森の中を馬で進む。
幸い、目標地点の手前まではなんとか馬で進める道があった。
普段の冒険で馬を使うことはない。
だが、今回は馬番のドン爺がいる。
馬で進めるとろこまでは馬で進んで、その後は馬をドン爺に預けてさらに進めばいい。
事が急を要するだけに、正直助かる。
やがて、道が細くなってくると、馬が渋り出した。
この辺りが限界か。
私はそう思ったので、『黒猫』の3人に、
「すまんが、適当に馬を置いていけそうな場所を知らんか?」
と聞くと、
「たしかこの先の沢沿いに少し開けた場所があったと思います。ちょっと見てきましょう」
といって、ザックが馬を降り、様子を見に行ってくれた。
「よし、ザックには申し訳ないが、我々は小休止にしよう」
私がそう言うと、皆馬を降り、適当な行動食を出してつまみだした。
そんな感じで各自が休憩をとっていると、
「しかし、村長はなんでイノシシの魔獣がエベタケを食うなんて知ってたんすか?」
とジミーが聞いてきた。
「昔学院に通ってたころ魔獣の生態について書かれた古い文献を読んでな。それに、実際に見たことをあるぞ?」
と私が答えると、
「え!?村長、学院出なんすかっ!?」
とジミーが驚き、
「………!?」
ドノバンも驚きの表情になった。
「一応な」
私が軽くそう答えると、
「え?でもさっき冒険者歴が20年とかいってませんでしたっけ?」
「………(コクコク)」
「ん?ああ、一応高等学校時代からやってるからな。真似事なら中等学校時代から少しやってたぞ」
「…高等学校って…。あそこは文官なんかを目指すエリートさんたちが行くところっすよね?」
「まぁ、ほとんどのやつはそうだったな。私は変わり者だったのかもしれん」
私が少しおどけてそう言うと、ジミーは唖然とした様子で、ぽつりと、
「いやぁ…こう言っちゃなんですけど、ほんと変わり者っすねぇ…」
と言った。
「はっはっは。よく言われるよ」
私が笑いながらそう答えると、横からドン爺が、
「それ以外のことでも、こいつの変わり者っぷりは筋金入りだ」
と、しかめっ面でそう言った。
「…じゃぁ今回はその変わり者っぷりが見られるかもしれないってことっすよね?」
ジミーが今度は少し楽しそうな顔でドン爺に向かって聞くと、
「かもな。だが、くれぐれも参考にはするなよ。命がいくつあっても足らん」
とドン爺はそう言って、ジミーに険しい顔を見せた。
きっとドン爺は人にはそれぞれやり方がある。
決して無茶はするな、と言いたいのだろう。
ジミーとドノバンにもそれが伝わったらしく、2人とも黙ってコクリとうなずいた。
そんな話をしていると、ザックが戻ってきて、
「ありました。水場も近いしうってつけだと思います」
と教えてくれた。
「よし。じゃぁそこまで馬を連れて行こう」
私がそう言うと、全員で馬を曳きその目的地へと向かった。
ザックの言う通り、その場所は適度に開けていて、馬をつなぐのにちょうどいい木もあるし、草も水もある、まさにうってつけの場所だった。
「さて、ドン爺。馬番を任せてもいいか?」
「かまわん。そのためにきたんだからな」
「よし、じゃぁまずは全員でドン爺の野営地を設営しよう」
私がそう言うと、
「うっす」
「はい」
「………(コクリ)」
と『黒猫』の3人が返事をして、全員で設営にとりかかった。
私とジミーが一人用の小さなテントを張り、簡易かまどを作る。
ザックとドノバンは薪集めだ。
ついでに野草があれば採って来てくれると言う。
その間にドン爺は馬を順番に水場まで連れて行き水を飲ませた。
あらかたの準備が整うと、
「イノシシ連中の縄張りも近いからここに魔獣が出る可能性は低いだろう。しかし、気を抜かんでくれよ。いざとなったら逃げ帰ってくれ」
と、私は言うまでもない注意事項をドン爺に伝えた。
すると、ドン爺はやはり、
「ふんっ!そんなことは言われんでもわかっとるわい。さっさと行ってさっさと戻ってこい」
と憎まれ口を叩いた。
「さっさと行け」だけではなく、最後に「さっさと戻ってこい」とつけるところがいかにも照れ屋のドン爺らしい。
この人の悪い所は口と人相だけだ。
そしてみんなもそれがわかっているから、
「ああ、行ってくる」
「すぐに戻ってくるっすよ」
「昼寝でもしながら待っていてください」
