目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第57話父来たる01

イノシシ狩りと肉祭りからはや数カ月。

季節はすっかり夏の盛り。

私はとっくに37歳になっていた。


朝食後のお茶の席で、

「あー、そう言えば、私は誕生日だったらしいよ。何週間か前だがね」

とリーファ先生が言った。

「ん?いくつ…いや、なんでもない」

「はっはっは。賢明な判断だね。ところでバン君はいくつだったかな?」

「…私には聞くんだな。まぁいい。だいぶ前に37になった」

「はっはっは。またおじさんになったね。そういえば、ヒトは誕生日のお祝いってのをやるんじゃなかったかい?」

「ああ、普通はそうだな」

「君はやらないのかな?」

「ああ。面倒だからな。そもそも私の誕生日を誰も知らん」

「はっはっは。それはなんともエルフ的な考え方だね」

「と、いうと?」

「うん。知っての通り、エルフはやたらと長命だからね。誕生日だとか年齢だとかにほとんど興味がないんだ。普通は祝うなんてこともしないし、自分が何歳なのかも曖昧にしかわからない」

「へぇ…。で、そんな誕生日に無頓着なエルフさんがなんでまた自分の誕生日の話なんて始めたんだ?」

私は率直に疑問に思ったことを聞いてみると、

「ああ。昨日、実家から手紙が来てね…。ほら、覚えてないかい?例のゴルの魔石があっただろ?あれを実家に送ったらようやく杖が出来たらしくてね。金は自分で出すと言ったんだが、両親が払ってしまったんだよ…。なんでも今年は、ちょうど10年単位で区切りのいい歳だから、誕生日プレゼントとして贈ってくれるんだそうだ。…まったく、面倒な親だよ」

と、リーファ先生は眉間にしわを寄せながらそう言った。


普通は祝い事をしないと言っていたから、てっきりそういう贈り物の類もないだろうと思ったが、どうやら親心というのは全人類に共通していたらしい。

実に微笑ましいものじゃないか、と思ったものだから、私は、

「はっはっは。いい親御さんじゃないか。ありがたく受け取ってやれよ」

と言った。

しかし、リーファ先生は心底いやそうな顔をして、

「いや。…あいつらは変態だ」

と真顔で言った。


…?

私が、いったいどういうことだ?という表情できょとんとしていると、リーファ先生は、

「いいかい?自分の年齢にすら無頓着なエルフがいくら娘のとはいえ、他人の誕生日を覚えてるってこと自体がまず異常なんだよ」

と言った。

しかし、私は逆に自分の誕生日は忘れることがあっても、自分にとって大事な人間の誕生日ならしっかり覚えていても不思議じゃないんじゃないか?と思ったものだから、

「ん?いや、それがそんなに異常なことなのか?」

と聞いた。

するとリーファ先生は、眉間に手をやりながら、

「あー…。そこがヒトとエルフの価値観の差かぁ…」

と言って考え込んだ。


「…なんと説明したらいいんだろうか…。そもそも、人がいつ生まれたかってこと自体がエルフにとってはどうでもいいことなんだよ。そもそもエルフは日付の感覚が曖昧だ。今日が何年の何月何日なのかなんて、気にしてるのは天文台くらいのものさ」

と言って、リーファ先生はまず、エルフとヒトの価値観の差をなんとなく説明してくれた。

私にはまるでわからない感覚だったが、とりえず、うなずいて続きを促す。

「そして、エルフの体の成長は個人によって差が大きい。20歳くらいで体が出来上がる者もいれば、80歳を過ぎてようやく体が成熟する者もいる。だから何年生きているかということよりも現実の成長の度合いの方がよほど重視されるんだ。乳歯が生え変わったとか身長が伸びたとかのね」

「な、なるほど…」

「ああ、だからエルフにとっては、人の成長を年齢で区切るってこと自体が無意味なんだよ。だから、誕生日なんてものにも自然と無頓着になる、という理屈さ」

「そうか…。でもエルフの成人は40歳だって昔言ってなかったか?」

「ああ、あれは最近できた法律だよ。つい50年くらい前じゃなかったかな?」

(…50年前が最近って…)

私はそう思ったが、そこはつっこんではいけないところだと思い、

「そうだったのか」

とだけ答えた。

「ああ、いろんな法を整備するのに一応の基準が必要だったってだけの話だからね」

「…しかし、だからと言って誕生日を覚えてるのが異常ってのはちょっと言い過ぎなんじゃないか?」

「いや、その制度上の誕生日ですら何年生まれかってだけで、月日までは記録しないんだから、言ってみれば誕生年だ。それなのにいちいち月日まで覚えているなんてそれだけで十分に異常さ」

とリーファ先生吐き捨てるようにそう言った。

そのリーファ先生の表情を見て、私は短く、

「お、おぉ…」

と相槌を打つのが精一杯だったが、リーファ先生は続けて、

「それにエルフには誕生日を祝う風習がないのに、どこからかヒトにはそんな風習があると聞きつけた瞬間、嬉々として誕生パーティーなんてものを始めたんだから始末に置けない」

