固有種だからヒトにはほとんど認知されていないはずだよ。力も強くて賢いから森では頼りになるね」
と言って、リーファ先生は、森馬のなんたるかを教えてくれる。
「ほう。そんな種類の馬がいるのか。そいつは便利そうだな」
と私が言うと、
「はっはっは。森を歩くのが好きな君らしい意見だね。まぁ、この村でなら飼えるかもしれないから、仕入れてみるかい?」
とリーファ先生は気軽にそう聞いてきた。
「まぁ値段にもよるが…」
私が、
(まぁ普通の馬よりも少し高いくらなら、なんとかなるか?)
と思って一応値段を聞いてみると、
「あー…。たしか金貨100枚程度じゃなかったかな?」
とリーファ先生はまた何気ない感じでそう答えた。
リーファ先生の金銭感覚は時々わからない。
妙に庶民的だと思うこともあれば、時々どこぞのお姫様かと思うこともある。
飯は町の定食屋で食うことが多かったし、風呂も銭湯通い。
狭い部屋に住み、高い服など見向きもしない。
しかし、魔石や魔道具、薬草類に関してはまったく金を惜しまない。
それこそ、金貨100枚出すなんてことも珍しくは無かった。
必要な物には金を惜しまないが、必要のないものは最低限で済ませてしまう。
ある意味合理的なのかもしれないが、その振れ幅があまりにも大きいから、時々びっくりさせられる。
私がそんなことを思いながらリーファ先生を見つめていると、リーファ先生は、
「なんだい?そんなに驚くことじゃないだろう?なにせ、2、300年は生きるんだからね」
と言って、森馬が高い理由を教えてくれた。
私たちがそんなどうにもかみ合わない会話をしていると、表からベンさんとおぼしき声がして、すぐにドーラさんが応対に出てくれる。
しばらくして、リビングの扉がノックされると、その問題の客人がリビングへと入ってきた。
まずリビングに入ってきた、銀色の長髪を綺麗にまとめ、見るからに良い生地に、シンプルだが丁寧な刺繍が施された、立ての良い服を着ている男性が、おそらくリーファ先生の父親だろう。
その人はリビングへ入ってくるなり、
「あぁ、リディ!…こんなに綺麗になって…!」
と言って、リーファ先生のもとに駆け寄りそのまま抱き着こうとしたが、
「ノック」
とリーファ先生が小さく声を発した瞬間、腹を抑えてその場で跪くように倒れた。
おそらくリーファ先生の風魔法だ。
事前の詠唱が無かったからおそらく軽い牽制程度の物だろうが、不意を突かれればそれなりに効く。
私があっけにとられながらそんな光景を見ていると、
「父上、まずは挨拶くらいしたらどうなんですか?」
とリーファ先生は妙に落ち着いた声で、自分の父親を見下ろしながらそう言った。
すると、リーファの父親は、
「ケホッ…う…す、すまない…」
と言って、咳き込みながらよろよろと立ち上がり、私の方へ向き直ってから、
「…リディの父、ジーデルドロイン・エル・ロイ・ファスト・リベルシオートだ」
と少し顔をゆがめながらもなんとか笑顔を作って、そう名乗ってくれた。
「お初にお目にかかります。バンドール・エデルシュタットです。リーファ先生…あー、普段は気軽にそう呼ばせていただいていますが…。とにかく彼女には大変お世話になっております」
と言って私も名乗ると、
「あー父のことはジードでいいよ。どうせ長い名前は覚えられないだろ?」
とリーファ先生がやや苦笑しながらそう言ってくれたので、私は、
「ああ、それだと助かるが…。かまいませんか?」
といって、本人に直接確かめてみた。
すると、
「ああ、かまわんよ。娘の友達なんだから、遠慮はしないでくれ」
と言って、リーファ先生の父、ジードさんは今度こそ普通に、にこやかに笑いながらそう言ってくれた。
ジードさんはだいたい私と同じくらいの年齢にしか見えないが、そこはエルフさんのことだ。
きっと、私なんかより、はるかに年上なんだろう。
しかし、リーファ先生とは普通に話しているんだから、今更だ。
