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第59話父来たる03

それから、私は屋敷に戻り、「火急のため失礼する」というような前書きをおいて、用件だけの手紙をしたため、屋敷を出る。

途中で馬を適度に休ませながら、4時間と少し。

アレスの町へ到着したのは、そろそろ日が暮れようかというころだった。


「おや?バン様じゃねぇですか。ずいぶんとお急ぎのように見えますが…?」

アレスの町の門にはいつものようにケニーがいて、私を見つけるなり、そう話しかけてきた。

「ああ、ケニーか。すまん、火急の要件だ。エインズベル伯爵家の詰め所を教えてくれ」

私がそう言うと、ケニーは、

「はい!どうぞこちらへ」

と言って、私を先導してくれる。

ケニーが言うには、詳しい事情は知らないが、エインズベル伯爵家の連絡要員が駐在していることと、使者がきたらすぐに案内するようにと指示されていたらしく、すぐに、門から5分ほどの詰め所へと案内してくれた。

「トーミ村のバンドール・エデルシュタットだ。火急の知らせを持ってきた。よろしく頼む」

私がそういうと、取次の騎士はすぐに了解し、今から発つという。

「すまんな。遅い時間に」

と私が申し訳なさそうにそういうと、その取次の騎士は、

「いえ、構いません。そのための連絡要員ですから」

と笑って答えてくれた。

なかなかにできた騎士だ。

きっと、エインズベル伯爵という人は部下からの信頼が篤い人物なのだろう。

なんとなくそう思いつつ、その連絡要員に手紙を渡して私は無事用件を果たした。


私は詰め所を出ると、表で待ってくれていたケニーに、

「すまん。待たせたな」

と声をかけたが、

「いえ。そんなに待っちゃいません。次はご実家ですか?」

とケニーは言う。

「いや、今日は遅いし、明日には発つ。適当な宿屋にでも泊まるさ」

と私が言うと、

「かしこまりました。後で一応、報告だけはさせていただきます」

と言って、一応の義務なのですみません、と謝りながら、

「ところで宿はお決まりですか?」

と聞いてきた。


「いや、決めてないが、お勧めはあるか?」

と聞くと、ケニーは、

「じゃぁ、雷亭いかづちていなんていかがでしょう?」

と言って、一軒の宿屋の名前を挙げた。

「ほう。なんとも勇ましい名前だな」

私が率直に、その名前の感想を言うと、

「はっはっは。そうですね。でも、由来はそんなに勇ましい理由じゃないんです。なんでも、その昔その宿屋に雷が落ちたことがあるそうなんですが、その時町のみんなに助けられたから、そのことを忘れないようにってんで、そんな名前にしたらしいですぜ」

と言って、その名の由来を教えてくれた。


(ほう。そいつは、なんとも人情味のあるいい名前じゃないか…)

