~~村長視点~~
翌朝。
いつものように稽古に出る。
すると、そこにはすでにローゼリアが来ていた。
「おはようございます!」
「ああ、おはよう」
「本日もよろしくお願いいたします」
「ああ、こちらこそ」
と挨拶を交わす。
するとローゼリアは続けて、
「昨日は大変結構なものをありがとうございました。お嬢様も大変お喜びになって、ぜひお礼を言いたいから、また遊びにいらっしゃってくださいとおっしゃっていました」
とプリンの礼とマリーが会いたがっているということを教えてくれた。
私は一瞬で嬉しい気持ちになり、
「おお、そうか、食べられたんだな。それはよかった」
と笑顔をこぼす。
「はい、とてもなめらかでしたので、食べやすいとおっしゃっていました」
というローゼリアに、
「ああ。あれは病人でも食べやすくて滋養もあるからな」
と言って、一通りプリンの話をすると、嬉しい気持ちを抱えながらもさっそく2人で稽古に入った。
私が、
「さて、今日は気を集中させる訓練でもしてみようか」
と言うとローゼリアは、
「はい!」
と元気に返事をして目を輝かせる。
私はそんなローゼリアの真っすぐな視線を微笑ましく思いながら、
「といっても、たいしたことじゃない。いつもリーファがマリーにやっている、あれと同じようにまずは、私が背中に手を置いてなんとなく気が集まりやすいように導くから、それを感じて集中してくれ。今日の所は胸の奥が温かくなる感覚だけつかめればいいだろう」
と言ってさっそくローゼリアの背中にてを当て、
「よし、じゃぁはじめるぞ」
と言って、さっそくローゼリアと呼吸を合わせるように気を集中させていった。
手のひらに徐々に温かさが伝わってくる。
どうやらローゼリアも徐々に集中できているようだ。
そう思ったが、
「くっ!」
とローゼリアが短く声を発し、集中が途切れかけた。
「もう少しだ。胸の奥に気が集まる感覚に集中しろ」
私はもう一度気を練りながら、またローゼリアに呼吸を合わせていく。
そうして、またしばらく集中していると、さきほどよりも手に伝わってくる温もりが増したように感じた。
「よし、そのままだ…」
私はそう言ってさらに集中を高める。
しかし、その瞬間、
「くっ!」
とまた声が聞こえてローゼリアの気が散った。見ると目の前には、息を切らして汗ばむローゼリアの姿がある。
「むずかしかったか?」
と私が聞くと、ローゼリアはやや落ち込んだような顔で、
「…はい」
と元気なく答えた。
私は、そんなローゼリアを励ますように、
「いや、いいところまではいっていた。最初はこんなものだ。なに、10日もあれば慣れてくるだろう。そうすれば自分でも訓練できるようになる」
と声を掛けてやる。
すると、ローゼリアはまた元気な顔を取り戻し、
「はい。頑張ります!」
と真っ直ぐな目で私を見つめ、力強くそう言った。
それから少し剣の握り方なんかを教えたが、私は、そろそろローゼリアは仕事に戻る時間だろうと思って、
「よし、そろそろ時間だな。また明日も来るといい」
と言って、ローゼリアに今日の稽古の終わりを告げる。
ローゼリアはやや後ろ髪を引かれるような表情をしたが、気を取り直して、
「ありがとうございました!」
深々と礼をすると、離れの方へ小走りに帰っていった。
私はそんなローゼリアの姿を微笑ましく見送り、
「よし、私も型を作るかな」
とつぶやいて、いつものようにゆっくりと木刀を振り始めた。
そして、朝食後。
リーファ先生がお茶を飲みながらマリー嬢の経過を報告してくれる。
どうやら、順調なようだ。
「しかし、あのプリンというやつはいいね。滋養もありそうだし、なにより病人でも食べやすい。ずいぶんと調子が良くなってきたマリーの体力の回復のためにはうってつけの食べ物だよ」
と話すリーファ先生の嬉しさが私にも伝わったのか、私は笑顔でつい、
「ほう。そいつはいい。しかし、毎回同じでは飽きてしまうかもしれんな」
と、口を滑らせてしまった。
するとすかさずリーファ先生が食いついてくる。
「おい、バン君。それはどういうことだい?」
と、私をにらむような真剣に見つめるような目で見てくるリーファ先生に、私は、
