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第38話村長、熱を出す02

「まったく、大変だったよ。なにせ10日も3人で交代しながら不寝番をしていたんだからね」

とリーファ先生は別途の横に置かれた椅子に腰かけながら、なんでもない事のようにそう言う。

(…10日?まさかそんなに…)

とうい私の驚きがきっと表情にははっきりと出ていたのだろう。

リーファ先生は、苦笑しながら、

「ああ、10日だよ。驚いたかい?まぁそうだろうね。今ドーラさんに重湯を作ってもらっているから、とりあえず、落ち着いたら詳しく話そう。起き上がれるかい?」

といって、私を支えながら起こしてくれた。

「すまんな…で?」

と言って私はいったいなんだったんだ?と簡単な言葉でリーファ先生に訊ねる。

すると、リーファ先生は、

「ああ。まず君の病名だがね。おそらく魔力症だろう」

と私が知らない単語を言った。

「まりょくしょう?」

私がオウム返しに聞くと、

「ああ、知らなくても無理はないよ。なにせ、エルフでも稀にしか罹らない病気だからね。いやぁ、ヒトでも罹ることがあるんだね。びっくりしたよ」

と言ってリーファ先生は、「ははは」とやや力なく笑い、

「とにかく、無事でよかった」

と安堵の表情を浮かべてそう言った。

やがて、ドーラさんが持ってきた重湯を食べさせてもらう。

(ようやく食事が…)

と万感の思いで食うが、あまり美味い物ではなかった。

おそらく、私のそんな気持ちは表情に出ていたんだろう。

「おいおい、病人食なんだから仕方ないだろ?まずは胃を落ち着かせるんだ。食事は徐々に戻していくから今は我慢だよ」

とリーファ先生が苦笑いでそう言い、ドーラさんも苦笑いしている。

(どうやらドーラさんの特殊な魔力をもってしても重湯に魔法をかけることはできなかったらしい)

そんなことを思いながらも、久しぶりに口にする糖質に体は喜んでいるようだった。

「すまん。少しほっとした。やはり米はいい」

私が呑気にそう言うと、

「うん、精神状態には問題がなさそうだね。いつもの食いしん坊はそのままだ」

と言いながらまたリーファ先生が笑い、横でつられてドーラさんも笑っている。

(…帰ってきたんだな)

私は、そんな感慨に浸った。

「さて、説明しようか…。ああ。ドーラさん。ズンさんも呼んできてくれないか?みんな揃ったら始めよう」

リーファ先生がそう言うと、ドーラさんは「かしこまりました」と言って部屋を出て行く。

やがてズン爺さんとドーラさんが再び部屋に戻って来た。

ドーラさんは美味そうなイチジクことムシカを持っている。

「これなら村長もお口にできますかねぇ?」

と言うドーラさんの気遣いがうれしい。

やはりこの人は超能力者だ。

「ん?ああ、少量ならいいだろう。…そんな今にも泣きだしそうな顔をみせられたらダメとは言えんよ」

と、リーファ先生は笑いながら許可を出してくれた。

その許可に感謝しつつドーラさんが剥いてくれたムシカを食う。

久しぶりに食べるムシカは異常なほど甘く感じた。

ねっとりと、しかし、爽やかな甘さが口いっぱいに広がり、体中の毛細血管が喜びの声を上げている。

「…あぁ、これだよ…」

私は本当に泣きそうになった。

そんな私を微笑ましく見ていたリーファ先生だったが、

「バン君も落ち着いたところで、さっそく詳しい話を始めようか」

と言って、さっそく病状の説明を始めてくれた。

その話を要約すると、

魔力症というのは一種の知恵熱のようなもので、大きな魔力を持って生まれてきたエルフの子供がたまになることがある病気らしい。

成長に応じて増大する魔力に対して、体の成長が追い付かず行き場を失った魔力が体内で暴れるのが原因ではないかという説が有力らしいが、詳しいことはわからないという。

私の場合は何かのきっかけでいきなり体の魔素の流れが改善したことで体の負担が急激に増大し、体が付いていけなかったのではないか?

という診たてだった。

倒れる前にボロックの入った茶を飲んだが、他に変わった事が無い以上、それが原因なのかもしれないとリーファ先生は謝ったが、謝ることなど何もない。

原因がそれだと決まったわけでもないし、仮にそうだったとしても元はと言えば私の健康を気遣ってくれたことだ。

誰も何も悪くはない。

そんなことを伝えて話を元に戻す。

その話によると、私はこれから20日ほど安静にしていなければならないらしい。

何でもこれからしばらくは食べ物に注意が必要だということで、リーファ先生はドーラさんに後で細かく指示をするから頼むと言い、ズン爺さんにも、ドーラさんを支えてやってくれと頼んで、簡単な説明は終わった。

それからは地獄のような日々が始まる。

飯がまずい。

リーファ先生曰く、魔素の吸収を抑える薬を飲ませているから、食事の味をいつもより薄く感じるようになってしまうのだとか。

まるで新手の拷問だ。

そんな日々がようやく終わり、何とか味を感じるようになってくると、次は診察が始まった。

一日に一度、リーファ先生とドーラさんが何やら器具のようなものを持ってきて、何かを測っている。

詳しいことはよくわからないが、おそらく魔素か何かを測っているのだろう。

血も取られた。

魔獣と戦って傷を負うこともしばしばある私だが、あの指を針で刺されて血を出されるというのはなんとも言えない気分になる。

(…そういえば、子供は注射で泣くものだったな)

とどうでもいい前世の記憶が思い浮かんだ。

リーファ先生の見立て通り、15日ほどで、時々壁に手をやりながらも歩けるようになる。

ようやく、ルビーとサファイアをかまう余裕もでてきた。

ドーラさんによれば、2匹とも、気を遣ってなのか、私の部屋へは近寄らないようにしていたのだとか。

時々、「…にぃ」とうなだれるルビーをサファイアが慰めるように舐めてあげていたという。

ドーラさんもズン爺さんもそんな2匹の気晴らしになればと遊びに誘ったりしたらしいが、2匹とも「…きゃん」「…にぃ」と力なく鳴いて、それがまるで「今はいい」と言っているように聞こえたのだそうだ。

(申し訳ないことをしたな)

そんなことを思いながら、ベッドの上で私に甘える2匹を撫でる。

その姿は実に微笑ましく、十分に私を癒してくれた。

(しかし、私の病状まで理解するだけじゃなく、遠慮までするとは…)

そこまで知的ならもう、ペットではなく人間として扱ってもいいような気がする。

よし、これからは「2匹」ではなく、「2人」と呼んでやろう。

そう思って、私が

「よし、2人とも、今日は一緒に飯を食おう」

と言うと2人とも、

「きゃん!」(やったー!)

「にぃ!」(ごはん!)

といって喜んだ。

(え?今しゃべったか?)

私が驚いたような顔で2人を見つめると、2人とも「?」というような顔で首を傾げている。

私は

(いったい何がどうなったんだ?)

と思いつつも、

(まぁ、今までも何となくわかっていたし…とりあえず、意思の疎通が図れて悪いことなどないな)

と思ってとりあえず気にしないことにして、また2人を撫でてやった。

そして、ようやく味を感じるようになってきた食事を2人と一緒に食う。

しかし、今日も食事は野菜が多く、肉は極端に少なかった。

どうやら、今度は別の拷問が始まったらしい。

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