まずは私が先行し、慎重に足を進める。
辺りを警戒しながら、後ろのリーファ先生に向かって手招きをした。
リーファ先生が後に続いてやってくる。
いったん木陰に身をひそめて先を見ると、例の倒木…目的の茸は30メートルほど先のようだ。
ここから先はほとんど障害物がない。
私はリーファ先生をチラリと見た。
リーファ先生がうなずく。
私もうなずき返すと、集中し気を練り始めた。
遠くでなにやら気配がうごめく。
おそらく、ヤツらもなにかしらの不穏な気配を感じたのだろう。
まだ、完全にこちらに気が付いたわけではなさそうだ。
今のうちだ。
そう思った瞬間、
「いくぞ!」
と短く叫ぶと、一気に空き地へ踏み込んだ。
リーファ先生は迷わず倒木に近寄ると何やら道具を設置し始める。
私は油断なく弓矢を構えて集中を増した。
徐々に音が消え、時間がゆっくりと流れて行くような感覚に陥る。
いったいどのくらいの時間が経ったのだろうか?
当初の予想通りなら数分くらいなんだろう。
しかし、私にはそれが一瞬にも数時間にも感じられた。
なにやら空気が揺れる。
(来た!)
そう思った瞬間、気合を込めて矢を放った。
「ギャッ!」
という鳴き声が聞こえた。
どこかに当たってくれたらしい。
しかし私は、
(まだだ。この程度でどうこうなる相手じゃない)
そう思って、素早く2射目の矢をつがえる。
数舜の間を置いて再び殺気が襲来してきた。
「…シッ!」
またしても矢を放つ。
しかし、今度は外れたようだ。
(もう一度…)
そう思って次の矢をつがえようとした時、違和感を持った。
とっさに弓を捨て、振り返って後方へと駆けだす。
リーファ先生を飛び越えながら刀を抜き放ち、着地と同時に振り抜いた。
バサッ!と音がする。
しかし、手応えはない。
どうやら外してしまったようだ。
私は素早く振り返った。
上空を見るとそこには5羽ほどのヒーヨがいる。
(この空間を考えれば1羽ずつしか襲ってこない。落ち着いて気配を読め)
自分にそう言い聞かせ、またリーファ先生を背後にかばうと、静かに息を吐き、さらに気を練った。
ふいに空気が揺らぐ。
下段に構えた刀を一気に振り上げると、何かを斬った感触が伝わってきた。
しかし、気にせず残身を取る。
また空気が揺らいだ。
今度は少し左へ身をかわしながら袈裟懸けに刀を振り降ろす。
息つく間もなく今度は右へ横なぎの一閃。
そんなことを何度繰り返しただろうか?
不意に周りの空気が凪いだ。
それとほぼ同時に、
「おい、もういいぞ!」
と、リーファ先生の声がする。
私は一気に現実に引き戻されたような感覚に陥ったが、それに戸惑うことなく、この場から退くために次の行動を起こした。
「よし、退却だ!」
そう叫んで、足元にあった弓を素早く拾うと、まだ倒木のそばにいたリーファ先生の肩を抱えるようにしながら先ほど来た方へと走り、森の中へと飛び込んでいった。
背嚢を置いた木まで戻ってきて、一応、辺りの気配を探ると、ようやく刀を納める。
やや気だるい。
動けないほどではないが、少し休憩したい気分だ。
リーファ先生を振り返って、
「成果は?」
と確認すると、
「…十分だ」
と、やや歯切れが悪いながらも、そう答えるリーファ先生にうなずいて、
「よし、長いは出来ない。準備を整えたらとりあえず、さっきの水場まで戻ろう」
と言い、私はさっそく背嚢を背負おうとした。
すると、リーファ先生が、ちょっと慌てたような感じで私を制してくる。
「おい、ちょっと、バン君…。魔石はいいのかい?」
そう言うリーファ先生に、私は、
(なにを呑気な…)
と思って怪訝な顔を向ける。
「そんな場合じゃないだろう」
と私は、ため息交じりに、ややあきれてそう言が、リーファ先生もあきれたような、驚いたような複雑な表情で私を見つめながら、少し間を空けて、
「もしかして…。気づいていないのかい?」
と言った。
私がまたしても怪訝な顔をしてリーファ先生の方を見ていると、
彼女はますますあきれたような表情をして、
「…全部斬ったんだよ」
とため息交じりに苦笑いでそう言う。
「…は?」
私は一瞬理解できなかった。
すると、またリーファ先生があきれたような顔をして、
「…だから言ったじゃないか、もういいぞって」
と、またよく理解できないことを言う。
「ん?」
私はまたしてもリーファ先生に疑問の表情を向け、
「ああ、たしかにそう聞いたから、急いで退却したんだが…」
と言うとリーファ先生も「ん?」という顔をしながら数舜お互いの顔を見合い首をひねり合った。
どうやらこの辺りに言葉の掛け違えがあったらしい。
リーファ先生はいったん状況を整理しよう、というような感じで、私を手のひらで制しながら、
「ええとだなぁ…。私が採取をしていて…。できればもう少しとっておきたいがどうしようかと思って君の様子を見たら、ちょうどバン君が最後の1羽を斬ったところでね?それで一応、私も周囲の気配を探ってみたんだ、さらに襲ってくるような個体の気配はなかったし、おそらくあれで全部だったんだろう。だから、もういいぞと言ったんだが…」
と、ややひきつったような顔で私に説明してくれる。
私はあっけにとられ、
「…ということは、つまり…、リーファ先生が言った、もういいぞ、は、採取が終わったからもういいぞという意味じゃなくて、ヒーヨは全部斬ったから、もういいぞ、っていう意味で言ったということか?」
と、なんとも気の抜けた感じでそう言った。
多分私はこの時の私はずいぶんと間抜けな表情をしていたのだろう。
リーファ先生が苦笑いをする。
私も、やはり苦笑いをするほかなかった。
そんな間の抜けたやり取りのあと、私は念のため、もう一度周囲の気配を慎重に探ってみる。
やはり、近くに気配はない。
これなら、しばらくは大丈夫だろう。
もちろん、のんびり野営をしていられるほどの時間はないが、魔石と肉を少しだけはぎ取る程度なら問題ない。
私はなんともばつの悪い感じで、背嚢を背負うと、再び倒木のある空き地へと戻っていくことになった。
リーファ先生から、
「よし、私はもう少しだけ採取してるから、バン君は剥ぎ取りをしてくれ」
と出された指示に、
「…ああ」
と力なく返事をすると、私もとりあえず作業に取り掛かる。
とりあえず、手近に転がっているヒーヨの元へ向かい、その姿をまじまじと観察してみた。
ヒーヨの大きさは、ヒトで言えば12、3歳くらいの子供くらいの体長で、翼を広げれば4メートルを少し超えるだろうか?
そんなヒーヨが、胴を真っ二つにされている。
よく見ると、一本の矢が刺さっていた。
おそらく最初の1羽だろう。
矢は浅く、とても致命傷にはなっていないが、それなりに痛みは感じたはずだ。
それでもひるまず襲ってくるのだから、魔獣というのは普通の獣とは違って厄介なものだと改めて感じながら、胸の辺りに剣鉈を入れる。
そして、魔石を取り出すと、次にその周辺の肉を一塊ほど剥ぎ取った。