「いや、そんなにたいそうなことじゃないぞ?ちょっとソースを変えたり、甘い野菜を混ぜ込んだり、おかずになりそうなしょっぱい味…茶碗蒸し…っていう別の料理なんだが、そういうアレンジができるってだけだ…」
と、ややタジタジになりながらそう答えた。
そんな話を聞いてリーファ先生は、
「それは興味深い。ドーラさん、ぜひ作ってくれ!」
とさっそくドーラさんに注文を出す。
その注文を受けたドーラさんも、笑顔で、
「そうですねぇ…たしか、そろそろツルウリがとれだしたたようですから、それで作ってみましょうか」
と答えた。
ツルウリはカボチャに似た味の野菜だ。
しかし、生り方は私の記憶と違い、ブドウのように棚からぶら下がるようにして生り、形もどちらかと言えばひょうたんやナスのようにしもぶくれでずんぐりとしている。
そんな2人の会話を聞いた私は、またふと、
「ああ、あれはいいな。ほんとうは軽く泡立てた生クリームを乗せたいところだが、うちの村ではできないのが残念だ…。生クリームはルクロイ伯爵領あたりじゃないと食べられないからなぁ」
と漏らしてしまう。
リーファ先生はその言葉を聞いて、
「なんだいその美味しそうな食い方は…!」
と言うと、なんとも言えない絶望したような顔をした。
そこで私はふと気になって、
「そういえばリーファ先生は氷魔法は使えるのか?」
と聞く。
おそらく私の質問を唐突に感じたのだろう。
リーファ先生は一瞬きょとんとしたような顔をしたあと、少し落ち込んだような表情になって、
「ん?ああ、あれは苦手なんだ。一日に数度、せいぜいボウルに入った水を凍らせるのが精一杯だな。それでも1時間はかかる」
と言って、ため息を吐いた。
しかし、私は、
「なにっ!ボウル一杯も凍らせることができるのか!?」
と驚く。
すると、リーファ先生は、
「あ、ああ…。しかし、あくまでも水を凍らせることができる程度で、食品を凍らせたりは難しいぞ?」
とやや引き気味にそう答えた。
おそらくリーファ先生は食料の長期保存を念頭に置いてそう発言しているのだろう。
しかし、私の目論見は違う。
私は新たな可能性に興奮して、
「ボウル一杯分の氷があれば、料理の幅は大きく広がる…。主に菓子類で!」
と、力強くリーファ先生に向かってそう叫んだ。
「そ、そうなのか!?」
とリーファ先生も驚きの表情を浮かべる。
「ああ、そうだ。よし、さっそくコッツにトロミを仕入れさせよう。あれなら辺境伯領でも比較的安く手に入るはずだ」
私がそう言うと、リーファ先生は、
「ん?トロミってのはあれだろ?ソースや汁にとろみをつけるために使う…海の草から作る粉だったか?」
と頭の上に疑問符を浮かべた。
そんなリーファ先生に私は、
「ああ、それだ。あいつは冷やすと固まる。氷魔法が貴重だから誰もやらないが…」
と寒天ことトロミの効能を教える。
「なに!?あれにそんな効果が…」
そう言って驚くリーファ先生をよそに、私はドーラさんに向かって、
「赤豆はあったか?」
と聞いた。
こちらも私の勢いにやや引き気味だったが、
「えっと…。少量なら…」
と答えてくれる。
その答えに私は、頭の中で瞬時に必要な材料を思い浮かべながら、
「じゃぁそれも仕入れないといけないか…あとは多めの砂糖だな。しかし、そうなると予算が…。よし!あのサルバンの魔石を売り払おう!」
と言って、例のサルバンの魔石を売りに出すと即決した。
「え!?いや、バン君あれは自分への戒めとして…」
そう言うリーファ先生を遮って私は、
「戒めは心に刻んだ!そんなことよりも我が家の食卓の充実の方が大切だとは思わんか?」
と、力説する。
「ま、まぁ…。美味いものが食えるにこしたことはないが…」
と、リーファ先生はまだピンと来ていないようだが、私は、
(これはきっとマリーも喜んでくれるぞ)
と心の中で密かに思いつつ、
「よし。そうと決まれば、さっそくコッツに連絡を取ろう。こうしちゃいられない。すぐに役場に行かなければ。いや、ギルドに直接行った方が早いな。よし、ズン爺さん、アレックスには少し遅れると伝えておいてくれ。そんなに急ぎの仕事は無かったはずだ」
そう言うと、私は一気に残りの薬草茶を飲み干し、頭の中で「水ようかん!」と叫びながら、急いで屋敷を出て行った。