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第54話イノシシ狩りも村長のお仕事05

目的の場所へは1時間ほどで着いた。

「こいつは…」

私を含め全員が辺りを見回すが言うまでもない。

細い木がまばらに生えたその林のあちこちが掘り返されている。

明らかにイノシシの仕業だ。

「当たりっすね…」

「ああ」

「しかし、すごいっすね。手当たり次第って感じっすよ」


予想通り、そこからははっきりとした痕跡が点々と続いている。

出くわすのも時間の問題だろう。

問題はどこで出くわすかだ。

しばらくその痕跡をたどって歩くとその小さな水場に出た。

石清水が小さなくぼみにたまっている、2メートルほどの小さな水場だ。


「ついさっきまでいたな」

私がそういうと、ザックが

「ええ、そのようですね」

と言って辺りを見回した。

気配が濃い。

他の2人もそれを感じたんだろう。

私たちは無言でうなずき合うと、さらにヤツらの痕跡をたどって行った。


遠くに影が見えた。

いや、遠くからでも影が見えたと言った方がいいのかもしれない。

一番デカい統率個体は4メートルを少し超えているようだ。

その周りにはおおよそ15頭ほど、1~2メートルほどの個体がいる。

小さいのはようやく毛が生え変わったばかりの若い個体のようだが、すでにイノシシの魔獣の特徴である、普通の獣のイノシシよりも太くて長い牙を備えていた。


距離はおおよそ200メートル。

ヤツらはおそらく自分たちで掘って作ったのであろう窪地の中で、身を寄せあうようにして食休みをしている。

私はいったん進行を止め、

「私が先行して一気に突っ込む。おそらくその瞬間にヤツらもこちらに気が付くだろう。ザック、手前のヤツから順に迷わず打ち込め」

「はい」

「ジミー、遅れるなよ」

「うっす!」

そう2人に声をかけたあと、ドノバンに目配せをすると、彼が黙ってコクリとうなずいたのを確認し、

「行くぞ!」

と言って、林の中を一気に駆け抜けた。


案の定、私が駆け出した直後、ヤツらは気づいた。

こちらに向かって素早く突進の体勢をとる。

しかし、そこへザックの矢が撃ち込まれた。

風魔法で勢いをつけた矢は手前の一頭の顔に打ち込まれ、当たった個体は「ブギャッ!」と間抜けな声を上げてのたうちまわる。

ザックはさらに矢を打ち込んだ。

今度は先ほどよりも勢いのない矢が別のヤツの右肩辺りに命中する。

これは一応ダメージを与えたようだが、致命傷には至っていない。

だが、それで充分だ。

そいつがひるんだその隙に私は素早く駆け寄ると、下段からそいつの首元を薙ぎ払った。

そいつの首元がパックリと割れる。

私はそれを確認もせず前進して、正面から突っ込んできた新手を、ギリギリまでひきつけてから、右足をわずかに引き、半身でかわすと、今度は上段からそいつの首を斬り、その流れまま今度は左足を軸にくるりと回転する。

