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第61話父来たる05

私は、その村の中央にある共同井戸の脇に馬車を止め、馬に水を飲ませてやった。

それから、よく食い物を仕入れさせてもらう農家のおばちゃんの家に向かう。

また野菜と肉をわけてもらえないか?

と声をかけると、今朝はいつもより多く卵がとれたからどうかと言われた。

さらに昨日コッコを1羽潰したばかりだから、新鮮な肉とガラスープもあるという。

入れ物があるならわけるが?

と聞くおばちゃんに仕入れてきたばかりの小さな保存用の瓶を渡し、一食分わけてくれと言ったら、並々と注いでくれた。

お礼にいつもの小銭と、さっき仕入れてきた干し果物を小袋いっぱいに詰めて差し出すと、おばちゃんは嬉しそうに笑てくれる。

いかにも田舎らしいほのぼのとした日常にほっこりとした気分になった。


そして、もらった肉と卵とガラスープを見て、今夜の飯を決めた。

そう思いたったら気持ちが逸る。

私はさっそく馬車に乗り込むと今日の野営場所に向かって移動を開始した。


しばらく進むと野営場所が見えてくる。

そこは適度に開けた草地で、かまどを作る場所もあるし、近くに小川もあって馬に水をやることができる。

まさに野営にはうってつけの場所だ。

時刻は夕方前、野営の準備をするには少し早い。

まずは馬に水をやり適当な木につなぐと、とりあえずお茶にした。


いつもの薬草茶を飲みながらのんびりとくつろいでいると、ふと昨日の離れでの光景が目に浮かぶ。

父が来ることを無邪気に喜ぶマリーと、それを微笑ましく見守るリーファ先生。

私には2人がまるで仲の良い姉妹のように見えた。

これからもああいう幸せな光景を守っていかなければいけない。

無理やりやらされた村長職だったが、こうして誰かの笑顔のために働くというのも悪くない。

最近ではそう思える自分がいる。

立場が人を作ったのか?

いや、それは違う。

自由気ままな冒険者バンからトーミ村の村長バンドール・エデルシュタット男爵になっても、私自身はなにも変わっていない。

相変わらず剣と食い意地しか取り柄のないおっさんだ。

ただ、トーミ村に住むようになって、これまで自分では気が付けなかった自分の新たな一面に気が付いた。

誰かのために刀を振るうことに意味がわかったような気がするし、誰かと一緒に飯を食うことの良さもわかってきたような気がする。

結局、私という人間は自由を欲しながらも、その一方で喜びを誰かと分かち合うことに飢えていた。

たったそれだけのことだ。

しかし、その「たったそれだけのこと」が、私の人生に新しい色を添えてくれた。

人生は楽しい。

自然とそう思えてくるから不思議なものだ。


(ん?…なんで私はこんな物思いにふけっている?)

しばらくして冷静にそう思うと、なんだか、急に気恥ずかしくなってふと視線を上げた。

すると、馬車の荷台の片隅に置かれた小間物屋の布袋が目に入る。

また、マリーとリーファ先生の顔が目に浮かんできた。

私は少し慌ててその画をかき消すように立ち上がると、尻に着いた土をわざとらしくパンパンと払い落とし、それから自分を落ち着かせるように一つ深呼吸をして、いつものように野営の準備に取り掛かった。


簡単にかまどと寝床を整えると、まずは焚火で米を炊く。

炊き上がったら蒸らしている間に、いつもの魔石ストーブとスキレットを取り出し、先ほどもらったガラスープを注いだ。

スープがわいてきたところで、砂糖と醤油で味をつけ、適当に切った丸ネギとコッコの肉をいれて、煮込むことしばし。

ほどよく火が通ったら仕上げに卵を溶き入れ、火を止めて蓋をした。

素早く飯を盛る。

スキレットの蓋を取ると卵が良い感じに半熟になっていた。

炊きたての飯の上に具を乗せて、親子丼の完成だ。


濃厚な鶏、もといコッコの出汁に新鮮な肉と卵。

醤油と砂糖の甘辛い味付けのタレがしみた炊きたての米。

もはや分析も感想も不要だ。

ひたすら掻きこみ、食い終わると天を見上げて腹をさすった。


さて、帰ったら忙しくなる。

久しぶりの親子の対面の場だ。

しっかりと整えてやらなければ。

改めてそんな決意をし、その日は早めに休んだ。


翌朝。

昨日の残りのガラスープにドライトマトと塩を入れただけのスープとパンで朝食をとる。

鶏のうま味とトマトの酸味が生み出す深いコク。

滋味満点とはこのことだ。

昨日の親子丼の記憶がよみがえり、ふと笑顔がこぼれる。

さて、今日の昼はなんだろうか?

