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第41話バンとマリーとリーファちゃん

リーファ先生が私のやっている魔力操作法を体感して10日。

リーファ先生はあの魔力操作法のコツを3日ほどで掴んだそうで、さっそくマルグレーテ嬢の治療に取り入れ始めたのだとか。

詳しいことは説明されてもよくわからなかったが、

「バン君のおかげでこの病の治療に新たな道が開けた」

とかなんとか言っていたので、それは違うと訂正する。

そもそもあれが治療に使えるという可能性に気が付いたのはリーファ先生だ。

私はたまたま師匠に教えてもらった時の記憶を話したに過ぎない。

あまり買い被らないでくれと言ったら、

「バン君らしいね」

と、いつものように笑われてしまった。

そして、ようやくリーファ先生から村長業務復帰の許可が下りた日の翌日。

いつものように日の出前に起きて、朝稽古をするが、どうにも調子がおかしい。

長い休みで体が鈍ってしまったのだろうか?

それとも、あの魔素の流れが改善したというのが関係しているのだろうか?

よくわからないが、上手く気を集中させられない。

体と心がバラバラになったような、どうにもチグハグな動きになってしまっている。

(リーファ先生も慣れるまでには時間がかかるだろうと言っていたが、これはまいった。もう一度型を作り直さねば)

と思いながら、何とか木刀を振っていると、なにやら背後に人の気配を感じた。

「誰だ?」

そう言って、気配がした方へ顔を向けると、そこには一度だけ見たことのある顔がある。

「す、すみません。お邪魔をしてしまいました。ローゼリア・エインズシュタットです。あの、ドーラさんに、その、朝食の材料をいただきに来まして、その…」

と慌てて自己紹介とも弁解ともとれるようなことをいう女性を見ると、たしかに、あのローゼリアと名乗ったマルグレーテ嬢の護衛騎士だった。

「ああ。すまん、あまり感じたことのない気配だったから、つい強く言ってしまった。悪かった」

と頭を下げる。

「い、いえ。その、失礼いたしました!」

そう言って、彼女はなにやら野菜の入ったかごを持ったまま深々と礼をすると、ものの見事に中身をひっくり返した。

「あ、ああ、あの、えっと」

と慌てて中身を拾おうとしてまたいくつかこぼす。

その様子がなんだかおかしくなって、

「はっはっは。そんなに慌てなくても野菜は逃げない」

そう言って、私の足元まで転がってきたトマトを一つ取ると、ローゼリアに渡してやった。

「す、すいません。あの…、ありがとうございます」

そう言って、ローゼリアは顔をトマトのように真っ赤にしながら、謝ったり礼を言ったりしながら残りの野菜を拾い上げる。

そして、自分を落ち着けるためだろうか、一度深呼吸をすると、何やら意を決したような表情で、

「あ、あの!…もしよろしければ時々見学させていただいてもかまいませんでしょうか?」

と、私をまっすぐに見つめてきた。

久しぶりにこんなにまっすぐな目を見たような気がする。

(ああ、この娘の目は剣士の目だな…)

