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第45話バンとマリーとリーファちゃん05

いつものように井戸で顔を洗い、勝手口をくぐって朝食の席に着く。

すると、その日の朝食の席で、リーファ先生からマリーの容体について、うれしい報告があった。

なんでもあの魔力操作の治療を開始してからまだ数日だが、着実に効果が出ているらしい。

長年の療養生活で落ちた体力や筋力を取り戻すには数年の歳月がかかるだろうが、このまま順調にいけば寛解も見込めるのではないかということ。

もちろん、まだ楽観的になるのは早すぎるが、希望の光が見えてきたのだとか。

私は、すぐにでもエインズベル伯爵にも早く知らせてやらなければと思ったが、なぜかリーファ先生は待ったを掛けてくる。

リーファ先生曰く、

「過度な期待はかえってよくない。果報を伝えるのはまだもう少し先の方が良いだろう」

ということで、マリーにも報告はまだ控えておいてほしいと頼んだそうだ。

たしかに、期待が大きければそれが叶わなかったときの落胆もまた大きいというのはわからなくもない。

しかし、私は順調に推移しているとまではいかなくても多少良くなったという報告はしてやりたいと思って、最近は多少良くなって起き上がることもできるようになったというくらいは報告させてほしいとリーファ先生に願い出た。

「まぁ、そのくらいならいいだろう」

と言ってくれるリーファ先生に、

(そう言えば、マリーは刺繍が得意だと言っていたな)

と思い出した私は、

「報告の手紙と一緒に、マリーの作った刺繍の一つでも添えて差し上げればさらに喜ばれるんないか?」

と提案してみる。

するとリーファ先生は、

「小さくてすぐにできる程度なら構わんだろう」

と言ってそちらも了承してくれた。

私の脳裏にジュリアンたちのあの不安そうな顔が浮かぶ。

(なるべく彼らを安心させてやりたい)

そんな気持ちが私の胸に浮かんできた。

その後、役場に出向く。

今日はそこまで事務仕事は多くないらしいから、のんびり仕事が出来そうだと、思いながら執務机について、ふと気になり、

「なぁアレックス。ふと気になったんだが、離れの暖房器具は十分だろうか?」

とアレックスに声を掛けた。

それを聞いたアレックスはややハッとした表情になって、

「あー…それは気が付きませんでした。我々の感覚では充分だと思いますが…。ご病気のことですし、少し多めに用意しておくにこしたことはありませんね」

と言い、

「少々お待ちください」

と言い置くと、書類、おそらく備蓄品の目録だろう、を棚から引っ張り出してめくる。

「一応書類上は火鉢の予備が5つほどあります。あと離れにも3つほどあると思いますが、あとで確認しておきます」

と言い、さっそくなにやらメモを取り始めた。

私はそんなアレックスに、

「頼む」

と一声かけつつも、ふと思いついて、

「エインズベル伯爵領といえば、ここよりずいぶんと暖かいところだから、この村の冬は慣れないうちは厳しかろう。なんなら暖房の魔道具もあったほうがいいかもしれん」

と言う。

するとアレックスはまた別の帳面を見ながら、

「予算的には…、少し厳しいでしょうが、部屋に置く小型のものでしたらなんとかなるかと」

と答えてくれるので、私は、

「そうか。じゃぁそうだな…。予備もいるかもしれんから4つほど確保してもらえるか?」

と暖房の魔道具を発注するよう指示を出した。

(ひとまずは、安心だな)

そんなことを思いながら、淡々と事務を片付けていると、午前中にだいたいの仕事は終わる。

そして、

「今日はこのあと特に急ぎの仕事はありませんから午後はゆっくりされてください」

と言うアレックスの言葉に甘えて、午後は自由にさせてもらうことにした。

(型の作り直しもしなければいけないし、久しぶりに稽古でもしよう)

そう思って、またいつものように勝手口をくぐる。

私は、

「ただいま」

と野菜を切っているドーラさんに声を掛けると、さっそく、

「今日の昼はなんだ?」

と聞いた。

「うふふ。今日はオムライスにしましたよ。コッコがたくさん産んだらしくてさっきたくさん卵をもらってきたんです」

とおかしそうに笑うドーラさんに、私は、

「なに!?そいつぁ楽しみだ」

とやや勢い込んで期待の言葉を伝える。

そんな私を見たドーラさんは、

「あらあら。村長ったら」

と笑いながらも、さっそく調理に取り掛かってくれた。

この世界には冷蔵庫がないから保存がきかないのが難点だが、夏の時期はケチャップが作れる。

本当に、この村でケチャップ作りを成功させて良かった。

私はそんな感慨に浸りつつ、

(そういえば、リーファ先生はケチャップを食うのは初めてか?いや、アレンジしたものはあっただろうか?まぁ、ともかく、オムライスは初めてだろうから、いまから反応が楽しみだな)

と、ひとりほくそ笑む。

私はそんなちょっとしたいらずら心を携えて、さっそくリーファ先生を呼びにいった。

リーファ先生は予想通り、オムライスの味に目を丸くして、

「このトマトの甘さと酸味が米の魅力を何倍にも引き上げている!それに卵だ。ふんわりトロトロ。さすがはドーラさん。いつもながらに素晴らしい。それに、このケチャップに使われているスパイスの香りが全体を引き締めて完璧なバランスを保っているのもにくい演出だ。ああ、なんだろう…、どこか馴染みのあるような香りで、初めて食うはずなのにどこか懐かしさを感じる…。なんで今までこんなものを隠していた!?これはぜひ王都で売るべきだ!」

と、熱弁を振るう。

その様子を私は微笑ましく見つめながら、

(そういえば、日持ちしないから他所に出すことは考えていなかったな。いっそのこと、コッツに製法を教えて、各地に広めてもらうか?そうすればいつでもどこでもケチャップが食えるようになる)

と考え、思いっきりオムライスを頬張ると、その日の昼食は和やかに進んでいった。

そして、いつもの食後のお茶の時間。

いつものようにドーラさんが薬草茶を淹れてくれる。

その席でリーファ先生が、

「そうだ。午後からルビーとサファイアを借りてもいいかい?マリーが会いたがっていてね」

と私に聞いてきた。

私はもちろん、快諾する。

そして、そのついでと言っては何だが、ふと気になって、

「そういえばマリー嬢はどのくらい食べられるようになった?」

と聞いてみた。

「ん?まだ固形の物はあまり食べられないが、パン粥とかは少し口にできるようになったぞ?」

と不思議そうな顔を私に向けながらそう聞いてくるリーファ先生に、私は軽くうなずくと、今度はドーラさんの方へ顔を向け、

「なぁ、ドーラさん。たしか、卵が手に入ったんだよな?まだたくさんあるか?」

と聞く。

「ええ、たくさんございますよ」

というドーラさんの言葉を聞いた私は、またうなずいて、

「じゃぁ、マリーにプリンを作ってやってくれ。きっとそれなら食べられるだろう」

とプリンの製作を頼んだ。

すると、私の後から、

「おい、それがどういう食べ物かわからんが、もちろん私の分もあるんだろうな?」

とリーファ先生の声がする。

私が振り返ると、そこにはリーファ先生ものすごく真剣な顔があり、それを見た私は思わず大声で笑ってしまった。

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