目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第34話村長、薬草を取りに行く12

翌朝。

簡単にパンとスープで朝食を取り、薬草茶を飲むとすぐに出発する。

ここからは小物程度しか出てこない。

もちろん気を抜いていいわけではないが、幾分か気は楽だ。

順調に進んでいると、

「お?あれは…」

と言って、リーファ先生が少し道を外れて緩やかな斜面の下をのぞき込んだ。

「どうした?」

私がそう聞くと、

「たぶん、ボロックじゃないかな?この辺りでは…というよりも、この国の森では珍しい薬草さ。エルフの森でもそんなに見かけないものだよ。すまんが採取してもいいだろうか?」

とやや興奮気味にそう言ってくる。

よく目を凝らしてみると、まるでフキノトウのような小さな緑色のコロコロとしたものが地面から顔を出しているのが見えた。

私が、

「ああ、構わんが気を付けてくれよ?」

と一応言うと、

「もちろんだとも。ちょっと荷物を頼むよ」

とリーファ先生はそう言って、背嚢を下ろし、中から小さなスコップと布袋を取り出す。

そして、木の幹を掴みながら慎重に斜面を降りていった。

しばらくすると、無事に採取を終えて戻ってくる。

そして、さも嬉しそうに、

「いやぁ幸運だね。まさか見つかるとは思っていなかったから候補から外していたが、これは魔素の流れを改善してくれる効果が高いし、魔器の働きも良くする。マルグレーテ嬢にもよく効くはずだ」

と良い報告をしてくれた。

「そうなのか!そいつはよかった。ますます急いで帰らねば」

と私がまるで我が事のように喜びながらそう言うと、

「ああ、そうだね。ちょっと特殊な加工が必要だから2,3日かかるけど、早く飲ませるに越したことは無い。さぁ、先を急ごう」

そう言って、リーファ先生は背嚢を背負いなおす。

私たちは疲れた体に、希望を抱いて先を急いだ。

さらに進んだところで、シッカの実を見つけたので一つもぐ。

シッカというのは、メロンと小玉スイカを足して2で割ったような果物で、見た目はマスクのない種類のメロンだが、果肉の感じはシャリシャリとしていてスイカに近い。

果肉は黄色くさっぱりとした甘さが特徴だ。

(小川か石清水があったらそこで少し冷やして食おう。疲れた体にはちょうどいい潤いになりそうだ)

そんなことを思いつつまた歩を進めた。

やがて、昼を少し過ぎただろうか?というところでちょうどいい渓流に出る。

渓流の隅に石で簡単な囲いを作って、先ほどのシッカを入れた。

(しばらくすれば程よく冷えるだろう)

と思いながら、いつものように飯の支度に取り掛かる。

今回も簡単な飯で済ませることにした。

しかし、今日はシッカがある。

たったそれだけのことだが、意外と重要だ。

ちょっとした楽しみがあるかないかで、食事の質は大きく変わるものだ。

私はそんなことを思いながら、ドライトマトと干し肉の簡単なスープを作った。

その簡単なスープにパンを浸して簡単な飯を手早く済ませる。

すると、

「さて、お待ちかねのデザートといこうじゃないか」

とリーファ先生が言ったので、いつものように薬草茶を淹れ、シッカを食べやすいように8等分に切った。

メロンのように中央に種が付いているので簡単に取れて食いやすい。

ちなみに、この世界でまだスイカやメロンそのものという果物には出会っていない。

(どこかにあってもよさそうだが)

