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第31話村長、薬草を取りに行く09

なんとか無事、あの広い空間を抜ける。

「なんだか盗人にでもなった気分だな」

一安心したところで、私はそんな軽口を叩いた。

「いや、まったくそうだね」

リーファ先生もそう言い2人して笑う。

こういう時は一度緊張を解いておいた方がいい。

あまりにも緊張が続くとかえって集中力が切れてしまうことがあるからだ。

私は、それをなんとなく体験的に知っているものだから、あえて小休止的にそんな軽口を言ってみた。

だが、そんな和やかな雰囲気も一瞬で消え、再び私たちは顔を引き締める。

「さて、とりあえず慎重に気配を探りつつ先を急ごう」

「ああ」

そうお互いに確認しあうと、再び集中を高めて出口へと向かった。

(時間的にはそろそろ日暮れの時間だろうか?夏のことだから、まだギリギリ明るいかもしれない。順調にいけば岩壁を降りた麓のあたりまでたどり着けるだろうか?いや、暗くなってからあの岩壁を降りていくのは危険過ぎる。帰りはルートがわかっている分、行きよりもいくらか早く進めるが、それでもギリギリ間に合わないだろう)

そんな計算をしつつも油断なく歩を進めていく。

やがて、夕暮れの薄ぼんやりとした光が見えた。

出口だ。

岩陰に隠した荷物を取りに行き、さっさと背嚢に詰めてしまおうと思ったその時。

遠くからこちらに近づいてくる気配を感じて叫ぶ。

「来たぞ!」

するとリーファ先生は、

「とりあえず、弓で牽制してくれ。詠唱を開始する」

そう言って、弓矢を私に預けると洞窟の出口に向かって駆けだした。

私も遅れずついていき、途中でリーファ先生の前に出る。

やはりゴルだった。

距離は7~800メートルくらいだろう。

(あまり余裕はない…)

そう思って相手をよく見ると、その足は何かを掴んでいる。

おかげでヤツの飛行がやや重たい。

(…ヒーヨか?よくわからないが、どうやら餌を狩ってきたらしいな。助かった)

そう考えて私は弓を構えるが、私の弓なぞ所詮お遊び程度だ。

(確実に狙うなら射程は50メートルくらいか?いや、これは牽制だ。なんとなく届きさえすればいい)

と頭の中を整理し、おおよそ200メートルまでひきつけたら1射目を放つことにした。

手ごろな岩を盾代わりにして弓を構えて魔力を練り、集中を高める。

じりじりとした時間が何分も続いているように感じた。呼吸を整え、弓を引き絞る。

(…気づかれた!)

矢を放つ直前にそう思ったが、私は構わず1射目を放った。

案の定、矢は外れたがヤツが少し軌道を変える。

(よし。とりあえず牽制は成功した)

そう思いながら、私は慌てず2射目をつがえた。

(牽制さえできればそれでいい)

改めてそう思いながらヤツの軌道を塞ぐように矢を放つ。

すると、空中でヤツが一瞬ひるんだその瞬間。

「ヲルフ!」

裂ぱくの気合と共にリーファ先生がそう叫ぶと、ゴルが錐揉みするようにグルグルと回転しながら巻き上げられた。

ヤツは血しぶきをまき散らしながら放り上げられると、やがてそのまま垂直に落下する。

岩壁の麓辺りに落ちたようだ。

当然絶命しているだろう。

集中力を高めていたせいだろうか、私にはその様子がまるでスローモーションのように見えた。

一呼吸置いて、「ふぅ…」という声が聞こえる。

「いやぁ、おかげで狙いやすかったよ、ありがとう」

私は笑顔でそう言うリーファ先生の方へ唖然とした顔を向けた。

「…相変わらず…いや、風魔法も使えたのか?」

と依然として驚いた顔でそう言う私に、リーファ先生は、

「ん?ああ、前、バン君に魔法を見せたときは…、ああ、確かちょっとしたゴブリン掃除だったね。あの時は条件的に風魔法が使えなかったから、文字通り大火力を使ったけど、私が本来得意にしているのは風魔法だよ。…って言ってなかったかい?」