「………(コクリ)」
と明るく挨拶をしてさっさと出発した。
それから1時間ほど歩いただろうか。
私たちの野営地、沢沿いにぱっくりと割れたような大きな岩がある場所へとたどり着いた。
明日の目的地まで1,2時間と言ったところだ。
そろそろ陽が沈む。
私たちは急いで野営の準備に取り掛かった。
ドノバンがタープを張り、ザックは先に水汲みをしてからかまどを作っている。
そして、ジミーが薪を集めに行っている間に私は魔石ストーブを出して、料理の準備に取り掛かった。
今日のメニューは簡単に乾燥茸とドライトマトのリゾットに、出掛けにベンさんからもらった鹿肉の串焼きだ。
味付けは塩とスパイスのみの簡単な味付け。
スープも割愛した。
もしかしたら『黒猫』の3人には少ないかもしれないが、冒険中に食い過ぎは良くない。
このくらいの量で我慢してもらおう。
やがて飯が出来上がるころ皆が集まってきて焚火を囲みながら飯にした。
「村長、マジ美味いっす!」
一口食って開口一番ジミーがそう言った。
それにザックとドノバンが続く。
「ええ、とても野営中に食べる飯とは思えません」
「………(コクコク)」
「そうか?簡単なものだが、そう言ってもらえると作ったかいがある」
「村長んちの飯がやたら美味いって聞いたっすけど、村長も料理するんすね」
「まぁ、野営中は私しかいないからな。…みんな普段の飯はどうしてるんだ?」
「酒場っす!」
私の質問にジミーが勢いよく答え、
「ええ、そうですね。この村の酒場の飯は美味いですから」
「………(コクリ)」
と他の2人も同じくと答えた。
「そうか。もしかして、冒険中は全部行動食か?」
「…あー、それに近いっすね…作ったとしてもいわゆる冒険者飯ってやつで…」
とジミーが苦笑いしながらそう言うと、私は、
「あぁ…」
と、少し渋い表情でそう嘆息した。
冒険者飯というのは特定の料理じゃない。
適当で不味い飯を指す隠語だ。
私は、彼らの健康が心配になって、
「それはいかん。冒険中の飯を少しでも美味くすることは重要だぞ?」
と言ったが、
「ははは。たいていの冒険者はそうしたくてもできないんですよ。なにせ、がさつな連中ばかりですからね」
「………(コクコクコク)」
と言ってザックは苦笑し、ドノバンも激しく首肯した。
そんな彼らの様子をみて、私は、
(村に戻ったら、せめて少しでも美味い行動食を開発するか、冒険者向けの野営飯教室をギルドで開催してもらおう。この世界にはフリーズドライなんて便利なものはないんだから彼ら自身に何かしらの対処方法を身に着けてもらうしかない)
と、そんなことを考え、飯を食い進めた。
やがて、食事が終わりお茶の時間になった。
私はいつもの薬草茶。
『黒猫』の3人は紅茶を飲んでいる。
「よし。じゃぁ明日からの行動予定を確認しよう」
「うっす!」
「明日はヤツの縄張りの付近まで行く。そのあとは周辺を探ってヤツの痕跡をたどるように移動だ」
「はい」
「おそらく、早ければ明日、遅くとも明後日にはケリがつくだろう」
「………(コクリ)」
「それぞれの役割だが、まずザックは後衛だ。ヤツらと遭遇したら遠距離から狙ってもらう。牽制程度でかまわない」
「はい」
「ドノバンはザックを守りつつ万が一の場合は退路を確保してくれ」
「………(コクリ)」
「ジミーは私のサポートだ。ヤツらと遭遇したら、前衛で私をサポートしながら討ち漏らしに対処してくれ」
「うっす!」
私は彼らが問題なく指示を理解したのを確かめると、
「よし。私は先行して、ヤツらの痕跡を追い、遭遇したら前線に立つ」
と言って自分の役割を伝え、最後に、
「油断するなよ?」
とあえて少し冗談っぽくニヤけた顔でそう言った。
「うっす!」
「はい」
「………(コクリ)」
皆も少し笑いながらそれぞれ異口同音に応じてくれる。
気が付けば、日はとっぷりと暮れ、星明りに照らされた森は静寂に包まれていた。
「ああ、ちなみに、見張りはいらんぞ」
私が最後にそういうと、みんなは一瞬「え?」という顔をしていたが、
「ちょっとした特技があってな。眠った状態でも獣の気配がわかるんだ」
と私が言うと、皆は「村長ですからね」という意味の分からない理由で、意外と素直に信じてくれたので、その日は早々に休むことにした。