翌朝、いつものように夜明け前に目が覚めた。
『黒猫』の3人はまだ眠っているようだ。
昨晩は獣の気配は多少あったが、やはり魔獣の縄張りの近くだからだろうか、必要以上に近寄ってくるものはなく、安心して休めた。
お湯を沸かし、お茶を淹れていると、最初に起きてきたのはドノバンだった。
「おはよう。よく眠れたか?」
「………(コクリ)」
案の定、それ以上の会話は続かなかったが、彼の無口は不思議といやな感じがしない。
口数は極端に少ないが、いつも相手の目を見て、きちんと答えてくれるからかもしれないな、と、そんなことを思いながらドノバンと一緒に茶を飲んでいると、他の2人も起きてきた。
ジミーは朝が弱いらしく、若干眠たそうにしていたが、茶を一杯飲むとすぐにシャキっとした。
どうやら寝起きはそこまで悪くないらしい。
そんなそれぞれの様子を眺めながら、改めてバランスの取れたいいパーティーだなと思いながら、みんなそろったところで朝食を作り始めた。
朝食は簡単に、昨日の残りの鹿肉とドライトマトのスープ。
それに硬いパンを浸しながら食う。
それぞれが手早く済ませたのを確認し、
「さて、装備の確認はいいか?」
と聞くと、
「うっす!」
「はい」
「………(コクリ)」
と3人がそれぞれに返事をした。
彼らの顔つきをみると、落ち着いて覚悟を決めているように見える。
この辺りはさすが中堅どころの冒険者だ。
緊張も油断もない。
「じゃぁ、昨日打ち合わせた通りに進んで行こう」
そう言って、手早く準備を済ませるとようやく白み始めた森を問題のヌタ場を目指して進み始めた。
辺りを警戒しながら慎重に進むこと2時間ほど。
私たちは、問題のヌタ場に到着した。
ベンさんの言っていた通り、そこにはけっこうな数の魔獣の痕跡があった。
20センチ以上はあろうかというデカい足跡もある。
間違いなく統率個体だ。
いまのところ、周囲に魔獣の気配はない。
30分ほどかけて辺りにあるヤツらの痕跡を丹念に確認する。
いくつかのルートはあるようだが、やはり当初の読み通り、雑木林の方へ続いているようだ。
竹やぶを抜け、雑木林を進むと、ヤツらの気配がより濃くなってきた。
木の実を探したり、イモを掘ったりした跡がいくつかある。
木に抜け毛が付いているところもあった。
「近いな」
私がそう言うと、3人とも無言でうなずく。
やがて、細い木が目立つようになり、段々と木の間隔が広くなってきた。
おそらくエベタケの群落が近いのだろう。
油断なく周囲を警戒しながら進むと、周りより少し開けた場所に少し大きめの岩が埋まっているのが見えた。
ちょうどいい、小休止を入れておこう。
これから先は勝負になる。
私はそう感じて皆に、
「ここからが勝負だ。もしかしたら飯を食う暇はないかもしれない。少し腹に入れておこう」
と言ってその岩の陰に背嚢を置き、まずはスキットルを取り出すと気付けに一杯やった。
そのあと、水筒と行動食を取り出し口にする。
『黒猫』の3人もそれに倣って行動食を口にした。
ちなみに、私が食っているのは干しリンゴを練り込んだドーラさん特製のショートブレッド。
はちみつとバターの香りがいい。
一方、『黒猫』の3人が食っているのはギルドで売っているチーズが入った固焼きのパンみたいなものだ。
あれは不味い。
ただのしょっぱい小麦粉だ。
それを見ていると段々3人のことが不憫に思えてきたが、今はどうしようもない。
やはり、冒険者の食生活の改善は必要だな、と思いながらも3人に話しかけた。
