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第39話村長、熱を出す03

~~リーファ先生視点~~

バン君が復活した翌朝。

朝食を終えた私はいったん自室に戻って診察道具を一式そろえると、まずは離れへ向かう。

「やぁ、おはようローズ。マリーの調子はどうだい?」

そう言って、リーファは玄関先で掃き掃除をしていたローズことローゼリアに声をかけると、ローズは、

「あ、おはようございます、リーファ先生。昨夜は少し気だるそうにされておりましたが、今朝はお食事もきちんと召し上がられて、今は少し休んでおられます」

と言って、いつものように快活に答えてくれた。

私が、

「ほう、それは重畳。ではさっそく診察をしようか」

と言うと、

「よろしくお願いします!」

ローズはそう言って深々と頭を下げる。

(この子のこういう明るさがマリーを支えているんだろうな…)

と思いつつ、ローズが開けてくれた扉をくぐってさっそくマリーのいる部屋へと向かった。

「おはよう、マリー、メル」

そう言って、リーファがマリーの部屋に入ると、

「おはようございます。リーファ先生」

とまずはメイドのメルことメリーベルが挨拶をし、続いて、

「あら、リーファちゃん。おはよう」

とマリーことマルグレーテが挨拶をしてくる。

「今日はずいぶんと調子がよさそうだね」

私が微笑みながらそう言うと、マリーは、

「うふふっ。今朝のお食事のスープがとっても美味しかったからかしら?」

と、笑いながら答えた。

「ああ、食事は元気の源だからね。食事が美味しいと感じるのはいいことだよ。さて、いつもの通り診察をはじめようか」

そう言って私はマリーの胸に聴診器を当て診察を始める。

診察をしながら、私はふと、マリーに会った時のことを思い出した。

思えば、このマリーことマルグレーテという人は不思議な人だ。

始めてあったときは相当容体が悪くまともに会話を交わすことができなかったが、その数日後、やや回復して会話ができるようになると、開口一番、

「うふふ。今度の先生は可愛らしい方なのね」

と言って微笑んだ。

私はその微笑みに答え、いつものように、しかし、なるべく優しく、

「私の名前は長いから、リーファでいいよ」

と自己紹介をする。

すると、マリーは、

「あら、いいの?じゃぁ私のこともマリーって呼んでね。うふふ。なんだかお友達が出来たみたい」

と言って無邪気に喜んだ。

その言葉はいかにも世間知らずなようにも聞こえる。

しかし、私はけっしてそれだけではない何かを感じ、

(この子は強い)

と直感的にそう思った。

なんと言えばいいのだろうか?

上手く言葉で言い表すのは難しいが、見る物全てを優しく包込む、なんとも言えない包容力のようなものだ。

命の危険にさらされて、今も相当つらいはずのその青白い顔に浮かぶ微笑みはなんともいえず可愛らしくも美しくも感じられる。

おそらく私はそんなマリーの包容力の虜になってしまったんだろう。

(この子はなんとしてでも治してやりたい)

と自然にそう思った。

そんなことを思い出しつつ、いつものように診察する。

もう数か月ほどマリーを診ているが状況は一進一退といったところだ。

今日のように調子の良い日もあれば、起き上がれない日もある。

そこで私は、調子の良い今日の機会を逃さず、いつもの診察に加えて魔力循環を試してみることにした。

魔力循環というのは、自分の魔力を相手の体内に巡らせ、相手の体内の魔素の流れを診たり改善したりする、昔からエルフに伝わる伝統療法のようなものだ。

しかし、この方法は高度な魔力操作が必要とされるため施術は意外と難しい。

それに患者の体に負担を掛ける可能性もある。

だが、今のままでは埒が明かないのも事実だ。

(なんとかして、より良い治療法を見つけなければ、当初の見込み通り…)

そう思うと、可能性のあるものは一応試しておきたい。

そう思って私はこの方法に賭けてみることにした。

「メル、ちょっとローズを呼んできてくれないか?」

私がそう言うと、

「はい」

と短く返事をしてメルは部屋を出て行く。

「どうしたの?リーファちゃん」

マリーが不思議そうに聞いてきた。

「ああ、ちょっと今日は別の方法を試してみようと思ってね。ローズにも手伝ってもらいたいんだ」

私がそう言うと、

「まぁそうなの?うふふ。なんだか楽しみね」

と言って、彼女は微笑む。

(…何をされるのかもわからないのに、それを楽しみねと言い切れる。よほど信頼してくれているんだろうね…)

