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第32話村長、薬草を取りに行く10

翌朝。

手早く準備を整え、薬草茶をすすりながら空が明るくなるのを待つ。

「いよいよ帰還だね」

というリーファ先生の言葉に、

「ああ、でも油断はするなよ?こういう気が抜けているときほど、人間転びやすいものだからな」

と少し笑いながらそう返した。

「ああ、わかっているさ。お家に帰るまでが冒険、だろ?」

とリーファ先生も笑いながら言う。

「ああ。無事に戻ってドーラさんの飯を食わねばならん」

とまた私が少しおどけたように言うと、2人して笑った。

「あっ、そうだ」

突然、何かを思い出したようにリーファ先生が声を発し、

「どうせなら、あのゴルの魔石とあれば皮を少し持って帰りたいんだが、寄り道する余裕はありそうかい?」

と訊ねてくる。

私は一瞬、

(そんな余裕は…)

と思ったが、次に、

「ああ。ちなみにゴルの肉は美味いぞ?」

というリーファ先生の言葉を聞いて、気持ちが揺らいだ。

しかし、私は、

(今回は急いで帰らなければならない。ゴルを探すのにそれほど手間はかけられない)

と思い直し、食欲よりも理性を優先することに成功して、

「どの辺にあるかにもよる。今日はできれば昼までにあのサルバンと遭遇した所よりちょっと先まで進んでおきたいから、そうだなぁ…、2、3時間ならいいだろう」

と、なんとなく行程を思い描きながらそう答える。

するとリーファ先生は、

「なるほど、それなら大丈夫だ。そんなに遠い場所じゃない」

と当然のようにそう言った。

「ここから見えるのか?」

と言って私は崖の下辺りを覗いてみる。

しかし、私には何も見えない。

リーファ先生には見えているのだろうか?

そう思って聞いてみると、

「いや、自分の魔法で仕留めたからね。その魔力を感じればなんとなくわかるんだ。多分、岩壁を降りてからだと…1時間もかからず到着できそうだよ」

と言って、リーファ先生は「あの辺さ」と言って森の中を指さした。

やはり私には何も見えない。

しかし、リーファ先生の言う通りだとすれば、そこまではおそらく1時間もかからないだろう。

剥ぎ取りと回り道の時間を考えても2時間弱といったところか。

私は瞬時に頭の中で行程を組み立てなおし、

「それなら、ほぼ予定通りに進めるな。よし、行こう」

と言って、本日の予定にゴルの剥ぎ取りを加えた。

ようやく空が白んできたころを見計らって、行動を開始する。

岩壁下りは行にルートを開拓しておいたから比較的順調に進んだ。

30分と少しで麓に到着し、そこからはリーファ先生が先導して、昨日倒したゴルがいると思われる場所へと向かう。

麓の森の中は所々大きな岩や斜面があったものの魔獣の気配は無く、比較的楽に進めた。

歩き始めて4,50分ほど経った頃。

「おっ。あったね。あそこだ」

と言うリーファ先生の視線の先を見てみると、たしかにゴルの羽らしきものが低い枝に引っかかっている。

「おそらく本体も近いはずだよ」

そういってリーファ先生はサクサクと進んでいき、さらに進むこと十数分。

斜面にめり込むように倒れているゴルを発見した。

体中を切り刻まれて、実に無残なものだ。

全体を綺麗に剥ぎ取るのはあきらめた方がいいというのは一目瞭然だったが、

「とりあえず、魔石を取ろう。この背中から尻尾の先辺りの鱗が欲しい。なるべく枚数を取ってくれるかい?」

と言って、リーファ先生はこの辺りだ、と場所を指定する。

「ああ、了解だ。あとは被膜も一応剥ぎ取っておくか。そんなに時間もかからなさそうだし、かさばりもしないだろう」

私はそう言うとさっそく作業を始めた。

リーファ先生は魔石、それ以外は私という分担で手際よく作業を進めていく。

ゴルの被膜は思ったよりも薄く、感覚的にはクリアファイルよりも少し厚いくらいだった。

(…これでズン爺さんに雨合羽、ドーラさんには傘でも作ってやったら喜ばれるんだろうが…。リーファ先生にそんなこといったら怒られそうだな…)

