ある意味、刺激的な昼食を済ませ、英気を養うと再び歩き出す。
このままいけば、今日の目的地までは予定通り着けるだろう。
しかし、問題はそこからだ。
(ゴルはいるのか?いや、いると思って行動したほうがいい…)
そう考えながら歩いた。
予定通り、順調に薬草を採取し本日の目的地付近へとたどり着く。
「順調だったな」
適当な野営地を探しながら私がそう言うと、
「ああ、しかし…」
と、リーファ先生が言いかけたが、私は、遮るように、
「わかっているさ。慎重に行こう」
と言ってうなずいて見せた。
しばらく行くと、細い木がまばらに生える場所に出たので、
「この辺でいいか?」
と、一応リーファ先生に聞いてみる。
「そうだね」
と簡単に確認すると、2人していつものように野営の準備に取り掛かった。
慣れたものだ。
いつものようにタープを広げて簡単なかまどを作る。
(日暮れにはまだ時間がある。しかし、おそらく明日は強行軍になるだろう…。となれば、今日の内になるべく体を休めておきたい)
そんなことを考えて、私は、
「今日は鍋にするか」
と提案してみた。
リーファ先生は、
「いいね!」
と言って、キラキラとした目を私に向けてくる。
その様子はいかにも少女のようで、私は少し笑いながらもさっそく準備に取り掛かった。
鍋とは言っても簡単な鍋だ。
まずは米を炊き、その間にヒーヨの肉を薄く切る。
本当はもっと薄くしたかったが、野営の環境と私の腕では5ミリくらいが限界だった。
次に味噌と砂糖を用意する。
どちらもそんなに量を持ってきていないからこれまで少し出し惜しみをしていた。
だが、今日は思い切って使うことにする。
軽く鍋に油引いて肉を焼き、軽く火が通ったら、砂糖を入れ、水で少し伸ばした味噌を入れた。
ジュッっといかにも美味そうな音がする。
なんちゃってすき焼きだ。
本当は、醤油でやりたいし、もっと砂糖も使いたい。
野菜も長ネギこと白根があった方がいいし、白菜もいい。
そんなことを思いながら、まずはリーファ先生に最初の肉を渡した。
「うん、美味い。…肉のうま味を砂糖の甘さが引き立てつつ、味噌のうま味も加わって相乗効果を発揮している。実によくできた鍋だ」
リーファ先生はそう言って、ハフハフしながらもぐもぐ食べてくれる。
「本当はボーフ辺りの肉を使って、醤油で味を付けたいし、野菜はもっと多い方がいい。それにできれば生卵を絡めて食いたいところだな…」
と私がつぶやくと、
「おいおい。なんだその凶悪な料理は…」
と言ってリーファ先生は目を見開いた。
私はさらに、
「しかも、ドーラさんが作ってくれる…」
と真顔で言う。
すると、リーファ先生は、
「…ますます凶悪じゃないか…。よし、その鍋の名前は悪魔鍋にしよう。教会の連中には何を言われるかわからんが、そうとしか表現できん!」
と、やや壊れ気味に叫んだ。
「いや、悪魔鍋って…。普通にスキ焼きでいいんじゃないか?」
すると、リーファ先生は、いかにもなぜだ?というような顔で、
「ん?」
と首をひねる。
「いや、スキレットで焼いて作るからスキ焼きと名付けたんだが…。安直だったか?」
と言って私が苦しい言い訳をすると、
「いや、なんとも言い得て妙だね。うん。それが良いかもしれん。教会のやつらからも文句が出ないだろうしね」
そう言ってリーファ先生は、
「はっはっは」
と、さも愉快そうに笑った。
(…こうして、この世界にスキ焼きが誕生した。その内、関東風と関西風の争いが起きることだろう…)
と頭の中でバカなモノローグを入れつつ、締めに飯を放り込む。
するとリーファ先生に、
「おい…。君は私を殺す気か?」
と、真顔で訊ねられた。
帰ったら絶対にちゃんとしたものを食わせろよ!と何度も言ってくるリーファ先生をなだめすかすし、ようやくいつものように食後の薬草茶を飲みながら明日の予定の打ち合わせに入る。
「明日の目的地はこの辺りだったな」
と言う私に、
「ああ、その辺に洞窟はないかい?地形的にはありそうだと踏んでいるんだがね」
とリーファ先生が具体的なことを聞いてきた。
「…そう言えば、この辺りで岩肌に穴が開いているのを見かけたことがある…」
私が記憶を頼りにそう言うと、リーファ先生が、