いちいち考えるのは面倒だし、普通に友人の父親として接すれば問題ないだろう。
私はそう思ったものだから、
「とりあえず、お茶を淹れさせましょう。リーファ先生に教えてもらった薬草茶でかまいませんか?」
と聞き、ドーラさんに目配せでお茶を頼むと、ジードさんとその護衛と思しき人にソファーを勧めながら、
「えっと、そちらの方は?」
と聞いた。
すると、その護衛だと思われる男性は少しムスッとした表情で、
「…ジークだ。よろしく頼む」
と言って、軽くうなずくように頭を下げると出入り口が見える壁際に控えた。
そのジークさんと名乗った男性の佇まいや身のこなしは、どこからどう見ても騎士だ。
しかも、相当腕が立つ。
それにジードさんの服は森の中を進んできたにしてはあまりにも立派すぎる。
あと、この場にはいないがメイドも来ているというから、私は、リーファ先生に向かって、
「なぁ。リーファ先生って貴族家の出身だったのか?」
と聞いた。
すると、突然ジードさんが、
「あっはっは」
とさも愉快そうに笑った。
私はなんだかよくわからなかったが、もしかしたら、失礼を働いてしまったのかと思い、
「あー、えっと、申し訳ありまません。どうにもその…貴族の礼というものには疎いもので。なにか失礼をいたしましたでしょうか?」
と素直に聞いたが、ジードさんは、
「はっはっは。いやいや、かまわんよ。娘の友達に遠慮されたんじゃかなわん。普通にしてくれ」
と言って、鷹揚に笑いながら普通で構わないと言ってくれた。
…なんだかよくわからないが、本人がいいと言っているんだからいいんだろう。
私はそう思い、
「それはかたじけない」
と言ってとりあえず気にしないことにした。
やがて、ドーラさんが茶を配り終えたころ、リビングの扉がノックされ、
「お嬢様へのプレゼントをお持ちいたしました」
という、いかにも涼しげな声が聞こえた。
するとジードさんは、
「ああ、待っていた!持ってきてくれ」
と言い、いかにも待ちかねたという感じで勢いよく立ち上がる。
ジードさんのその勢いに押されてしまったのか、ドーラさんが急いでドアを開けると、メイドと思しき女性が両手でやたら豪華な箱を抱えて入ってきた。
そのメイドに抱えられた箱は光沢のある薄い桃色でたくさんの宝石と聖銀で装飾が施されている。
いくらするんだ?
私は目を見開いて、無言で驚いた。
ひょっとしたら、杖よりそっちの方がよほど高価なんじゃないだろうか?
私は、その箱のあまりの豪華さに私はすっかり言葉を失ってしまった。
するとジードさんはさっそく、そのメイドからその箱を受け取り、
「お誕生日おめでとう、リディ。材料にこだわっていたらすっかり遅くなってしまったよ。すまなかったねぇ」
と言って、その箱をリーファ先生に差し出す。
「………ありがとう存じます」
リーファ先生はムスッとした顔でそれを受け取ると、さっさと箱を開け、あの紫の魔石が先端に組み込まれた、いかにも魔法使いの杖といった雰囲気の杖を取り出し、箱の方はいかにもどうでもいいという感じで、無造作にメイドへ差し戻すと、
「ルビー、箱は始末してくれ」
と言った。
「おいおい、その箱はメイエンシリアがかなりこだわって作らせたんだ。始末するなんて悲しい事は言わないでやっておくれ…」
と言って、ジードさんは本当に泣きそうな顔でリーファ先生に懇願する。
リーファ先生はその様子を見て、面倒くさそうにため息を吐くと、
「…わかりました。ドーラさん、すまんがこのルビーを私の部屋まで案内して、これを置いてきてくれないかい?」
と言って、再び杖を箱にしまうと、それをメイドに渡し、ドーラさんに案内を頼んで自室まで運ばせた。
ドーラさんが箱を持ったメイドと一緒にリビングを出ていく。
私はあっけにとられていたが、ふと我に返って、
「まぁとりあえず、お茶でも…」
と、言ってみた。