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第62話父来たる06

その日の夜。

いつもの夕食後のお茶の時間。

私は、リーファ先生に例のカトラリーセットを「誕生日プレゼントみたいなものだ」と言って渡した。

「………」

リーファ教授は固まったようにしばらくの間そのカトラリーセットを見つめていたが、

「…そうか、ありがとう。大切に使わせてもらうよ」

と言って受け取ってくれた。

やや顔が赤いような気がするが、きっと照れているんだろう。

慣れないことに私も照れているんだからお互い様だ。


「ああ、あと同じ店でマリーにも土産を買ったから明日にでも渡しに行こうと思うんだが…。ああ、そうだ。例のバンポのシャーベットはもう食ったか?」

私が照れ隠しにやや早口にそう言うと、リーファ先生はなぜか仕方ないなぁという感じで苦笑いをしながら一言、

「なんとも、君らしいねぇ…」

とつぶやき、それを聞いた私が「ん?」という顔をしているのを無視して、

「いや、まだだよ。明日のおやつはそれにしよう。明日の診察の時にでもマリーに『今日のデザートはお待ちかねのシャーベットだよ』と話しておくさ。きっと喜ぶよ」

と相変わらず苦笑いをしたままそう言ってくれた。


翌日の昼飯時、リーファ先生にマリーの体調はどうかと訊ねたら、問題ないと言うので、約束通りおやつ時に離れへと向かった。

シャーベットの準備は整っている。

溶けないように氷を入れたボウルごと慎重に運び、離れへ着くとすぐにメルに渡してあとで取り分けてくれるよう頼んだ。


離れに入るとさっそくリビングへと案内され、いつものようにソファーに座る。

正面には当然ながらマリーがいるが、私はいつにない緊張で、何をどう言っていいのかもわからず、マリーの顔をまともに見ることができない。

(落ち着け。これは土産だ。リーファ先生の誕生日プレゼントのついでに買った土産だ。なにもおかしなことじゃない…)

私はそう心の中でそう唱え、周りに気が付かれないように小さく深呼吸をした。


すると、そんな私を見かねたのか、リーファ先生が、

「いやぁ、今日のデザートは楽しみだね。しかし、その前にバン君からマリーにプレゼントがあるらしいよ」

と、言って話を振ってくれた。

「まぁ!そうなんですの?うれしいですわ」

そう言って、マリーはいつものように胸の前で手を合わせて無邪気に微笑む。

そんな様子を見て、私は腹を括ると、マリーの前に木箱を差し出した。


私が、

「リーファ先生が少し前に誕生日だと言っていたからな。その、この間アレスの町に行ったときにたまたま見かけた小間物屋でプレゼンを買って。それで、ついでに…いや、ついでにというわけではないんだが、その、マリーにも何か買わなければと思って、選んできた」

と、なんともしどろもどろにそう言って、マリーの方を見ると、マリーはさも嬉しそうに、

「開けてもよろしくて?」

と言って木箱を手に取り、

「あ、ああ…」

と私がそう声を絞り出すように言うと、マリーはさっそく木箱を開けた。


一気に緊張が高まる。

その高まった緊張を抑えられずに私は、

「その、たいしたものじゃないんだ。質流れ品で安かったしな」

と言ったが、

(しまった!これはあまり言わない方がいい事だ)

と咄嗟に思って、

「ああでも、その、決して、適当に選んだのではなくて。その…ちゃんと似合いそうだと思って選んだ」

とオロオロしながらそう付け加える。


「まぁ!とってもかわいらしい。ブローチですのね。私のために選んでくださったんですもの、とってもうれしいですわ。…ええ、本当にとっても素敵…。つけてみてもよろしくて?」

