その後、私は3人に見送られ出発すると、夕方前には炭焼き小屋に着いた。
すると、私を見つけた炭焼きの若者が急いで奥へと走っていき、ベンさんを呼びにいった。
ベンさんはすぐに表に出てきて出迎えてくれた。
「やぁ、ベンさん。終わったぞ」
私が馬から降りてベンさんに近寄りながらそう声をかけると、ベンさんは深々と頭を下げて、
「ありがとうごぜぇやす」
と礼を言ってくれた。
「いや、なにたいしたことじゃない。ともかくこれで一安心だ。途中、馬を休ませてあるところに『黒猫』のジミーがいるはずだからなるべく急いで合流してやってくれないか?」
「へい。すぐにでも若いのを5人ほど遣ります」
「ああ、頼む。いうまでもないが野営中は気を付けてくれ。場所は沢沿いのあの2つに割れたような岩まで1,2時間ってところにある開けた草地なんだが…なんとなくわかるか?」
「へい、わかりやす。ちょうど馬の道が途切れるあたりから沢の方に行くとそんなところがあったはずですから…。最初は私が先導してあとは若いもんにまかせやしょう」
「ああ、頼む。イノシシは全部で17、若いのを除けば、だいたいは2メートルくらいの大きさだ。統率個体は4メートルくらいあったから、少し荷物が多くなるかもしれん」
「そんなにいやがったんですかい…。」
ベンさんはやや驚くと、そばにいた連中に大きな声で、
「おい、手の空いてるやつはイノシシが優先だ。とにかく行けるだけ行ってくれ。あと、ロッカ!お前はなるべく急いでドンの爺さんを手伝ってやってくれ」
と指示を出した。
すると、そのロッカと思しき青年は「へい!」と大きく返事をして、すぐに炭焼き小屋の中へ入っていった。
これから急いで準備を整えるのだろう。
申し訳ない事だ。
「すいやせん。まさかそんなに多いとは思っておりやせでした。ドンの爺さんも大変でしょうから、すぐに解体の上手いやつを差し向けます」
そう言うと、ベンさんはまた私に頭を下げた。
私はそう言うベンさんに、
「ああ、よろしく頼んだ。くれぐれも気を付けてくれよ」
と一応念を押すように言って、その場をすぐに発った。
帰りは少し急ぎ足だ。
腹が晩飯を求めている。
さて、今日の晩飯はなんだろうか?
ペットの2人も土産の肉を待ちわびているだろう。
久しぶりの新鮮な魔獣肉だ。
心臓だから魔素もたっぷり含まれている。
2人ともが、がっつくように食べる姿が目に浮かぶ。
私はそんなことを考えながら、家路を急いだ。
少し夜遅くなったが、私が屋敷に戻ると、玄関の前にはルビーとサファイアがいて、
「きゃん!」(おかえりなさい!)
「にぃ!」(お肉!)
と言って、はしゃぎながらじゃれついてきた。
どうやら、ずいぶん前から私が帰って来る気配を感じていたらしい。
私はそんな2人に向かって、
「ただいま。肉はすぐにドーラさんに切ってもらおう。生でいいか?」
と聞いた。
すると、すぐにルビーが、
「にぃ!」(生!)
と反応し、続いてサファイアが、
「きゃん!」(私も生でいい!)
と答えた。
おそらくサファイアはルビーの好みに合わせてくれたんだろうな。
ずいぶんとお姉さんになったものだ。
私はそんな2人の成長をうれしく思いなが2人を抱き上げ、ひと撫ですると、さっそく屋敷の中へと入って行った。
玄関をくぐると、ドーラさんが迎えに出てきてくれていた。
「村長おかえりなさいまし。…うふふ。この子達ったらさっきからうずうずしっぱなしだったんですよ。よっぽど村長の帰りが待ち遠しかったんですね」
と私のうでの中にいる2人を軽く撫で、「うふふ」笑いながらそう言った。
私は、待ち遠しかったのは私よりも土産の肉だったんじゃないかと思って少し苦笑してしまったが、それでもこうして出迎えてもらえるのはうれしいものだと思いなおして、
「そうか、そいつはうれしいもんだな」
と言うと、また2人を「よしよし」といって撫でた。
すると、今度はズン爺さんが奥からやってきて、
「村長、おかえりなせぇまし。すぐに風呂を沸かしますんで、ちょっと待っててくだせぇ」
と言って、私を労ってくれる。
「ああ、ただいま。すまんな。どうせ荷物の片付けもあるから、ゆっくりでいいよ。それにまずは一服して落ち着きたい」
「へぇ。かしこまりました。じゃぁ準備しておきますんで」
「ああ、ありがとう。あとドーラさん、すまんが2人に肉を切ってやってくれないか?」
そう言って、私は2人を下ろすと背嚢の中から肉を取り出し、
「夜遅いから食い過ぎには注意してやってくれ」
と笑いながら言って、ドーラさんに渡した。
「きゃん!」(お肉!)
