そんな私たちの態度にリーファ先生は、
「おいおい、二人して…。まぁ、気持ちはわからんではないがね…。そこでバン君、君に早速頼みたいことがあるんだが、いいかい?」
と言うと、リーファ教授は紙を取り出して、何やら書き始める。
私が、
「ああ、私にできることだったら請け負おう」
と言うと、私に、
「よし…。この薬草を集めに行きたいんだが、同行してもらえるかい?」
と言って、その紙を渡してきた。
渡された紙を一読すると、ほとんどは私にもわかるものだったが、3つほどわからないものが含まれている。
なるほど、これは私一人では行けない。
「多分、この森にもあるはずだ。生えている環境なんかはわかるから、それらしい場所を教えて道案内をしてくれればいいよ。あと、魔獣は、適当に頼む。当座の薬の調合と、食事の指導なんかもあるから、出発は明後日にしよう。大丈夫かい?」
とスケジュールを確認するリーファ先生に、
「ああ、大丈夫だ。今は収穫の時期じゃないし、5,6日なら村を空けてもいいだろう」
と言って、私が請け合うと、リーファ先生は少し悩むような仕草をして、
「もう、2,3日空けられないか?」
と聞いてきた。
「うーん。おそらくなんとかなるとは思うが、そこは少しアレックスと相談させてくれ」
と言って、少し待ってもらえるよう頼む。
そんな私に、リーファ先生は、
「たぶん今回は、結構奥まで行くことになる」
と真顔でそう言った。
私は、なるほど、と納得して、
「わかった。なんとかしよう。後で候補になるようなところの環境を教えてくれ。たいがいのことは私でわかると思う」
と私が言うと、リーファ先生は、
「わかった。詳しいことは夕食の後にでも打合せよう。じゃぁ、私は準備にとりかかるかよ」
と言って、席を立とうとする。
そこへ、ジュリアンが、
「あ、あの!」
慌てたように声を掛け、私とリーファ先生に、
「…今森の奥へ行くとおっしゃいましたが、お二人で大丈夫なのでしょうか。もし、冒険者が必要であれば当家が責任をもって費用は負担いたしますし、騎士団からも人員を出せます!」
と切迫した顔でそう言った。
どうやら、私たちを心配してくれているようだったが、冒険者はともかく、騎士団は逆に足手まといだ。
(…まさかそんなことを面と向かって言えるわけは無いが、一応安心させねば)
と思って私は努めてにこやかな顔をしながら、
「なに、心配には及ばんさ。いざという時は少人数の方がかえって動きやすい。まぁ私もそれなりに魔獣は討伐しているし、なにより、リーファ先生という強力な戦力がいるんだ。滅多なことにはならんさ」
とジュリアンの不安が少しでも軽くなるようにあえて軽い言葉を掛ける。
「そ、そういうものなのでしょうか…?たしかに、我々騎士団は対人戦に特化しておりますから、森ではお役に立てないかもしれませんが…」
すると、今度はリーファ先生が、まだ不安そうにしているジュリアンに向かって、
「ああ、バン君の言う通りだ。しかし、私よりもこのバン君の方が、よほど強力な戦力だがね」
と、笑いながらそう言った。
どうやら、そんな私たちの様子にジュリアンはなんとか納得してくれたらしいジュリアンが、何度も頭を下げながらリビングを出て行くのを見送り、私は先ほどドーラさんに持ってきてもらった文箱に伯爵からの書状をしまいながらリーファ先生に何気ない様子で話しかける。
「で、本当はどうなんだ?」
そんな簡素な問いにリーファ先生は、
「…相当悪い。彼、ジュリアン君と言ったかな?に伝えたよりもずっと深刻だ。容体が少し安定するというのは本当だが、苦しみが多少ましになる程度で、たまにリビングで陽にあたれるようになるくらいが限界だろうね。とてもじゃないけど、庭を散歩するなんていうのは無理だろうさ」
と言って、顔をしかめた。
たしかに、先ほど読んだ伯爵からの書状にもここ1年ほどは立ち上がることさえできていないと書いてあった。
今回の馬車での旅も相当つらかっただろう。
胸が痛む。
「あと、さっきの薬草採取の話だがね…。冒険者もつれていけないよ。なにせ相当危険だし…秘密保持ってこともあるからね」
(…やはりか)
何となく想像していたが、どうやらそういう類の薬草を採りに行くらしい。
私がやや難しい顔でリーファ先生の言葉を噛みしめていると、リーファ先生は続けて、
「あとで詳しく打ち合わせるが、私の予測が正しければ、少なくともヒーヨの群生地には入ることになる。それに下手をするとゴルの相手もしなくちゃならないかもしれない…」
と言った。
「ゴルか…。そいつはまた…」
私は思わず顔をしかめる。
ヒーヨもゴルも鳥型で大型の魔獣だ。
ただし、ヒーヨが普通の鳥、鷲のような姿をそのまま大きくしたような姿をしているのと違って、ゴルは硬い鱗状の皮膚を持ち、鳥と言うよりもドラゴンと言った方がしっくりくる見た目のヤツだ。
体長も人の身長よりもやや大きかっただろう。
どちらも遠距離の攻撃手段がない私にとってはどちらも縁の無い魔獣だ。
(けっこう大変なことになるだろうとは思っていたが、そんな修羅場に突っ込むことになろうとは…)
私はそんな感想を持った。
しかし、
(必ずしも討伐しなければならないわけじゃない。今回の目的は薬草採集だ。なんとか逃げられればそれでいい)
私はそう思って頭を切り替える。