と、そんなことを考えて苦笑しながらもさっさと剥ぎ取る。

ついでに、先ほど枝に引っかかっていたものも取ってきて剥いだ。

全部で4人用のレジャーシートが4枚できた感じだ。

軽いものだから持ち帰るのにそれほど負担はないだろう。

続いて鱗を剥ぐ。

ゴルの鱗はソフトボール大で、触った感じはまるで、金属のように硬い。

皮そのものの厚さも結構ある。

リーファ先生がつけた傷跡が無かったら刃を通すのにも苦労しただろう。

(…改めて見ると、結構な装甲だな。この装甲を切裂く魔法とは…。よし、リーファ先生にはこれからも優しくしよう)

そんなことも考えつつ、こちらもサクサクと剥ぎ取っていった。

そして、ようやく一段落したところで、

「やぁ、そっちも終わったかい?」

とリーファ先生が声を掛けてくる。

「ああ。あとは持ち運べる大きさにまとめるから、少し手伝ってくれ」

私がそう言うと、2人してたたんだり丸めたりたりしながら採取したものを手早くまとめて、私の背嚢に括りつけた。

「で、そっちはどうだった?」

私がそう聞くと、

「ああ、なかなかのものだったよ、見るかい?」

といって、リーファ先生は自分の背嚢の中から魔石を取り出して見せてくれる。

「ほう。こいつはなかなか…」

私は思わず感嘆の声を上げた。

大きさは野球ボールほどだろうか?やや凹凸はあるものの全体的にはきれいな球形をした薄い紫色の魔石だった。

多分、売れば金貨20枚はくだらないだろう。

いや、もっとか?

そう思えるくらいの大きさだった。

「特殊個体じゃなかったが、なかなかのものだね。バン君とっては結構な臨時収入になるんじゃないかい?」

と、リーファ先生はそれが当然私の物かのように言う。

私は慌てて、

「いやいや、こいつはリーファ先生が仕留めたものだ。鱗も含めてリーファ先生がもらってくれ。私は肉で十分だ」

と言って断った。

「…そうかい?じゃぁ遠慮なく。とりあえず普段使いの杖にでもしてもらうよ。実家に送ればそれなりの物を作ってくれるだろうからね」

とリーファ先生はさもなんでもないことの様にそう言う。

しかし、そんな言葉を聞いた私は、

(…おいおい。そんなの、普通の冒険者が効いたら卒倒するぞ?なにせ村だったら十分に広い家が建つだろうからな…)

と思い、

「…ははは」

と引きつった笑いを浮かべた。

そんな豪快なリーファ先生を見ながら、ところでと話題を変えてみる。

いや、むしろ本題に入ったと言ってもいい。

「リーファ先生はゴルの肉を食ったことがあるんだよな?」

そう聞くと、リーファ先生は、

「ああ、何度かあるな。…美味いぞ?」

と、リーファ先生はドヤ顔でそう答えた。

噂程度に美味いと聞いたことはあるが、その味を知らない私は興味津々で、

「ほう。どんな感じなんだ?」

と聞く。

するとリーファ先生は、

「そうだなぁ…。不思議なことに、部位によって味が違う。ああ、でもこの首元の辺りは脂が多くて軟膏の材料くらいにしかならんかな?しかし、その他の部位は適度に柔らかいのに肉本来の味が楽しめる。特に胸から肩にかけての肉なんて絶品だ」

と言って、リーファ先生はその美味さを思い出すかの様にやや遠くを見るような目でそう教えてくれた。

私はその顔を見て、これは確かに美味いのだろうと確信したが、少しのひっかかりを覚える。

「ちょっと見ていいか?」

と言って、私は素早くゴルの首元に近寄ると、慎重に剣鉈の刃を入れた。

首元の皮は、意外と柔らかく、

(なるほど、こいつらの弱点はここか)

などと思ったが、今はそんなことはどうでもいい。

問題はどんな肉質をしているのかだ。

そう思って慎重に刃を入れていく。

確かに、リーファ先生の言う通り、ゴルの首元は分厚い脂肪に覆われていた。

しかし、その脂肪の塊を抜け肉にたどり着いた瞬間私は絶句する。

ゴルの首元の肉には結構なサシが入っていた。

たしかに、この世界では脂身の多い肉は割と敬遠されている。

いわゆる食わず嫌いだ。

だが私は違う。

私にはそれが高級肉にしか見えない。

そう直感した私は、

「リーファ先生。もしこの肉でスキ焼きを作ったら美味くなると思わんか?」

と息を呑みながら、リーファ先生に向かってそう言った。

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