どうやら背後から突っ込んでき奴がいたようだ。

私はまるで闘牛士のようにそいつをかわすと、すれ違いざま、袈裟懸けにヤツの後ろ足を断ち斬った。

その個体はつんのめるようにして積もった落ち葉の上を滑っていくのがみえる。

あとはジミーが始末してくれるはずだ。

私はそう思って、さらに突っ込む。

後ろでまた醜い声がしたからきっとジミーがやってくれたのだろう。

さらにザックの矢が放たれる。

私はそれでできた、わずかな隙を逃さず突っ込んで懐に入り込むとまたべつのヤツの首元を斬り、返す刀で次を仕留めた。

また別の個体をかわして斬る。

そうしているうちにまた、いつものように時間がゆっくりと流れだした。

次々と突っ込んでくるイノシシをかわして斬る。

ただ気配を感じ、体の動くままに刀を振る。

時には飛び越すようにかわして後ろ脚を斬りつけ、時には蹴りを入れて倒れたヤツの心臓を刺し貫く。

段々音も消えてきた。

どうやら正面から統率個体が突っ込んできたようだ。

ヤツは、おそらく

「ブギャァ!」

とでも鳴いたのだろう。

口を大きく開けたあと、頭を低くして大人のうでくらいもあろうかという太い牙を私に向けて突っ込んでくる。

私にはそれがずいぶんと遅く見えた。

私は左に動き、一瞬身をかがめてヤツの懐に入り込むと、下から掬い上げるようにヤツの右前足を斬る。

ヤツが横倒しになって地面を転がる。

すると私の後ろでザックの矢が飛ぶ気配がした。

それで仕留められたかどうかはわからないが、あとはドノバンがいる。

今度は左手にジミーの気配を感じた。

見るとジミーはやや大きい個体を押しとどめていてくれたようだ。

すかさずそちらに向かってそいつの横っ腹に刀を突き刺す。

一緒そいつがビクンとする動きが伝わってきたから、おそらく心臓に当たったはずだ。

軽くひねって薙ぎ払うように刀を抜く。

残心を取っていると、後ろで空気が動いた。

私は素早く反転し、少しだけ後ろに動くと真横をすり抜けていく個体めがけて一気に刀を上段から振り下ろした。

どうやらそれが最後だったらしい。

声も無く首を断たれたイノシシが転がり、辺りは一気に静かになった。

当たりには激しく血が飛び散った跡があり、私もいくらか返り血を浴びてしまっている。

それでもあれだけの数を相手にしたにしては少ない方だろう。

私は軽く刀を振って、血を振り落とすと、防具の隙間に入れておいた手ぬぐいを取り出し、軽く拭いをかけてから、刀を鞘に納めた。


私の横にいたジミーが、

「…マジっすか…」

と、どうやら私に向かってつぶやいている。

私はその意味がよくわからなかったが、とりあえず、

「ありがとう、おかげでずいぶん楽だったよ」

とジミーに礼を言った。

すると、ジミーは何とも微妙な表情で、

「いやいや、それを言うのは俺たちの方っすよ」

と苦笑いをしながらそう言った。


それから疲れたのだろうか、やや脱力している『黒猫』の3人に声をかけて、とりあえず、魔石と心臓を取り出すと、適当な革袋に入れ、残りの内臓は適当に引っ張り出して焼いた。

イノシシそのものは、さっきまでヤツらが寝ていた地面の窪みに押し込んで今日はその場で野営をすることにする。

辺りは血なまぐさいが、仕方ない。

魔獣を仕留めたあとは、その現場が一番安全だ。

なぜか魔獣という生物は滅多なことが無い限り他の魔獣の縄張りを侵さない。

ヤツらなりの住み分けというやつなのかもしれないが、理由は定かではない。

ただ、ここはヤツらの縄張りだったからすぐに他の魔獣が近寄ってくることがないのは事実だ。

適度に開けているし、地面も割と平ら。

野営にはうってつけの場所だといえる。


あらためてヤツらの様子を観察してみる。

統率個体を含めて全部で17頭。

小さいのは5頭ほどいた。

多分、去年生まれた若い個体だろう。

そして、よく見ると2頭ほど妊娠している個体がいる。

もう少し対処する時期が遅くなっていたらこんなに簡単にはいかなかったかもしれない。

出産直後のヤツらは危険だ。

子がある程度成長しきるまでは群れの結束がやたらと硬くなり厄介なことこの上ない。

今回は幸運だった。

発見時期も早かったから、ちょうどエベタケを食ってやつらの行動が鈍る瞬間を狙えた。

こちらは4人もいたし、布陣もバランスが良かった。

サナさんには後で「おかげで助かった」と礼を言うべきだろう。

ともかく、みんな無事でよかった。

ふとそう思うと、屋敷で待っている面々の顔が思い浮かんだ。

私は小さく「ふっ」と笑うと、まだまだ明るい空を見上げて目を細めた。


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