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第60話父来たる04

「いらっしゃいまし」

私が店に入ると、歳の頃は50を少し過ぎたくらいだろうか?どことなく上品な感じの女性が挨拶をしてきた。

「ああ、すまん。時間が空いて暇だったものだからちょっと冷やかしにきた」

私が正直にそう告げると、

「うふふ。どうぞごゆっくりご覧になってくださいましね」

と微笑みながら声をかけてくれる。

なかなかに好感の持てる接客だ。


その店に並んでいる品は主に女性が使うアクセサリーや化粧品。

しかし、中には男性用の髭剃りナイフがあったり、凝ったデザインの食器や針仕事の道具、調理器具に至るまでかなり幅広く取り扱っている。

荒物屋というよりは、町のおしゃれな雑貨屋といった感じの店だ。

店内はきれいに掃除がしてあるし、窓も広めに作ってあるから、日もよく入り込んでいて明るい。

田舎町には珍しい店だな。


そんなことを思いつつ、なにげに商品を眺めていると、オレンジ色の宝石がはめ込まれた小さなブローチを見つけた。

なんともかわいらしい花の形をしたもので、手に取ってみると、意外としっかりした作りをしている。

よく見ると台座は聖銀製だ。


おそらく、西の公爵領のすぐ北、ローデルエスト侯爵領辺りで作られた品だろう。

こんな、といっては失礼かもしれないが、辺境の田舎町、しかも路地裏の住宅街にある小間物屋が扱う商品じゃない。

おそらく、値段も金貨5,6枚はするはずだ。

私が不思議に思って、そのブローチをしげしげ眺めていると、

「そちらがお気になりまして?」

と女将が声をかけてきた。


「ん?ああ、なんで…と言ったら失礼かもしれないが、こんな高級なものがなぜこの店にあるのか不思議に思ってな…」

私が、素直にそう聞くと、

「うふふ。ええ、そう思われるのも無理はございませんわ。実はそれ、質流れ品なんですの」

と女将はやや苦笑しながらそう教えてくれた。

「ほう。どこぞの商家がまとめて流したものの中に入っていた…ってところか?」

「ええ、おそらくは。北の辺境伯領で年に数回、そういう品を扱う商人専用の市がありましてね。そこで、あまりにも可愛らしかったものですから、ついつい仕入れてしまったんですけど…。もう、5年も売れていないんですよ」

と言って、女将は少し困ったような顔でまた苦笑いをする。

「ほう。そいつはもったいないな…」

そう言うと、女将は、

「ええ。でも、やっぱり、住宅街の奥様方には高すぎたのかもしれませんねぇ…」

と言って、このブローチが売れ残っている理由をこぼした。


「…ちなみに、いくらだ」

私がなんとなく気になってそう聞いてみると、

「はい。今は金貨1枚でお売りしております」

と女将は答えた。

私は思わず、

「…安いな」

とつぶやいてしまった。

「ええ、ほとんど原価に近いですわね」

と言って女将はそのブローチに目をやった。

確かに、女将の言う通り、ほとんど原価だ。

しかし、それでも辺境の田舎町の奥様方には高く感じられるのも事実だろう。

貴族や裕福な商家の女性であれば普段使い程度のものだろうが。


改めてそのブローチを見てみる。

宝石はおそらく本物でトリル石。

割とありふれた宝石だから、小指の爪の先ほどの大きさのこの石ならば、おそらく原価は銀貨4、50枚程度。

聖銀の相場もこのくらいの重さだとおそらく同じくらいだから、金貨1枚というのはほぼ原材料価格だ。

加工賃を入れると原価割れになる。

なるほど、質流れでなければありえない価格だ。


私はそう思ってそのブローチをしげしげと眺めていたが、ふと、

(こいつはマリーに似合いそうだ)

と思った。

そう思ってしまったら、なんだか無性にマリーにこれを贈りたいという気持ちになって、

「よし、こいつをくれ」

と、勢いでそう言ってしまった。


「まぁ!ありがとう存じます」

女将はそう言って喜色を浮かべた。

後悔は無い。

無いが、女将にそう言われた瞬間、なんとも言えない、恥ずかしいような気持ちが湧いてきて、

「なんというか…。私の住んでいる辺境の村ではこういうものは手に入りづらいからな」

と、訳の分からないことを言ってしまった。

おそらく顔も赤くなっていたに違いない。

「え、ええ。そうでございますねぇ…」

女将はやや不思議そうな顔をしてから、「うふふ」と小さく笑って、

「お包みしますね。木箱もお付けしましょう」

と言って奥へ下がろうとしたが、

「ああ、ちょっと待ってくれ」

と言って私は女将を引き留めた。


「はい…?」

女将は「やっぱり断られるのか?」といった感じの表情でこちらを見てきたが、

「ああ、いや。もう一人土産を渡したい人がいてな。ついでになにか選んでもいいか?」

と言って、私は慌ててその辺にあるものを適当に物色した。


(土産だから当然リーファ先生にも買わないといけない…。ああ、そうだ!リーファ先生は誕生日だったと言っていたではないか!ちょうどいい。そうだ。誕生日プレゼントだ。リーファ先生に誕生日プレゼントを買ったんだから、マリーにも何か土産を買った…。それだ!)

