翌朝。
さっさと準備を整えて台所に行くと、すでにドーラさんが飯の支度をしていてくれた。
「朝食はおにぎりを握っておきましたから、お腹に入れていってください。あと、今回は冒険者の方もいらっしゃるそうですから、お昼はいくつか多めに包んでおきました。余ったら夜にでもお召し上がりくださいまし」
そういって、弁当の入った包みを渡してくれる。
「ああ、すまん。ありがとう」
そういって、私が手早く握り飯を2個ほど腹にいれていると、まだ眠そうなルビーを背中に乗せたサファイアがやってきて、
「きゃん!」(いってらっしゃい!)
「…うなぁ…」(…らっしゃい…)
と言って見送ってくれた。
玄関を出て、門の所まで行くと、馬に乗ったドン爺と『黒猫』の3人が待っていてくれた。
またずいぶんと豪勢なメンバーを選んだもんだ。
私はそんな風に思いながらも、そのメンバーたちに向かって、
「すまんな。待たせたか?」
と言うと、
「いえ、俺らも今来たばっかりっすよ」
と答えてくれたのは冒険者パーティー『黒猫』のリーダー、ジミーだ。
「こいつの寝坊のせいで危うく遅れかけましたけどね」
と言うのは同じく『黒猫』のザック。
「………」
もう一人、ドノバンという男は、何も言わない。
相変わらず無口な奴だ。
「おい、準備ができたらさっさと行くぞ!」
ちょっと不機嫌な顔をしたドン爺がそう言ってけしかけてくる。
相変わらずせっかちな爺さんだ。
皆そう思ったのか、一様に苦笑いしつつもさっさと出発することにした。
『黒猫』はジミー、ザック、ドノバンの3人組。
3人とも10年くらいのキャリアがあるから中堅の部類だと言えるだろう。
一応は顔見知りだし、これまでの話を聞く限り堅実な働きぶりのようだから心配はしていないが、詳しいことはよく知らないので、道々、各々の役割を確認してみると、ジミーが前衛の剣士、ザックが後衛の弓士、ドノバンが盾役ということだった。
ジミーは剣術一本らしいが、ザックは簡単な風属性の攻撃魔法が使えるらしい。
もっとも本人曰く弓の精度を上げることに使うのがほとんどで攻撃魔法は牽制程度らしい。
それでもなかなか希少な存在だ。
そして、ドノバンンは盾と槍の他に斧、短剣、さらにはナイフの類も扱う万能型だという。
…ごつい体からは想像できないが、相当器用な男らしい。
ちなみに、今回ドン爺は解体と馬番要員だ。
…暇だったのか?
いや、きっと私たちのことを心配してついてきてくれたに違いない。
そんな話をしながら一行はしばらく進み、森の入口に差し掛かったあたりで、
「そういえば、村長はずっとソロだったって本当っすか?」
と聞いてきたのはジミーだ。
「ああ、15年ほど…いや、村長になってからもたまに森には入っているから、それを含めると20年ちょっとは1人で活動してるな」
「一度もパーティーを組もうと思ったことはないのですか?」
今度はザックが聞いてくる。
「ああ、なにせ本業は薬草集めだからな。なかなかパーティーを組みたいってやつがいなかったというのもあるが、一番の理由としては自由に行動したかったからというのが大きい」
「そうなんですね。ああ、そういえばギルマスから、今回の私たちの役目は荷物持ちだと聞いていますが…」
「ん?ああ、そうだな。すまん。まさか『黒猫』みたいなベテランが来てくれるとは思わなかった。ギルドにはちゃんと伝えたんだが…」
「その点は、サナさんの差配ですね。ギルマスは適当な若手で構わんと言ってましたが、サナさんが万が一ってこともあるから、と」
「なるほど、そうだったのか。そいつは心配をかけてしまったな…。まぁ、せっかくだし手伝ってもらおう。主に牽制と雑魚除けって感じになってしまうかもしれんが」
「ええ、それは…」
と言いかけたザックの言葉をジミーが遮って、
「もちろん、かまわないっす!なんせ、今回この依頼を受けたのは村長の戦いっぷりを見てみたいってのが一番だったっすからね。まぁちょうど時間が空いてたってのもあるっすけど」
あはははは、とジミーはいかにも快活に笑いながらそう言った。
「………(コクリ)」
ドノバンもうなずいている。
そんな会話をしながら森を進むと、やがて炭焼き小屋に着いた。
時間はまだ昼前。
とりあえず、馬を休ませるのを兼ねて、炭焼きの連中を束ねているベンさんに話を聞くことにした。