そして、リーファ先生に苦笑いの表情を向けると、
「まぁなんとかするさ…。村のためにもまだ死ねんからな」
と、あえて軽口の様にひと言そう言った。
その日の夕方。
ジュリアンからご令嬢の付きのメイドと護衛の騎士を紹介される。
二人は姉妹らしい。
最初は護衛騎士まで女性なのか?と思いもしたが、思えば当然だ。
未婚のご令嬢のそばに男性を常駐させることなどできない。
それに護衛騎士とはいえ、療養中の世話もすることになるだろから、どちらかと言えばメイド兼護衛ということになるのだろう。
と、なれば女性の騎士が適任だ。
まず姉がメイドでメリーベル・エインズシュタットと名乗った。
貴族家の子女なのだろう。
立ち居振る舞いが洗練されている。
そして、妹がローゼリア・エインズシュタットと名乗った。
確かに姉妹だ。
二人とも同じ黒髪だし、どことなく面差しも似ている。
しかし、姉のメリーベルが冷静沈着な印象なのに対して、妹のローゼリアはやや活発な印象を受けた。
そう思って二人をみていると、姉のメリーベルが、
「バンドール・エデルシュタット男爵様。この度は我が主をお受入くださりありがとうございます。主はまだ、臥せっておりご挨拶にもうかがえないような状態でございますので、まずは私共が主に代わりご挨拶に伺わせていだきました。不調法ではございますが、何卒ご容赦ください。また、私たち姉妹ともども当家にはご迷惑をおかけすることになりますが、何卒よろしくお願い申し上げます」
そう言うと、姉妹揃って深々と頭を下げてくる。
私はまた少し照れくさく思いながら、
「ああ、いやそんなにかしこまらんでくれ。これから長い付き合いになるんだ。そうかしこまられちゃぁ逆にやりにくい。それに、今は男爵なんてものになってしまったが、元冒険者でただのおっさんだ。気軽に村長と呼んでくれ」
2人も緊張しているのだろうと思って、私はあえていつも以上にくだけた感じでそう言った。
「…かしこまりました。ではお言葉に甘えて…。その…先ほどジュリアン殿にお聞きしたのですが、村長様におかれましては、デボルシアニー様とともに、自ら薬草を採りにいってくださるとか。我が主になり替わり厚く御礼申し上げます」
とメリーベルが言うと2人はまた頭を下げた。
おそらく、彼女はその薬草に一縷の望みをかけているのだろう。
冷静な表情の中にも切実な感情が見え隠れしている。
だからこそ、私はあえて、なんでもない事のように、
「ああ、それはかまわん。むしろさっきも言った通り、私は元冒険者…というよりも、今でも冒険者まがいのことを時々やっているようなやつだ。村長として、机にかじりついているのはどうにも性に合わない方だから、こうしてたまに森へ出かけるのはいい気分転換にもなる。だから歓迎こそすれ、負担に思うことなどなにもない。それにリーファ先生だってそうだ。エルフにとって森は庭みたいなものだというし、彼女は薬学を研究しているんだから、薬草探しは楽しくてしょうがないだろう。まぁちょっとしたピクニックにでも行くような気持ちだと思うぞ?」
と言った。
私の言葉に、メリーベルは一瞬怪訝な顔を見せる。
しかし、一応は納得してくれたのか、
「さようでございますか。それならばようございました。しかし、森は危険なところだと聞きます。どうかお気を付けください。お早いお帰りを主ともどもお待ち申し上げております」
そういって、また深々と頭を下げるとジュリアンにうながされて部屋を出て行った。
その日の晩、客人らに食事を振る舞ったあと、リビングでお茶を飲みながらドーラさんに今後のことなんかを含めて詳しい話をきいてみる。
どうやら姉妹は幼いころからマルグレーテ嬢のそばに仕えていたらしい。
いくら伯爵家とはいえ、3女に専属のお付きを2人もつけることは普通無い。
たぶん、病気のことを心配した伯爵様の意向なんだろう。
二人の家名から察するにおそらく代々伯爵家に仕える男爵あたりの家系に生まれたのではないだろうか。
二人の担当はメリーベルが主に料理や食事の世話などを、ローゼリアの方が、洗濯などの雑事を担当しているのだとか。
移動や風呂なんかの介助は二人が協力して行うそうだ。
食事の材料はドーラさんが届けてくれるし、時々は差し入れなんかもするつもりだという。
ドーラさんの目には、放っておくとあの2人は自分の食事さえおろそかにしそうに見えたらしく、心配でたまらないという様子だった。
マルグレーテ嬢の容体は相当悪いらしく、やはりしばらくは起き上がることも無理なように見えたそうだ。
ただ、リーファ先生からは、処方した薬を飲んで、スープなどでもいいからきちんと食事をとっていれば、次第に楽になってリビングで陽に当たることくらいはできるようになるだろうと診察中に言われたらしく、姉妹はそれを素直に喜んでいたらしい。
(…とてもじゃないが本当のことは言えんな…)
そんな言葉が胸の中を苦くする。
あとドーラさんは、時々はサファイアやルビーに会わせてあげたら喜ばれるんじゃありませんかね?という提案をしてくれた。
たしかに、それはいいかもしれない。
あの2匹は賢いし、たしかペットセラピーなんてものが日本にはあった記憶がある。
(少しはマルグレーテ嬢の慰めになってくれればいいが…)
私はそんなことを思って薬草茶をすするが、その味はいつもよりずいぶんと苦く感じた。