私は、そんなことを思ってなんとも微笑ましいような気持ちになり、

「ああ。こんなものでよければいつでもいいぞ」

とその申し出を喜んで許可した。

「ありがとうございます!」

ローゼリアはそう言うとまた深々と頭を下げたが、またいくつか野菜を落としてしまう。

私はもう一度、

「はっはっは」

と笑って、今度は一緒に野菜を拾ってやった。

やがてローゼリアは、今度こそ野菜を落とさないように注意しながら深々と頭をさげ、急いで離れの方へと戻っていく。

私は、そんなローゼリアの初々しさを微笑ましく思い、

「さて、今日からまた頑張るか」

とつぶやいて、気持ちを新たに型の稽古に戻った。

しばらく稽古をして、いつものように井戸で顔を洗い軽く汗を拭うと、勝手口をくぐる。

台所にいるドーラさんに、

「おはよう」

と挨拶をすると、ドーラさんは、

「うふふ、今日からまたみんなでお食事ですね」

と言い嬉しそうに微笑んだ。

私もそういえばそうだったな、と思い、

「ああ、そうだな。これからもまた美味い飯をよろしく頼む」

とつられて笑いながらそう言う。

そんなやり取りに、私になんとも清々しい気持ちになってさっそく食堂へと向かった。

いつものように朝食が始まる。

今日はご飯と味噌汁、野菜の煮物に卵焼き。

落ち着く味だ。

他愛のない会話が心地いい。

そんなこれまで通りの日常がまた、私の気持ちを晴れやかなものにしてくれた。

そんな朝食が終わり、いつものように薬草茶を飲んで一服する。

療養中だって、飯も食ったし薬草茶も飲んだ。

しかし、やはりみんなと一緒に楽しむ食後のお茶を飲んでいると妙に心が落ち着く。

幸せとはこういう日常の中にあるものなんだと私は改めて実感した。

そんな朝のひと時を過ごし、久しぶりに役場へ向かう。

役場に入ると、いつものようにアレックスはすでに来ていた。

「村長、復帰おめでとうございます。未決済の書類は机の上に置いてありますので、よろしくお願いいたします」

といつも通りの対応で出迎えてくれる。

(ああ、この塩対応も日常だったな)

そう思って苦笑いすると、

「ありがとう」

と言って、さっそく仕事に取り掛かかった。

まずは、私が休んでいる間に上がってきた報告書に目を通す。

野菜の収穫と加工、それぞれの結果が届いていた。

万事順調のようだ。

果物の収穫量はおおむね、予想通り。

中でも柿は豊作だろうとのこと。

(今年は干し柿祭りだな)

そんなことを思い少しにやけながら、次の報告書へ目を通す。

米の生育は予想以上に順調とのことでほっとした。

しかし、油断はできないから、引き続き管理を厳にしてほしいのと、蕎麦の生育状況にも注意を払ってくれ、と指示した。

竹については、各方面の話し合いの結果、今年から少しずつ備蓄を増やすことになったらしい。

保管場所については、第一の候補地として、森の入口に近い空き地に仮小屋を建てて保管する方針だが、それでよいか私の判断を仰ぎたいとのこと。

村の皆が話し合って決めたのならそれでよかろうということで了承した。

ちなみに、ずいぶんと長引いていた鍛冶屋夫婦の喧嘩はどうやら終息したようだ。

鍛冶屋が浮気をしたということだったが、どうやら仕入れやなんかでアレスの町に行くと必ず寄る酒場の女の子に鼻の下を伸ばしていたところ、どこからかそれを聞きつけた奥方が怒ってしまったと言うのが事の顛末らしい。

アイザックが間に入ってくれて無事に和解したという。

それについて、鍛冶屋の奥方から丁寧な謝罪の手紙が届いていた。

良かった。

何事も円満が一番だ。

鍛冶屋も誤解されるような言動は慎むように伝えてくれと一言添えつつも、喧嘩できる相手がいるだけでも幸せというものなんだろうから、これからも仲良く喧嘩してほしい、

と、まるでどこかのネズミとネコに言うような返事を書いてアレックスにその手紙を渡す。

そのついでに、鍛冶屋にはスキ焼ように少し大きめのスキレットを作って欲しいんだったと思い出して、ついでにその伝言も頼んでおいた。他にもいくつかの報告書に目を通す。

コッツからの要望やギルドとの調整はアレックスが上手くやってくれたようだったが、マルグレーテ嬢の好きな紅茶の調達が思うようにいっていないらしい。

なんでも王都でその紅茶が人気になって品薄なんだとか。

あと、趣味の手芸の材料はある程度渡してあるが、もう少し数も質もそろえたいから引き続き良い品を探してみるとのこと。

その辺りは伯爵家にも協力していただくことにして、さっそく簡単な要望書を伯爵の家臣宛てに書いた。

ついでにコッツには調味料、特に香辛料の要望を出しておく。

主な物は、シナモンことニッケとローリエこと胃薬の葉、乾燥パセリやタイムことタームなんかだ。

ついでに黄色い、ショウガに似た独特の香りがする香辛料が無いか聞いてみることにした。

これはもしかしたら薬として扱われている可能性もあるから、そちらの方面からも探してほしいと付け加える。

どうにかカレーを再現できないか、それが目下最大の目標だ。

ちなみに、その他は普通に手に入る。

あとは調合をどうするかだが、そのあたりはドーラさんの力を借りればきっと何とかなるだろう。

そんなことを考えながら、書類や今後の予定をさくさくと詰めていく。

そして、午後は、視察を兼ねて村の各所へ挨拶周りをした。

その際、復帰祝いだといってたくさんの野菜とイノシシ肉をもらってしまう。

私はそんなイノシシ肉と野菜を見て、

(今日は牡丹鍋だな)

と思うと矢も楯もたまらなくなって家路を急いだ。

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