「うにぃ!」(お肉!)
といって、うちのお嬢様方は興奮してドーラさんの足元をグルグルと駆け回ったが、
「あらあた、2人とも、今晩は少しだけですよ。夜中にお腹が痛くなったら困るでしょ?明日の朝はたっぷり用意してあげますからね」
とドーラさんに言われ、
「…きゃん」(はーい)
「…うなぁ」(…うん)
と少し意気消沈したような感じで鳴いたので、私は、
「はっはっは。肉は逃げないさ。たっぷりあるからゆっくり食うといい」
と言って2人をなだめてやった。
そして、
「ほら、ドーラさんと一緒に行ってきな」
と2人を促すと、
ドーラさんは仕方ないわね、という表情で微笑みながら、
「さぁお台所へいきましょう」
といって、2人を連れて、奥へと下がっていった。
私も2階の自室へ入り一息ついて、旅装を解くと荷物を整理し、簡単に装備のメンテナンスをした。
刀に異常はない。
防具の返り血は帰りに少し流してきたから問題ないが、念のために手入れ用の脂を塗り込み、ベルトの締め具合なんかを確認した。
そんな作業をしていると、
(トントントン)
とノックの音がして、ドーラさんがやってきた。
「村長、とりあえずお茶をどうぞ。さぞお疲れでしょうからごゆっくりなさってください」
そう言って、ドーラさんはいつものように薬草茶を淹れてくれると、一礼して下がっていった。
いつもの味が心地いい。
ああ、帰ってきたんだな。
待ってる人がいる家に帰るということは、こんなにもほっとすることなのか…。
この村に来るまでそんなことは思いもしなかった。
私も歳をとったんだろうか?
いや、こんな歳のとりかたなら別に悪くはないな。
そう思って私は思わず一人で微笑んだ。
「やぁおかえりバン君」
私が一人、遅めの夕食の席につくと、リーファ先生がやってきてそう言ってくれた。
「ああ、ただいま」
「どうだった?今回の冒険は」
「まぁいつもの通りさ」
「まぁ、そうだろうね。私はバン君のことだから心配ないとは思っていたけれど、マリーは少し心配していたよ。なにせ、魔獣なんてまったく縁のない所で生活していたんだからね」
「そうか…。明日にでも心配をかけてすまんと伝えておいてくれ」
私が軽くそういうと、リーファ先生は顎に手をあてて少し考えるようなそぶりをしてから、
「もしよければ明日マリーに今度の冒険の話を聞かせてやってくれないかい?」
と言った。
「ん?ああ、それは構わんが、マリーにそんな話をしても面白くないだろう」
私は若い女性が血なまぐさい冒険話を聞きたがるとは思えなかったので、そう聞くと、リーファ先生は、
「いやいや。マリーはあれで好奇心の強い子だからね。ちょっとびっくりするかもしれないが、きっと面白がってくれるよ。それに冒険の様子がわかればこれからは少し安心するだろうからね」
と言って、私に理由を説明してくれた。
「そういうものか?まぁリーファ先生がそう言うならそうしよう」
「ああ、よろしく頼んだよ」
それからは、リーファ先生とマリーの容体のことや、私が留守中、ギルドに少し大きな蛇が迷い込んでサナさんが尻餅をつくと言う珍事件が起こった話なんかを話しながら飯を食った。
そして、食事が終わるころ。
ドーラさんがカートを持ってきて、
「今日のデザートはアマイモようかんですから、緑茶にしてみましたよ」
といって、アマイモようかんと緑茶を出してくれた。
「ほう、そいつはいい!よし、私も食おう」
と言って、リーファ先生はアマイモようかんをつつき始める。
すると、風呂の準備を済ませたズン爺さんの後ろをついてくるように、ルビーとサファイアも食堂にやってきて、ドーラさんに甘えている。
どうやらアマイモようかんを要求しているようだ。
女性にとって、甘いものは別腹なのだというけれど、家のお嬢様方もその例に漏れないらしい。
私はそんな光景を微笑ましく眺めながら、自分もアマイモようかんを一口食って、緑茶をすすった。
私が日本人だったかどうかは知らないが、この至福の瞬間はおそらくどの世界でも共通だろう。
気の置けない仲間、楽しい食事、他愛のない会話に美味いお茶とデザート。
これ以上ない幸せが今この食卓にはある。
ドーラさんが2人の分のアマイモようかんを「少しだけですよ」と言って小さくとりわけてあげている。
きっと今この家の皆が私と同じようにそんな幸せを噛みしめているに違いない。
私はそんなやわらかな空気をしばし堪能して、今回の冒険が終わったことを実感した。