薬草採りから帰ってきて、30日ほど経った頃。
私の生活はすっかり日常を取り戻している。
そんな中、リーファ先生からマルグレーテ嬢について、嬉しい報告を聞いた。
どうやら薬草採りの旅の最後に見つけたボロックという薬草から作った薬がよく効いたらしい。
リーファ先生やドーラさんによると、ボロックから作った薬を飲み始めてからは少し食欲も戻ってきて、固形の物もほんの少しであれば食べられるようになったとのこと。
この先の容体については予断を許さない状況に変わりはないらしいが、私はひとまずは安心だと思って胸を撫で下ろす。
それに際して、あちらから、そろそろ挨拶をとの申し出もあったが、
「まずは回復を優先させて欲しい。貴族の礼なんかより、健康の方がよほど大事だ」
と伝えて断った。
その日もいつものように楽しい夕食を終え、のんびりとした時間を過ごす。
リビングでくつろいでいると、ルビーとサファイアがいつものように私に甘えてきた。
「きゃん!」
「にぃ!」
と鳴いて、私に頭を擦り付けてくるのを笑いながら撫でてやる。
そこへやって来たドーラさんからいつもの薬草茶を淹れてもらい、飲もうとしたが、私は何となく香りが違うように思って、ドーラさんに、
「何か変えたか?」
と聞いた。
すると、どうやらリーファ先生の勧めで例のボロックという薬草を混ぜてみたのだとか。
私は少し驚いて、横で同じくくつろいでいたリーファ先生に、
「あれは、マルグレーテ嬢のためのものだが良かったのか?」
と聞くと、リーファ先生はなんということもないといった感じで、
「薬を作るのには使わない部分だから気にしなくてもいい。魔素の通りを良くする薬効も多少はあるから、バン君にはちょうどいいんじゃないかい?」
と言う。
私は、
(とりあえず、マルグレーテ嬢に迷惑がかからなくてよかったな)
と思いながら、そのお茶を一口すすった。
味に変わりはない。
言われてみれば、多少いつもより苦みが増したような気もするが、嫌な感じは無く、むしろすっきりしたように感じる。
「うん。これはこれで美味いな」
という感想を述べ、
「きゃん!」
「にぃ!」
と鳴いて欲しがるルビーとサファイアにも分けてやりながら、ひとしきり談笑しその日も楽しい気持ちで床に就いた。
その翌朝。
起きられない。
それに体もやけに熱い。
熱があるのはわかるが、おそらく意識が混濁しているのだろう。
なにやら声が聞こえるような気がする目が開いているのか開いていないのかもわからないほど視界がぼやけている。
とにかく熱い。
そう思ったが、おそらく私はそのまま意識を失ったのだろう、気が付いた時は夜だった。
何時間寝たのか…いや、気を失っていたのか…まったくわからないが、どうやらまだ生きてはいるらしい。
「う…うーん…」
と、しばらくぶりに声を発する。
周りを見たいが体はまだ動かない。
かろうじて首を横に向けるとそこにはリーファ先生がいた。
「おはよう…」
私が、なんとか力を振り絞ってそう言うと、リーファ先生はほっとしたような表情で、
「起きたんだね。いやぁ、よかった。心配したよ」
と言ってくれた。
声の調子から安堵の様子が伝わってくる。
どうやら少しは大変なことになっていたらしい。
なんとなくそう感じたが、一応、
「なにが…どうなった…」
と現状についの説明を求めてみた。
「ああ。少し珍しい症例だったから驚いたけど、命に別状はないよ。詳しいことはもう少し落ち着いてからだ。とりあえず、薬を出すから飲んだらもうひと眠りするといい」
そう言って、リーファ先生はなにやら緑色の液体が入った吸い飲みを私の口元に持ってきてくれる。
「苦いが我慢してくれよ」
そう言われて飲まされた薬はものすごく苦かった。
「はっはっは。苦かったようだね。だが、これからしばらくは飲んでもらうことになるからね、覚悟しておいてくれ」
リーファ先生はそう言うと、
「もう少し眠るといい」
と言って私の部屋から出て行く。
私は、
(あれが続くのか…)
と、げんなりした気持ちを抱くが、間もなく、強い眠気に襲われ、いつの間にか眠ってしまった。
次に目が覚めたのは夕方。
昨日…かどうかはわからないが、前に目覚めた時よりも少しはマシになっている。
あの苦い薬が効いたのだろうか?
少し首を横に向けると、今度はドーラさんがいた。
「ああ!村長、起きられたんですね。良かった…」
なんとなくだが、涙ぐんでいるような感じがする。
「…すまん…。心配をかけた。…村は?」
と何とか声を出して聞くと、ドーラさんは、
「…ご心配には及びませんよ。皆がしっかりやっております」と言うのに安心して、水を飲ませてもらった後、
「さぁ、どうぞお薬を…」
と言って、またあの苦い薬を飲まされた。
また、例によってどのくらい寝たのかはまったくわからないが、気が付いたのはおそらく昼。
体はずいぶんとマシになったような気がする。
しかし、まだまだ体は熱くて重たい。
(一人で起き上がるのは無理そうだ)
そう感じながら横を見ると、サンドイッチを加えたリーファ先生がいた。
「む?おふぃたんらへ、ばんふん」
という声を聞き、
(なんと言ったんだ?)
と思っていると、リーファ先生はサンドイッチを飲み込み、あの苦い薬を差し出してくる。
きっと私は「うげぇ」という表情をしていたのだろう、リーファ先生は苦笑しながら、
「気持ちはわかるがね」
といって薬を飲ませた。
次に起きたのは朝。
相変わらず体が重くて力が入らない。
しかし、どうにか頑張れば起き上がれそうな気もするから、どうやらずいぶんとマシになってきたようだ。
いつものように横を向くと、今日はズン爺さんがいる。
「お。お起きになられましたか、村長。安心してくだせぇ。リーファ先生があの薬はもういいだろうっておっしゃってましたんで、いつもの薬草茶ですよ」
そういって、いつもの茶色い薬草茶を吸い飲みで差し出してくれた。
ほっとする。
あの薬はもう二度と飲みたくない。
それほどまずかった。
(…沁みる。いつもの、なんの変哲もない、慣れ親しんだ味がこんなにも美味く感じるとは…)
私がそんなことを感じているとズン爺さんは、
「じゃぁ、あっしはリーファ先生を呼んでまいりますんで」
と言って部屋を出て行く。
すると、ややあって、
「やぁ、やっと落ち着いたね。バン君」
と言いながら、リーファ先生が部屋へ入ってきた。