目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第42話バンとマリーとリーファちゃん02

今夜の献立は予想通り牡丹鍋。

村では単にイノシシ鍋と呼ばれている。

魔獣ではなく、普通のイノシシの肉は、やや癖があるもののドーラさんの手に掛かれば驚くほど美味くなるから不思議なものだ。

問答無用で米が進んだ。

ちなみに、今日食べきれなかったイノシシ肉は味噌に漬け込んで明日以降の飯に出してくれるとのこと。

味噌豚ならぬ味噌イノシシと白飯。

明日が楽しみだ。

そんなことを考えつつも、皆となんでもない会話をしながら夕食を楽しむ。

やはり、食事は何を食うかと誰と食うかの両方が揃っていなければ本当に美味しくはならないものだと改めて感じた。

そして、いつものように食後のお茶の時間になる。

そこでリーファ先生が、

「そろそろ、マリー…マルグレーテ嬢が挨拶をしたいと言っているが明日辺りどうだい?」

と聞いてきた。

リーファ先生がそう言うということは、それくらい回復したということなんだろう。

私はそう考えた私は快く了承する。

「ああ。先方の体調が許せば私はかまわん。午後にでも出向こう。…ところで、もう愛称で呼ぶほど仲良くなったのか?」

リーファ先生がマルグレーテ嬢のことをマリーと呼んだので私がついでにそう聞くと、

「ああ、なんとも不思議な魅力のある子でね。今ではマリー・リーファちゃんと呼び合う仲さ」

と答えたのでびっくりして思わず聞き返してしまった。

「り、リーファちゃん??」

「…ああ、そうだね。まさかこの歳で『ちゃん』と呼ばれるとは思わなかったよ。おそらく、同年代だと思われているんだろうね」

と言ってリーファ先生は、あははと楽しそうに笑う。

(このリーファ先生とこの短期間で友達になるとは…。どうやらマルグレーテ嬢という人は、なかなかの人たらしらしい)