「エベタケが地上に出てくるのはこの時期だけだが、あいつらは菌糸…根みたいなものだな…を地下深くまで伸ばしてそこから大量の魔素を取り込みながら地下で成長する。だから、あいつらが生えている周辺はその群落に向かって徐々に森が薄くなっていくんだ。ただ、不思議と10年ほどでその成長は止まって、また別の場所で成長をし始めるんだが…。まぁ、それはどうでもいいか。とにかく、そういう特徴があるから、目的地もある程度森が開けているはずだ」
3人はそう言う私の話を真剣に聞いている。
私は3人が理解しているのを確認すると、
「知っての通り、エベタケは猛毒の茸だ。イノシシの魔獣はなぜかそれを苦にしないが、それでも大量に食うと必ず少し移動して食休みをする。おそらく体の中で毒を分解して無害化するのに体力を使うからだろうが…。ともかく、この先にエベタケの群生地があって、もしヤツらがそれを食っていたら、必ずその周辺にいるはずだ」
そう言って、イノシシの魔獣の生態を簡単に説明した。
3人は無言でうなずく。
「布陣は覚えているな?ザックは遠距離から牽制、ドノバンはその護衛だ。私が先頭で突っ込むからジミーは私をフォローしつつ討ち漏らしに止めを刺してくれ。いいか?」
そう言って、私が昨日の打合せをもう一度確認すると、3人はそれぞれ
「うっす!」
「はい」
「………(コクリ)」
と返事をして再度気合を入れた。
そうして、私たちはいよいよ勝負の場へと向かって動き出す。
一方、私たちがヌタ場に差し掛かった頃、村長屋敷の離れでは、リーファがマリーと向かい合って両手をつなぎ、魔力循環をしていた。
「…どうしたんだい、マリー今日はやけに集中力がないねぇ」
「え?…えぇ…。その…、バン様が魔獣を狩りにお出かけになった聞いたものだから…。なんだか心配になってしまって…」
「はっはっは。なんともかいがいしい話だね。バン君が帰ってきたらぜひ聞かせてやろう」
「いやよ、リーファちゃん…。そんな意地悪を言わないで」
「はっはっは。もちろん冗談さ。しかし、心配はいらないよ」
「…リーファちゃんはそう言うけれど、魔獣って恐ろしいものなのでしょう?何人もの騎士さんたちが…その…けがをしたりするって聞いたわ」
「ああ、油断すれば危ない存在だね」
「やっぱり…。私怖いわ」
「でも、バン君に限ってそんなことはないから安心していいよ。なにせこんなに長く生きている私でさえあれだけの剣士はまず見たことがない。だろう?ローズ」
「はい!エデルシュタット男爵は大変な剣士でいらっしゃいます。あの強さは尋常ではありません!」
「あら、バン様はそんなにお強いの?」
「ああ。残念ながら本人はまったく気が付いていないけどね」
リーファはあきれたように笑いながらそう言った。
「あと…。気になったのだけど、リーファちゃんってそんなに長く生きているの…?」
「ん?ああ、少なくともマリーの7,8倍は生きてるよ」
そう言って、リーファは苦笑した。
「えぇ!そうなの?やだ、私ったら…。そうよね。エルフさんですものね…。私、そういうことに疎いから…。ごめんなさい」
そういってマリーはしょんぼりすると、リーファを上目遣いに見ながら謝った。
「はっはっは。それは構わないさ。私も久しぶりに『ちゃん』付けで呼ばれたのはうれしかったし、それにマリーにそう言われても全然嫌じゃないんだ。なんでだろうね。これが友達ってやつなのかな」
リーファがそう言うとマリーは、ぱぁっと顔をほころばせて、リーファに抱き着いた。
「うふふ。お友達ってうれしいものね。私初めてよ!」
「はっはっは。なんだい大袈裟に…。でもそれは私も同じさ」
そう言って、二人はくすぐったそうに笑い合うと、それぞれに心の中でバンドールの無事を祈りつつ、治療を再開した。