私はそう思って、ケニーに、

「じゃぁ、そこを頼む」

と言って案内を頼んだ。


ケニーは、

「はい。かしこまりました。ちなみに飯が美味いって評判なのでバン様にはピッタリかと」

と言って少しいたずらっぽく微笑む。

「ほう。そいつはさらにいいな。よし、さっそく行こうじゃないか」

と、私が少しだけ勢い込んでケニーにそう言うと、

「はっはっは。相変わらずですねぇ」

と言って、ケニーが笑い、

「私から食いしん坊を取ったら何も残らんからな」

と言って私も笑いながら、2人してその宿へと向かった。


たしかに、その宿の飯は美味かった。

田舎料理だが、ひとつひとつの料理がとても丁寧に作られている。

特に、コッコでとったスープにトマトが丸ごと入ったスープと煮浸しの間みたいなものが素晴らしかった。

コッコのスープは澄んだ色をしているが、じっくりと時間をかけて取ったものだ。

味にまったく雑味がない。

それに湯剥きしたトマトを入れて形が崩れないようにじっくりと温めているのもいい。

料理人の丁寧な姿勢が伝わってくるような料理だ。

それに部屋もこじんまりとはしているが、掃除が行き届いていて好感が持てる。

ケニーのやつはいい宿を紹介してくれた。

次からはここが定宿だな。

そんなことを思いつつ横になると、役目を無事に果たした安心感からか、すぐに眠ってしまった。


翌朝。

たっぷりのミートソースがかかったトロトロのオムレツにサラダ、焼き立てのパンというシンプルだが、贅沢な朝食を食うとさっそく朝市に出かけた。

頼まれたもののうち、香辛料と干し果物なんかは朝市の方が品揃えはいい。

ついでに、新鮮な果物も仕入れていけば、マリーもリーファ先生も喜ぶだろう。

魚の干物と瓶の類はコッツの店で仕入れて、荷馬車もそこで借りられる。

うまくいけば昼頃には出られるだろう。

今朝、宿屋の主人に昼時に食事はできるのかと聞いたら、それはやってないが、宿泊者向けに弁当は作れるというので頼んでおいた。

今から楽しみだ。


朝市につくと、そこは町人の活気であふれていた。

荷車を引くおっちゃんに挨拶をする八百屋のおばちゃん。

屋台でサンドイッチを買う勤め人と店主の親しげな掛け合い。

そのどれもが人情味にあふれている。

トーミ村にもいつかこんな光景が見られる日が来るだろうか。

そんなことを思いながらその喧噪を楽しみ、目的のものを買い付けると、コッツの店まで届けてくれるように頼んで、私もコッツの店へと向かった。


私がコッツの店に着くと、まだ店を開ける前だったようだが、店の前を掃除していた店員に取り次ぎを頼むとすぐにコッツが出てきてくれた。


「よう。早くにすまんな」

と私が軽く謝ると、コッツは、

「いや、いいさ。で、どうしたんだ?急に入用のものでもできたか?」

と軽く受けて、さっそく仕事の話に入ってくれる。

いつも話が早くて助かる。

私はそんなことを思いながら、

「あー、そういうわけじゃないんだが、ちょっと急ぎの用事があって昨日の夕方、早馬で来たんだ。そのついでにいろいろと買い付けて帰ろうと思ってな」

私がそう言って、簡単に事情を説明すると、コッツは、

「そうか。で、なにがいる?」

と言って、帳面を取り出した。


「漬物やら家庭で酒を仕込んだり保存食を入れたりする瓶類と、魚の干物、あとはコッコとガーも何羽か連れて帰りたい」

私がそう言うと、コッツは、

「あー…鳥は今すぐには無理だな。昨日出しちまったんだ。急ぎか?」

と言って、申し訳なさそうな顔をした。

「いや、10日以内に届けてもらえるならそれでいいが…。次の予定は?」

と私が聞くと、

「ああ、それなら大丈夫だ。どのみち何日かしたら村まで行こうと思ってたからな」

と答えてくれたので、私は、

「そうか。じゃぁ、それぞれ10…いや、20羽くらい持ってきてくれるか?」

と言って、鳥を注文する。


「ああ、わかった。それくらいなら用意できる」

そう言って、帳面になにやら書きつけるコッツに、私は、

「すまんな、急な客人なんだ」

と言いうと、コッツは、

「ほう。お貴族様ってのも大変だなぁ」

と言って、からかうような視線を送ってきた。


「ああ、まったくだよ」

私がそう言って少し肩をすくめてみせると、コッツは苦笑いをしながら、

「で、あとは瓶と魚だったな。瓶は…すぐ出せるのは、漬物用の大きいのが5、酒用が10、保存食用の小さいやつなら10個入りが5箱はあるな。あと魚はソルが30くらいだ」

と言って残りの注文はどうする?と目で聞いてきた。


「…そうだな。大きいのが3,酒用が5、小さいやつは全部くれ。ソルは20だ。ああ、あと、出来れば小瓶に少し醤油を入れてくれないか?今夜は野営だろうから使いたい」

私がそう言うと、コッツは、

「わかった。醤油はおまけだ。丸ごと一本いれとくよ。なに、瓶類はかさばるからな…正直助かる。その礼だ」

と言って、ちょっとだけ気前のいい所を見せてくれた。

私は、そんなコッツの言葉を「ふっ」と軽く鼻で笑うと、

「いや、なに。もののついでさ」

と言って、

「ああ、あとさっき朝市で買った果物やら香辛料が届くと思うからそれも一緒に積んでおいてくれないか?買ったものはこれだ」

と言って、買ったものを簡単に書きつけた紙をコッツに渡した。


「おう。わかった。これなら2,3時間で届くだろうさ。それまではどうする?」

コッツにそう聞かれた私は、少し迷って、

「そうだな…。ちょっとギルドにでも顔を出してくるか。挨拶ついでに買い取りの相場でも確認してこよう」

と言って、さして用事も無いが時間潰しにギルドへ行くことにした。


「そうか。じゃぁだいたいの時間にきてくれ。用意しておく」

そう言うコッツに、

「ありがとう。じゃぁまた後で」

と言ってコッツの店を後にすると、私はゆっくりとギルドに向かった。


アレスの町のギルドは、なぜだかいつもよりずいぶんとにぎわっていた。

ちらりと聞こえた話では、どうもたまたまいくつかの隊商が同時にやってきて、その護衛任務の依頼が多く入ってきているらしい。

受付に行列ができて、職員がバタバタしている。

こりゃ、暇つぶしでギルマスに挨拶なんてできそうにないな。

私はそう思って苦笑しながら壁に貼り付けてある常設依頼をちらっと眺め、だいたいの相場を確認するとその場をすぐにあとにした。


さて、困った。

中途半端に空いてしまったこの時間をどうやって埋めよう?

仕方ないので、私は町を少しぶらついてみることにした。


ギルドのある大通りから少しだけ路地に入ってみると、「いい加減に起きなさい」とか「ほら早く飯くっちまいな」という声がちらほら聞こえてくる。

どうやらこの辺りは住宅街のようだ。

さきほどの朝市やギルドとはまた違った朝の喧噪がなんとも心地いい。

私がそんなことを思いながら歩いていると、ふと一軒の小間物屋が目に入った。

こんな田舎町のしかも住宅街に小間物屋があるとはまったく予想外だったが、見ればなかなか瀟洒な店構えをしている。

私は、なんとなく気になってその店を覗いてみることにした。


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