と、そんなことを思った。

翌日。

いつものように午前中は事務仕事をし、いったん屋敷に戻ると手早く昼食を済ませて身なりを整える。

当然だが、この世界にも礼服があり、爵位や赴く場によっていくつか種類はあるようだ。

私の場合は、私は前世風にいうと、軍属の礼服から襟・袖の飾りを取ったようなもの。

色は紺。

いわゆる一張羅で、爵位を押し付けられた時に一度だけ着させられた。

意外と高かったので、「ちっ」と思ったことを覚えている。

そんな似合わない礼服を着て、いよいよマルグレーテ嬢とのご対面と相成った。

まずは、リーファ先生を呼びにいく。

間を取り持つ存在がいたほうがお互いに気楽だろうと思い、付き添いをお願いした。

そんなリーファ先生は私の恰好を見るや否や、「ほう」といってにんまりと笑う。

多分、似合わないと思われたのだろう。

そんなリーファ先生の笑い顔を一応無視して、私たちマルグレーテ嬢の待つ離れへと向かった。

礼法が大の苦手な私は、緊張しながら挨拶の言葉を頭の中で復唱する。

離れに着くと、護衛騎士のローゼリアが扉の前で待っていた。

「本日はご足労ありがとうございます。ようこそおいでくださいました。バンドール・エデルシュタット男爵様、リーファ先生。どうぞ、中へ」

そういって、ドアを開けてくれるローゼリアに、すれ違いざま、

「ところで、明日は見に来るのか?」

と声をかける。

するとローゼリアは、

「よろしいのですか?」

と少し驚いたような表情を浮かべながらそう言った。

「ああ。ただ…病み上がりだからいまひとつ調子が悪くてな。参考にはならんかもしれんが、それでもかまわんならいつでも見に来てくれ」

私が、そう答えると、

「はい!」

と元気よく答えたが、

「あ、し、失礼いたしました。お客様に対して…」

と言って一瞬でシュンとする。

そんなローゼリアのころころと変わるローゼリアの表情を見て、私が、

「はっはっは。そんなこと気にするな。それよりもマルグレーテ嬢が待っているんだったな。行こうか」

と朗らかに声をかけると、ローゼリアも、

「はい!」

と、明るく返事をし、私たちをリビングまで案内してくれた。

「おいおい、バン君。いつの間にローズと仲良くなったんだい?」

と、リーファ先生はからかうようにそう言ってきたが、私は、

「なに、昨日の朝たまたま裏庭であっただけさ」

とだけ答えておく。

そして、リビングに入ると、そこにはメイドのメリーベルに支えられて立っているマルグレーテ嬢がいた。

私は慌てて、思わず、

「いや、無理をせんでまずは座ってくれ」

と、普通にしゃべってしまう。

「あ!」

と思ったが口を出た言葉はひっこめられない。

私は慌ててしまって、しどろもどろになりながら、

「あ、えっと…大変申し訳ない。あー…なんだっけ。えーと…。ああ、そうだ。ゴホンっ!…栄えあるリトフィン王より、男爵位を賜るバンドール・エデルシュタットでございます。本日は、マルグレーテ・ド・エインズベル様へお目通りの栄誉を賜り恐悦至極に存じます」

と、なんとか貴族風の挨拶をした。

すると、

「…うふふっ。バンドール・エデルシュタット男爵様。それはいろいろと混ざっておりますわ。…『栄えある』の下りは他国の貴族に対しての言葉ですし、『お目通り』は公爵家以上の家格の方に対してのものでしてよ?うふふっ。リーファちゃんから聞いた通り、楽しい方ですのね」

と言ってマルグレーテ嬢が、いかにも貴族のご令嬢らしく楚々として柔らかく笑い、続けて、

「あと、私に『様』はおかしゅうございますわ」

と言って、また微笑む。

(なんともかわいらしい人だ)

私は素直にそう思った。

「あっはっは。なんだいバン君。緊張していたのかい?それにしても面白い挨拶だったね。いやぁ、久しぶりに笑わせてもらったよ!」

今度はリーファ先生まで笑い出す。

そんなリーファ先生に私も苦笑しながら、

「すまん、苦手なんだ」

と素直に謝った。

メイドのメリーベルがお茶を淹れてくれる。

先程の珍妙な挨拶のせいか、マルグレーテ嬢との初顔合わせは和やかな雰囲気で始まった。

「あー。なんと言うか、すまん。初手から間違えた…。どうせバレているのだから普通でかまわんか?」

と開き直って私がそう言うとマルグレーテ嬢は、

「えぇ、もちろんですとも。私も気楽な方が良いですわ」

と美しく微笑みながらそう言ってくれる。

私はやっと落ち着いて目の前にいる貴族令嬢の姿を観察し始めた。

彼女の顔はよく整っている。

美人と言っても過言ではないだろう。

それに独特のかわいらしい雰囲気も兼ね備えているが、その面立ちには明らかに病魔の影が色濃く出ていた。

顔は丁寧に化粧で隠しているが、やせこけた手指や首筋などは隠せない。

痛ましいことだ。

私がやはり無理をさせてしまったのではなかろうかと、ふと不安に思ったとき、マルグレーテ嬢は、

「今日はとても調子が良いのですよ。これもバン様がリーファちゃんに教えてくださったっていう…なんと言ったかしら?あの温かくなる治療法のおかげですわ。本当にありがとう存じます」

と言って軽く頭を下げたが、急にはっとしたような表情浮かべると、

「あらっ!私ったら、うっかりバン様と…。いやだわ、いつもリーファちゃんが『バン君』なんて呼んでいるからきっと移ってしまったんですわね。ごめんなさい…」

と言って、上目遣いに私を見てきた。

正直に言おう。

ドキリとした。

もしかしたら顔が少し赤くなっていたかもしれない。

私はやや狼狽しながら、

「い、いや。構わんさ。なんなら知り合いでも本名を知っている人間の方が少ないくらいだ。気にせんでくれ」

と、慌ててそう言い訳をする。

今にして思えば変な言い訳だったかもしれない。

しかし、マルグレーテ嬢は、

「あら!良かったですわ。では私のことも是非マリーとお呼びくださいまし。きっとその方が楽しい関係になれますわ。ね?リーファちゃんもそう思うでしょ?」

といって、リーファ先生に話を向けた。

するとリーファ先生は、

「ん?ああ、そうだね。バン君は長い名前を覚えるのが苦手らしいから、いいんじゃないかい?」

と言って、にやけた顔で私をからかってくる。

「おいおい、あまりからかわんでくれよ…。だいたい、エルフさんたちの名前は長すぎるから覚えるのが大変なんだ」

と、私も苦笑しながらそう返すと、みんなして笑った。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?