と本当に苦虫を嚙み潰したような顔でそう言う。

私は、パーティーを開いてもらうことのなにがそんなに嫌なのかもわからなかったから、

「え?いや、それはいいんじゃないか?まぁ、おめでたいといえばおめでたい日なんだろうから…」

と言ってみたが、リーファ先生はそんな私をジト目でにらみ、

「おいおい…。考えてもみろよ。今の君なんかよりよっぽど長く生きてきて、とっくに体も成熟してるっていうのに、いきなり毎年ケーキやらプレゼントやらを用意されて、フリフリのドレスを着ろと言われるんだぞ!?拷問よりよっぽどひどい」

と言い、リーファ先生はいかにもげんなりという表情で深いため息を吐いてから、

「要は、重度の親ばかってやつさ…」

と吐き捨てた。


そんな会話の最後に、

「そんなわけで1週間か10日くらいしたらやたら豪華な箱で荷物が届くと思うが気にせんでくれ」

と言い残し、リーファ先生はいつものようにマリーの診察へと向かっていった。


価値観というものは本当に人それぞれなんだなぁ、などと思いながら、私も役場へ赴くと、いつものように素っ気なくアレックスが迎えてくれた。

「おはようございます、村長。報告書は机の上です」

「ああ、ありがとう」

「いえ、夏野菜は順調で、狩りは一部の獣が子育ての時期なので休んで下草刈りなんかの手入れを始めているそうです。こちらも順調らしいので問題はありません。あと、冒険者が森の奥でソルに似た4,50センチくらいの魚がいる池を見つけたそうですが、どうされます?」

「なに!?それは一大事だな…。よし。すぐにギルドに言って生態調査と捕獲量の制限をしてくれ。特に産卵の時期は禁漁だ。多分秋辺りだと思うが…。たしか、ソルはそんな感じだったからな。あと、余裕があったらその池のほとりに加工小屋を建ててもいいと言ってくれ」

「…相変わらずですね。かしこまりました。」

おそらくアレックスは、食い物のことになると相変わらずですねと言いたかったんだろうが、今更だ。

そろそろ慣れてほしい。

私がそんなことを思っていると、アレックスは、

「ああ、そうでした。エインズベル伯爵から書状が届いてますよ」

と言って自分の仕事へ戻っていった。


エインズベル伯爵からの書状は月に1度の割合で届く。

最近では、マリーも短い返事に簡単な刺繍を付けて返すようになったからさぞかし喜んでおられるだろう。

いつもの通り気軽に開封すると、これまたいつも通り私宛の書状とマリー宛ての手紙が入っていた。

私宛の書状は貴族の礼に乗っ取って封蝋がしてある。

一方、マリー宛ての物はカジュアルだが、やたら分厚い。

私はその差を微笑ましく思いながら、自分あての書状を開いた。


書状の内容は、いつものマリーの容体を心配する内容と私に対する礼に加えて、マリーに会いに行きたいという内容だった。

なんでも、ここ数年は外務卿の補佐役、要するに外務次官のような立場で隣国との交渉を仕切らなければならず、なかなか時間が取れなかったが、ようやく時間が取れるようになったので、なるべく早くそちらに伺い礼を述べたい、と書いてある。

深読みせずとも、礼を述べたいんじゃなく、マリーに会いたいというのが本音だとわかる。


そんな書状を読んで、私はアレックスに、

「なぁアレックス」

「はい」

「エインズベル伯爵がマリーに会いに来たいとおっしゃってるが、大丈夫か?」

と何気ない感じで聞いてみた。

すると、アレックスも、

「ええ。最低でも5日はお時間をいただきたいとは思いますが」

と、何気ない感じで答える。

きっと、いずれこんな日が来ると予想していたのだろう。

「ああ、エインズベル伯爵領からは、早馬ならともかく、馬車旅となればどんなに急いでも5日はかかる。返事は今すぐ早馬で出すとして7、8日。普通に考えればどんなに早くても10数日はかかるだろう」

「わかりました。準備します」

「ああ、頼む。私は昼過ぎにでもアレスの町までひとっ走り行こうと思うがかまわんか?」

「ええ、2,3日は大丈夫です」

「わかった。とりあえず私はすぐにマリーに手紙を届けてそのまま出るつもりだが、帰りにアレスの町で仕入れてくるものはあるか?」

「いえ…。ああ、強いて言えば南の方の干し果物を4,5袋ほど。あとは保存に使う瓶類の在庫が少ないですね。漬物なんかの大きいものと酒を仕込むのに使うものが不足しているかと。どちらもご婦人方の要望です。」

「食い物と酒か…。それは早急に対処が必要だな。よし、ついでに魚の干物と香辛料の類も仕入れてこよう。ああ、それに伯爵が来るなら生きた鳥なんかもそれなりに仕入れておいた方がいいか…。そんなもんでかまわんか?」

「…ええ、十分です」

「よし、じゃぁあとは頼む」

私はアレックスにそう言うと、急いで役場を飛び出した。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?