と思いながら冷えたシッカにかぶりつく。

シャリっという食感とさっぱりした甘みが口いっぱいに広がった。

果汁が喉に心地よい。

2人とも夢中で次々にかぶりつく。

やはり疲れた体が甘味を欲していたのだろう。

少し時間は食ってしまったが、いい休息になった。

活力が戻ってきたような気がする。

急ぐ旅だからこそ休息は重要だ。

改めてそう実感した。

それからはシッカの効果だろうか、先ほどよりも軽い足取りで進んでいく。

おかげで日が暮れるころには村まで4,5時間、距離的に言えば炭焼き小屋よりも少し遠いか、という距離まで進むことができた。

「長いような短いような…割と濃い冒険だったな…」

いつものように野営の準備を進めながら、私がやや感慨を込めてつぶやくようにそう言う。

しかし、リーファ先生は、私のその感慨を少しだけ振り払うように、

「そうだね。しかし、私は戻ってからが本番だ。良い薬を作らないとね。マルグレーテ嬢が待っている」

と言った。

「ああ、そうだな。ありがとう、よろしく頼むよ」

と、私は素直に頭を下げる。

するとリーファ先生は照れたのか、

「おいおい。今更なんだい?照れるじゃないか…。それに感謝するのはむしろこっちさ。なにせ君がいなければ私は今頃あのサルバンに食われて死んでいたかもしれないんだからね。まさしく命の恩人さ」

と慌てたようにそう言って少し顔を赤くした。

こうして誰かと冒険するのは楽しい。

気の合う仲間と同じ釜の飯を食い、ともに戦う。

今回の冒険は、自ら選んだとはいえ、これまでほとんどの時間をソロで活動してきたのを少し悔やんでしまうくらいには楽しかった。

今そう考えるのはやや不謹慎かもしれない。

村ではマルグレーテ嬢が待っている。

それを考えると、そんなことを考えている場合でない。

それはわかっているが、それでも冒険者の性として、今回の冒険のことを思い返し、そんな感慨にふけりながら飯の支度にとりかかった。

今日も簡単な飯にする。

ずいぶんと急いだから、本当は疲れを取る意味でも少し豪勢にしたかったが、今日は早く休んで明日も早く出発したい。

先ほどは少し不謹慎なことも考えてしまったが、なるべく早くマルグレーテ嬢に薬を届けてやりたいというのも、私のこちらも偽らざる本心だ。

きっとリーファ先生も似たような気持ちだろう。

そう思って、私はもう一度気を引き締めなおした。

翌日。

予定通り早朝に出発し、無事昼前に屋敷に到着する。

「ただいま」

玄関先でそう言うと、まずは、

「きゃん!」

「にぃ!」

と鳴いてルビーとサファイアが出迎えてくれた。

ルビーはサファイアの背中に乗っている。

サファイアにしてみれば、お姉さんが小さな妹をおんぶしているような感覚なのだろうか?

「ただいま。元気だったか?」

そう言って2匹を抱き上げて撫でてやると、「くーん」とか「にぃ」とか鳴いて2匹とも私に頭を擦り付けてきた。

リーファ先生はその様子を見てなんだか困惑したような顔をしている。

きっと嫉妬だろう。

「村長、リーファ先生、おかえりなさいまし」

ドーラさんはそう言って出迎えてくれると、

「ともかくお疲れでしょう。お風呂が沸いてますからお使いください」

と言ってくれた。

「ああ、ありがとう…。いやに準備がいいな?」

いかにドーラさんが超能力に近い能力を持っていたとしても、これは準備が良過ぎる。

私がそう思って訊ねると、ドーラさんは笑いながら、

「うふふ。この子達ったら、もう1、2時間くらい前からそわそわしだすんですもの。これはきっと村長たちが帰ってくるんだわって思って準備しておいたんですよ」

と言った。

(ほう。子犬にしては鼻が利くな)

と感心しながら、サファイアを見る。

するとサファイアは、

「きゃふ?」

と鳴いて首を傾げた。

そのあまりにも人間っぽい仕草に苦笑しつつも、

「リーファ先生、先に風呂を使ってくれ。私はその間、採取したものを整理している」

と言ってリーファ先生に一番風呂を譲る。

「ああ、すまないね。じゃぁお言葉に甘えさせてもらおう」

そう言って、リーファ先生は背嚢を下ろすと私に預けると、さっさと2階の自室へと向かっていった。

やがて、リーファ先生が風呂から上がってくると、交代で私も風呂に入る。

ちょうどいい湯加減にほっと一息つくと、すっかり気持ちが整った。

そうやっていったん心をすっきりさせると、明日からまた村長として働こうという気力がわいてくる。

(やはり風呂は命の洗濯だ)

そんなことを思いつつ、久しぶりの風呂を堪能しながら、今回の冒険も無事に終わったんだな、と実感して「…はぁ…」と息を吐き、私は今回の冒険を締めくくった。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?