「じゃぁ、とりあえずの目標はそこだね。目的の薬草は洞窟の中だ」
と言うので、私は、
「なるほど軽い岩登りのあと、洞窟探検か…。ひょっとしたら洞窟の中で一泊ってのもあり得るな…」
と、なんとなくの目算を立てる。
「ああ。そうだね」
と言うリーファ先生の表情で、そこに待ち受けているかもしれないものを想像して、私も改めて気合を入れなおした。
その後、簡単に行程を確認してリーファ先生が寝袋に入る。
私もいつものように布に包まると、5日目の夜が静かに更けていった。
翌朝。
いつもの通り、夜明け前に目を覚ますと、まだ暗い中で焚火を熾し、スープを作る。
そうしているうちに、リーファ先生が起きてきて、
「やぁ、おはよう」
「ああ、おはよう」
「いつもながら早いねぇ」
「まぁ、習慣だからな」
と簡単な挨拶を交わした。
私はいつも、夜明け前に起き、陽が昇る前に起きて朝稽古をするのが日課だ。
冒険中以外は、毎日欠かさずやっている。
そういえば、と急に少年時代、実家で剣の師匠に稽古をつけてもらっていた時のことを思い出した。
たしか師匠は、騎士の出身ではなく、元冒険者だったはずだ。
おそらく実家に食客として居候していたのだろう。
師匠に出会ったのはいつのころだろうか?
物心ついた時にはすでにいたように思う。
そして、気が付けば稽古をつけてもらっていた。
雨の日も風の日も変わらず稽古の日々。
なぜ、そんなに夢中になって稽古に励んだのか、理由はわからない。
ただ単に好きだっただけかもしれないし、この世界は娯楽が少ないから、部活みたいな感覚だったのかもしれない。
ただただ夢中になって剣を振る毎日。
師匠は、
刀を振れ。
そうすれば道が見える。
道が見えたら迷わず進め。
進むうちに迷ったらまた刀を振れ。
そんなことを始終言っていた。
そして、
型の稽古は全てに通じる。
魔獣は人とは違う。
直観的に危険を察知し、効率よく攻めてくる。
人間のように迷わないし、考えない。
集中しろ。
感覚を磨け。
とも言っていた。
私の頭の中に、それらの言葉は今でもはっきりと残っている。
当時は単にたくさん稽古をしろという意味だと思っていたが、最近ようやく本当の意味らしきものがなんとなく感覚としてわかるようになってきた。
いまにして思えばそんな師匠に出会ったから、私も冒険者を志したのだろう。
この道を示してくれた師匠には感謝の気持ちしかない。
その後、師匠とは会っていないが、どこでどうしているんだろうか?
当時師匠は50歳前後にみえたから、ひょっとしたら…。
そんな不吉考えを振り払うかのように頭を振った。
そこでまたふと思う。
そういえば、この世界で師匠と私以外に刀を使っている人物にまだ出会ったことがない。
私は日本の記憶があるから、なんの違和感もなかったし、師匠も普通に腰に差していた。
稽古に使っていたのも木刀だ。
中等学校に行くとき、この刀を贈られて今でも愛用している。
おそらくなかなかの名刀だ。
長年使っているが、刃こぼれ一つしない。
一体どこのどういうもので、どうやって手に入れたのだろうか?
そう考えてみれば、不思議なことだらけだ。
なぜ今まで、疑問を持たなかったのだろうか?
そして、なぜ今そんなことを考えているのだろうか?
そんなことをボーっと考えていると、リーファ先生から声をかけられた。
「おい!どうした?…危うくスープが吹きこぼれるところだったぞ?」
と言って、リーファ先生は鍋を火から外してくれる。
私が、
「…え?…ああ、すまん…。少し考え事をしていた」
と言うと、
「大丈夫か?体調が悪いなら無理をせず、半日くらい休んでもいいぞ?」
と心配そうな顔で私の顔を覗き込みながらそう言った。
「いや…。そう言うんじゃないんだ。…すまん。もしかして心配をかけたか?」
と私が聞くと、
「…ああ、普段バン君は考え事なんかしないからね。寝ている間に頭でも打ったのか思ったよ」
と軽口を叩いてリーファ先生が笑う。
「…まったく…人を考え無しみたいに…。スープはやらんぞ?」
と私も軽口で応戦すると、リーファ先生が、
「おいおい、そりゃないよ」
と、わざとこの世の終わりみたいな顔をしてそう言うので、2人して笑いながら朝食を取り始めた。