そう思いついた瞬間、私は心の中で小躍りした。

まるで、宿題を忘れた子供がいい言い訳を思いついた時のように。

なぜかはまったくわからなかったが、そう思うと、あの恥ずかしいような気持ちが少しだけおさまってくれる。

そうして、焦る気持ちをなんとか少し落ち着かせると、やがて、細かい植物の細工がしてあるカトラリーセットが目に入った。


おそらく、元は何組かのセットだったのだろうが、今はそれをばらして、ナイフ、フォーク、スプーンの大小がそれぞれ1本ずつのセットで売っている。

普通の銀に多めの聖銀を混ぜて作った高級品だ。

その証拠に窓から入り込む光りに照らされて、わずかに虹色の光沢を浮かび上がらせている。


値札を見ると、ちょうど金貨1枚。

またしても、

(なんでこんなものがここに…)

と思ったが、

(やはりこれも例の質流れ品の一部なのだろう)

私はそう判断して、

(よし、これだ!食いしん坊なリーファ先生にはなんともぴったりの土産、もとい誕生日プレゼントではないか)

と、とっさにそんな理由を作り出し、

「これもくれ」

と女将に向かってそう言った。


私は金貨2枚を支払って、丁寧に包まれた商品を受け取ると、店先まで出てきて見送ってくれる女将に向かって後ろ手に手を振りながらその店を後にした。

(思わぬところで、思わぬ出費をしてしまった。まったく、なにをやっているんだか…)

そういう気持ちも湧いてきたが、不思議と後悔はしていない。

きっと、マリーもリーファ先生も喜んでくれる。

それでいいじゃないか。

そう思うと、先ほどの恥ずかしさがまた少しだけ薄れたような気がして、私はやや軽い足取りでコッツの店へと向かった。


私がコッツの店に戻ると、

「よう。準備はできてるぜ…って、なにか買ってきたのか?」

と言って、コッツが私の持っている袋に目をやった。

「ん?いやなに。ちょっとした土産物さ」

と私はさもなんでもないことのようにそう言って、さっさと荷物の確認をする。

当たり前だが、荷物に問題はない。

「問題ないな。すまん、世話になった。次もよろしく頼む」

と短くコッツに挨拶をして荷馬車に乗り込むと、さっそく出発した。


途中、雷亭に寄り、「すまん、遅くなった」と言って、宿の主人から弁当を受け取る。

中身はサンドイッチだそうだ。

のんびり荷馬車に揺られながら食うのにちょうどいい。

それに、あの主人が作ったサンドイッチだ。

きっと美味いに違いない。

そんな期待に胸を膨らませながら、私はアレスの町を出た。


のどかな田舎道。

私は、サンドイッチを食いながらのんびり進む。

サンドイッチの具はコッコの照り焼きに丸ネギを炒めたものと菜っ葉が挟んであるものが2つ、トマトと薄切りハムにマヨネーズを和えたいり卵を挟んだものが2つの合計4つだった。

ハムと卵、トマトのサンドは安定の味。

甘めに味付けされたマヨネーズが卵の味にコクを出していているし、さっぱりとしたトマトとの相性も良い。

だが、驚くべきはコッコの方だ。

コッコには薄く味噌が塗られていた。

丸ネギの炒めたものの方には隠し味に酢が使ってあるのだろう。

ほのかな酸味が丸ネギの甘さとよく合っている。

丸ネギの酸味と菜っ葉のみずみずしさが、濃厚な味噌の味とうまく馴染んで、いくらでも食べたくなる味だ。

おそらく、味噌にも工夫があるとみた。

(…青コショウとなんだろうか?)

爽やかで軽い刺激が心地いい。

(日本的な記憶でいえば、柚子胡椒の風味に近い感じがするが…。青コショウと冬ミカンで再現できるだろうか?)

そんなことを考えながらのんびりとした馬車旅を楽しんでいると、やがてアレスの町からの帰りによく立ち寄る小さな村が見えてきた。


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