「待たせたな、ベンさん」
「いえ。とんでもねぇです。こちらこそお手数おかけして申し訳ごぜぇやせん」
「いや。これも村長の仕事だ。気にするな」
「へぇ、ありがとうございやす」
「ああ。で、どんな様子だ?」
私がそう聞くと、ベンさんは簡単な地図を広げ、
「へい。ヌタ場は…この辺りの竹やぶの中にありやした」
と言って割と大きな沢沿いを指さした。
「ああ、あの、沢を挟んでパックリ割れたみたいな石があるところからちょっと先だな?」
「へい。岩からは1,2時間ばかし歩いたところでさぁ」
「なるほど…。デカさは?」
「15メートル四方はありやしたか…。足跡もたくさんついておりやしたし、おそらく…」
私は、そう言うベンさんに向かって軽くうなずくと、
「ああ、親分がいて子分が何匹かってところだろうな」
と言った。
私のその言葉にベンさんは黙ってうなずく。
もし、統率個体がいたとすれば、間違いなくヤツらは群れを成している。
しかも今の時期は子を産んでいてもおかしくない。
このまま放置すれば、ヤツらは行動範囲をどんどん広げて森を荒らす。
これから伐採や竹林の手入れがひと段落し、本格的に狩りに出る炭焼きの連中にとっては命の危険もあるから、死活問題だ。
「で、ベンさんの見立てではどのくらいいると思う?」
「へい。おそらく10は…」
「なるほど、わりとデカい群れだな」
これは一大事だ。
早めに対処しなければ。
そう思って、私はベンさんにさらに状況を確認することにした。
「その辺りにヤツらの餌場になりそうな場所は?」
「へぇ、ヌタ場の周辺はこれからタケノコが出やすし、この辺りが雑木林になってやすんで、イモなんかも生えておりやす」
そう言って、ベンさんは地図で竹やぶの少し先を指しながら詳しい位置を教えてくれた。
確かに、その辺りはヤツらの餌場になりそうだ。
しかし、かなりの数がいる群れの餌場としては少し物足りない。
私はそう思って、地図を見ながら、
「なぁベンさん。もしかして、その辺りにエベタケがたくさん生えてないか?」
「へ?へい…。ありはしやすが…」
ベンさんは少し怪訝な顔をして、戸惑いながらもこの辺りだと言って、地図上で雑木林の奥の方を指し示してくれた。
エベタケというのはこの時期に生える猛毒の茸だ。
普通の獣は当然見向きもしない。
むしろ避けて通る。
だが、魔素を求める魔獣は別だ。
ヤツらはエベタケが魔素を大量に蓄えるということを知っている。
それに普通の生き物とは一線を画す魔獣が、毒に耐性を持っていてもなんら不思議なことではない。
冬の厳しい時期を乗り切ったこの時期に生える魔素の多い食い物を食う。
考えてみれば実に合理的なことだ。
そのことを、普通の獣を相手に狩りをするベンさんが知らなくても無理はない。
下手をしたら冒険者でも知らないやつの方が圧倒的に多いくらいだ。
しかし、私はその情報で確信した。
「おそらくヤツらのねぐらはこの雑木林だ。この時期、ヤツらはエベタケをむさぼるように食う。それにヤツらは、いい餌場を見つけると執着する癖があるから、おそらくそこからあまり移動していないはずだ」
私がそう言うと、ベンさんは無言で驚きをあらわにした。
おおよその目的地が決まると、
「よし、ちょっと早いが昼にしよう。手早く食ったら出発だ」
私はそう言って、とりあえず飯を食い始めた。
ドーラさんが用意してくれた弁当は握り飯とコッコの照り焼きにキューカの酢漬けが何切れかという簡単なものだったが、それでも、ドーラさんの手にかかれば美味くなるのだから不思議なものだ。
しかし、これから野営地に向かって急がなければならない。
こんなに美味い弁当をゆっくりと味わう時間が無い事を少し残念に思ったが、そこは気持ちを切り替えてさっさと胃袋に詰め込んだ。
飯を食い終わり私が、
「よし、行こうか」
と言うと、各々が装備を手早く点検し荷物をまとめ始める。
すると、ベンさんが、
「村長、せめてこれを持って行ってくだせぇ」
と言って、竹の皮に包まれた鹿肉を持たせてくれた。
「おお!ありがたい。今夜にでもいただくよ」
私があえて、笑顔を浮かべて軽く礼を言うと、ベンさんは、真剣な目で、
「どうぞお気を付けて」
とひとこと言い、深々と頭を下げた。