私は素直にそう思い、やがて、メルがローズを連れて戻ってきたのをきっかけに魔力循環を始めることにした。

まず私が、

「よし、じゃぁさっそく始めよう。いいかいマリー。この診察は君の体の状態をより詳しく診るためのものだ。ただちょっと君の体に負担がかかる。もしかしたら気を失ってしまうかもしれないが、心配はいらないよ。皆ついているからね」

と伝える。

すると、マリーは、

「ええ、私ちっとも怖くないのよ?だって、リーファちゃんがしてくれることなんですもの」

と言って「うふふ」と微笑んだ。

私は、

(やっぱりかなわないね、この子には…)

と思い苦笑いしつつ、

「よし、じゃぁ始めるよ」

と言って、

「…ふぅ」

と一つ息を吐くと、集中を高め、マリーの胸に手を置き、慎重に魔力を流し始める。

「…くっ!」

一瞬マリーが短く苦悶の声を上げるが、私はそのまま魔力循環を続けた。

診察が始まってまだ、10分ほどしか経っていないが、すでに両者ともうっすらと汗をかき始めている。

私は、

(…やはり、これまでの診察の通り、魔素の流れが細い…。これはたしかに魔器が上手く魔素を循環させていないように見える…)

と感じたが、同時にそこでなんとなく違和感を持つ。

そこで、もう少し深くマリーの体に魔力を流し込んでみることにした。

(脈…魔素の通り道は…ん?これは…むしろ常人よりよほど広い?まるでまばらにしか人が通らないところに大街道が通っているような…。なんでこんなことが起きている?これだけ脈が広ければこんな症状は…)

段々とマリーの息遣いが荒くなってきているのが聞こえる。

「…すまん、もうちょっとだ…」

そう言うと私はまた、集中して魔力を流し込み始めた。

(魔素の流れが細いんじゃなく、魔素そのものの流量が少ない…。どういうことだ…?魔器が弱いせいで魔素の流れが悪いのなら、脈もそれなりに細く…。いや、そもそも魔器に異常はあったのか?いや、あったはずだ。彼女の拍動は明らかに弱かった…。どういうことだ?どうにも辻褄が合わない…。何だ?何を見落としている?)

拭えない違和感に思考がかき乱される。

(落ち着け。可能性を排除するな…。慎重に診ろ)

自分にそう言い聞かせながらさらに探った。

「くっ!」

マリーの苦しげな声が聞こえたが、ここでやめてしまうわけにはいかない。

心のなかで「すまん」と言いながらも診察を続ける。

(魔素の流れの中心を探れ…。魔器の状態を深く見極めろ…)

するとしばらくして、マリーの魔器の様子が見えてきた。

(流れが遅い。魔素が少ない。…魔器が弱いとしか…。いや!これは…。確かに拍動は弱い、弱いが…。魔器が弱い人間のそれとは少し違う…。なんというか、魔素の流し方そのものを知らないような…)

私はそのまま集中を続けていくが、なかなか有効な結論を導き出せない。

そしてやはり、これまでの診断通りなのかとあきらめかけた瞬間、

(待て!待つんだ。魔器に異常はなくとも魔素の流れが悪いことだってないわけじゃない。そんな症例が身近にあるじゃないか!すると、もしかして彼女は、魔力操作に問題があるのか?そうであれば魔素を取り込んでも上手く流せないことだって…)

という新たな可能性に気が付いた。

常人であれば生命にかかわるような部分の魔力操作は無意識に行える。

無意識に呼吸ができるのと同じだ。

だから魔力操作が上手くできていない可能性などこれまで考えもしなかった。

だが実際は、魔素を取り込み全身に行き渡らせる魔器も、その魔素を流す脈にも異常はない。

原因はもっと根本にあったんだ。

彼女は魔器が弱いんじゃない。

むしろこの状態で今まで生きながらえてきたということは常人よりも強靭な可能性だってある。

私はようやくその結論にたどり着いた。

そして私が手を離すと、マリーはぐったりとして、半ば気を失っている。

「せ、先生…お嬢様は…」

とメルが焦ったようにそう聞いきた。

私は少し息を切らしながら、

「ああ…心配ないよ…。ただ、今日はよく休ませてやってくれ。また明日診に来よう。とにかく今日は安静に」

そう言って額の汗をぬぐい、

(ともかく、状態はわかった…。おそらく鍵を握っているのはバン君だ。彼はどうやって今の魔力操作を会得したんだろうか?それが出来ればマリーももしかして…。とにかくすぐにでもバン君に詳しく話を聞いてみよう…)

そう思って、私はマリーの状態が落ち着いたのを見届け、今日の診察を終えた。

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