とマリーはそう言って目を輝かせながら私を見たが、ふと思い出したように、

「あっ…。でも私ったらこんな部屋着で…。こんなことならちゃんと着替えておくべきでしたわね…。どうしましょう」

と言って少し落ち込んだような表情で顔を伏せてしまった。


確かに、マリーは少しフリルをあしらっただけの生成りの綿のワンピースに薄桃色のニットを羽織っただけの部屋着姿だ。

しかし、病人なのだからそれは仕方ない。

仕方ないどころか、そんな部屋着でもマリーの魅力は何ら損なわれていない。

私はそう思ったものだから、

「いや、そのままでもきっとよく似合う」

と、つい本音を口にしてしまった。


なんともキザなことを言ってしまったと後悔もしたが、偽らざる本心でもあるので、それを否定するのもおかしい。

私はどうしたものかとオロオロするし、マリーはマリーで顔を赤くしてもっと深く顔を伏せてしまうしで、2人ともどう収拾を付けていいのかわからず、あたふたしていると、それを見かねたリーファ先生が、いかにもやれやれと言った感じで、

「マリー、大丈夫だ。バン君の言う通り、そのままでもそれは君によく似合う」

と、言ってマリーにブローチを付けるよう促してくれた。

「そ、そうかしら…。ええ、じゃぁちょっとつけてみますわね」

そう言われてマリーは少し平静を取り戻したらしいが、それでもまだ顔を赤くしたまま、

「メル、お願いしてもいい?」

と言って、メルにブローチをつけてもらうと、私の方を向いて、

「い、いかがでしょう?」

と言った。


(…良く似合う)

私は率直にそう思ったが、先ほどの恥ずかしさがまだ消えていな私は、

「…あ、ああ」

と一言絞り出すのが精一杯だった。


「はっはっは。まったく君と言う男は、そういうとこだよ?」

とリーファ先生が笑いながらそう言うと、

「…もう、リーファちゃんったら…」

とマリーはそう言って、恥ずかしそうにうつむきながらも、うふふと笑って嬉しそうに胸のブローチを眺めている。


私はますますどうしていいのかわからなくなってしまって、

「…そうだ!シャーベットを食おう!」

と苦し紛れにそう言って、メルに顔を向けると、

「頼む」

と言って、シャーベットを持ってきてもらうことにした。


メルが、微笑みながら「はい」と言って、部屋を出て行くと、リビングには妙な沈黙が訪れる。

私とマリーは何とも言えない空気の中で言葉を発することができないし、リーファ先生はニヨニヨとした表情を浮かべるだけで何も言わない。

やがて、メルがローズと一緒にシャーベットとお茶を乗せたカートを押してリビングに戻って来るまで、その沈黙は続いた。


「お待たせいたしました」

メルとローズがリビングへ入ってくると、私もマリーもほっとしたような表情を浮かべる。

リビングテーブルの上に、ローズが紅茶を、メルがシャーベットを置くと、

「よし、じゃぁ食べようじゃないか」

というリーファ先生の合図とともに、3人はそれぞれ器に手を伸ばし、シャーベットを一口食べた。


「うん。やはりいいね。こういう暑い日には格別だよ」

と言ってリーファ先生は、ニコニコしながら次々と匙を口に運んでいく。

マリーはまだ落ち着かないような表情を残しながらも、

「まぁ!冷たいわ!私こんなに冷たいものを食べたのって初めてよ。まるで雪をそのまま器に盛ったみたい。…あら、でも雪は白いからちょっと違うかしら?」

といって、うふふと微笑んだ。


そんなリーファ先生とマリーの楽しげな様子みていたら、私もやっと少しは落ち着いた。

先ほどまでの自分に少し苦笑いをし、シャーベットを一掬い口に運ぶ。

一瞬の冷たさと爽やかな香りが全身に涼を届けてくれた。

さっきまであった顔の火照りがすっと引いていくのを感じる。

(なにはともあれ、リーファ先生もマリーも喜んでくれたんだからよかったじゃないか…)

私はそう思ってとりあえず全部納得したことにすると、もう一口シャーベットを口に運び、その甘酸っぱさを全身でかみしめた。


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