少しさっぱりしたものが食いたい。

そんなことを考えながら、私はまたトーミ村を目指して馬車を揺らした。


順調に馬車を進ませ村に着いたのは昼前。

まずはそのまま役場へ行って、荷物の確認をしてもらう。

荷下ろしを手伝おうかという私に対して、アレックスは、

「そのまま卸にいきますから」

と言って、さっさと商店かギルドの方へと馬車に乗って行ってしまった。

私はそんな馬車を見送りながら、

「よし、昼にするか…」

と呟いて、屋敷へと向かった。


屋敷に戻り、とりあえず井戸で顔を洗っていると、そこへたまたま水を汲みにドーラさんがやって来た。

「あら、おかえりなさいまし、村長」

少し驚いたような顔でそう言ってくれるドーラさんに、私は手ぬぐいで顔を拭きながら、

「ああ、ただいま。今帰ったよ」

と言う。

「そうでございましたか。それはお疲れ様でございました」

と労いの言葉をかけてくれるドーラさんに、私は、

「そろそろ昼の時間かな?」

と思わず聞いてしまった。

「あらあら、村長ったら…」

と言って、ドーラさんは「うふふ」と笑う。

「すまんな、腹が減っていてね…」

私が、少し照れながらそう言うと、ドーラさんは、

「もうあらかた準備はできておりまから、よろしければリーファ先生を呼んできてくださいまし」

と言って優しく微笑んだ。

「わかった。さっそく連れてこよう」

と言って私はいそいそと勝手口から屋敷の中へと入っていく。

後ろから、「うふふ」とまた笑うドーラさんの声が聞こえた。


私はとりあえず自室に荷物を置き、さっそくリーファ先生を呼びに部屋を出ると、同じく部屋から出てきたリーファ先生と偶然鉢合わせた。

「やぁ、おかえりバン君」

とリーファ先生が言い、

「ああ、ただいま。今、呼びに行くところだったんだ。そろそろ飯ができるらしい」

と私が言う。

「おお、それはちょうどよかったね」

とリーファ先生はいかにも楽しそうな顔でそう言うと、

「ところで、今日の昼飯はなんだい?」

と聞いてきた。

私は、

「いや、まだ聞いてないが、とりあえず美味い事だけはたしかだな」

と少し冗談めかしてそう言い、

リーファ先生が、

「はっはっは。そりゃ違いない」

と言って笑う。

いつも通りの会話が楽しい。

帰って来たんだな。

そう思った。


そんないつも通りの会話をしながら私たちが食堂に入っていくと、そこにはやはりいつも通りの光景が広がっている。

配膳を終えたドーラさんとズン爺さん、ペットの2人もいつもの席について、こちらに笑顔を向けてくれた。

(ああ、そう。この日常だ…)

と私はまたそう思い、リーファ先生と共に食卓につくと、みんなで、

「いただきます」

と言って、いつものように昼食を食い始めた。


今日の献立はなめこおろし蕎麦と茶碗蒸し。

この世界ではなめこはヌメタケ、大根はデースという。

ちなみに、夏にデースを収穫するのはうちの裏庭くらいのものだ。

なにせ、冬場と違って辛みが強い。

だからどの家庭も積極的につくらない。

どうにかして、村にみぞれ和えや紅葉おろしの美味さを伝えたいが、今のところ浸透していないのが残念だ。


リーファ先生はさっそくなめこおろし蕎麦を一口すすり、

「これはいい!このデースは辛みが強いが、そこがいい。蕎麦によく合う。それにヌメタケの食感とデースの舌触りのコントラストも見事だ。そして、冷えた口にこの茶碗蒸しの温かさとなめらかさという組み合わせがまたいいね。いや、いつもながらに素晴らしいよ、ドーラさん」

と興奮気味にそう言う。

そんなリーファ先生の言葉に、ドーラさんは、少し照れたのか、

「あらあら、いつもお褒めいただきありがとう存じます」

と言ったあと、

「そうそう」

と言って、話題を変えた。


「さきほどマリー様に具を少なくした茶碗蒸しをお持ちしたんですけれどね。そうしたら、みなさんと同じものを食べられるのはうれしいとおっしゃってたいそうお喜びでしたよ」

と言ってマリーが喜んでいたことを伝えてくれる。

それを聞いて、私は、

「ほう。そいつはいいことだ。なにせ、飯は何をいつ、どこで、誰と、どんな気分で食うかっていうのがきちんと揃っていないと本当に美味くはならんからな。マリーもずいぶんと食欲が出てきたようだし、これからはもっとそういう喜びを増やしてやろう」

と言うと、ドーラさんも、

「ええ、ええ。そうですね。お食事は楽しいとたくさん食べられますからねぇ」

と嬉しそうにそう言う。

すると、リーファ先生もその意見に賛同してくれるらしく、

「そうだな、たしかにそういうのは大切かもしれん。よし、ドーラさん。できるだけでかまわんが、これからはなにか1品、私たちとマリーの食事に共通のものを出してくれないかい?」

と言って、マリーの食事を充実させようと言ってくれた。

もちろん、ドーラさんはその提案を、

「うふふ。明日からお料理にまたちょっと違う楽しみが増えますわね」

と言って、笑いながらその提案を快く引き受けてくれる。


私は、

(やはり、誰かと喜びを分かち合うということは私がこれまで思っていたよりもずっと大切なことなんだな…)

と思い、茶碗蒸しを一掬い口に運んだ。


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