と言い、続けて、

「いやぁ、今回は範囲を絞って威力を高める必要があったんだが、バン君のおかげで、一発で済んだよ。いやぁ、楽をさせてもらって悪いね。あっはっは」

と言うと豪快に笑った。

あの緊張感と綿密な打合せはなんだったんだ、と一瞬愚痴りたくもなったが、それはそれでいい。

もし、もう少し我々の到着が遅れて、洞窟の入口で鉢合わせなんてことになっていたら、リーファ先生もあんなに強力な魔法は使えなかったはずだ。

その場合は私が近接で戦うことになる。

それは、ヤツが中にいた場合も同じだ。

(結局、ヤツと遭遇しないという選択肢を除いて、一番楽なパターンに当たったのは幸運だったということじゃないか)

私はそう考えて頭を切り替えた。

「しかし、とんでもない魔法だったな、さすがはリーファ先生だ。…しかし、風魔法が使えることは事前に教えておいてほしかった。使えるものによって、作戦の立て方は全く変わってくるからな」

と私が苦言を呈すと、

「いやぁ、それは素直に反省しているよ。てっきり知っているとばかり思っていたんだ。…いや、本当に申し訳ない」

と言って、リーファ先生はしおらしく頭を下げる。

そう言われると私もそれ以上、責めることはできない。

私は、

「はぁ…」

と一つため息を吐くと、

「いや、終わり良ければ全て良しだ。まあ、その辺りの話はとりあえず、飯でも食いながらゆっくりと聞こう。お互いの戦力は共有しておいたほうがいいだろうからな」

と言って、その場を収めた。

辺りはそろそろ暗くなろうとしている。

今日はここで野営をすることにした。

そうと決まれば、とっとと飯の支度にとりかかる。

明日からは帰路を急ぐのみ。

今日は時間に比較的余裕がある。

そう思って手持ちの食材を確認してみるが、ヒーヨの肉は燻製にしてしまったから生肉はない。

あるのはその燻製と干し肉、米とパン、あとは乾燥した茸や野菜、果物くらいだ。

途中で採取してきた野草は全て使い切っているし、明日からの分も残しておかなければならない。

(さて、どうしたものか)

と思ったが、今日の献立は米と味噌汁を選んだ。

ふと、

(落ち着きたいと思った時にこういう飯が食いたくなるのは、やはり日本の記憶があるからなのだろうか?)

と思うが、

(いや、それは関係ないな。なにせ、村の米は美味い)

と思い直す。

そんなことを考えていたら、不思議と村の皆の顔が浮かんできて、つい微笑んでしまった。

すると、それをみたリーファ先生が、

「…なんだい?にやけた顔をして…。はっ!もしかしてなにか美味い飯でも思いついたのか!?」

と、いかにも食いしん坊全開で、まったく的外れなことを言ってくる。

私は余計に笑ってしまった。

「すまんな、今日は米が食いたい。普通に米と味噌汁だ」

と私が言うと、

「…なんだ、そうかい。ちょっと期待してしまったよ…」

と言って、リーファ先生は少ししょげたような顔をする。

私はそんなリーファ先生の様子をおかしく思いながら、

「はっはっは。限られた材料なんだ。限界もある。しかし、その代わり、帰ったらちょっと贅沢をしてドーラさんにたっぷり美味い物を拵えてもらおう」

となだめるようにそう言う。

すると、リーファ先生は、

「それはいいな!よし、あれだ、あのスキ焼きを所望する!そうと決まれば今日はとっとと食ってさっさと寝よう。明日は早起きだ!」

とまるで子供のようにはしゃいだ。

緊張から解放された反動なのだろう。

2人とも少しはしゃぎ気味に飯を食う。

献立はただの米とみそ汁だが、それが妙に美味く感じた。

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