ドーラさんはジュリアンには緑茶を私には薬草茶を淹れる。
私がそれをひと口飲んで、
「さっそくだが、まず今後のことというか当面の話なんだが…」
と私が切り出すと、
「はい。ではまずはこちらを…」
といって、ジュリアンは一通の書状を出した。
「主、クルシウス・ド・エインズベルからの書状です。内容はエデルシュタット男爵様と治療にあたられるリーファ先生の胸の内のみに留めていただきたく言いつかっておりますので、どうかそのように」
と言い、慎重に取り扱ってくれと私に頼んでくるジュリアンに重々しくうなずくと、
「わかった、拝見しよう…」
と言って、私はおもむろに書状を開く。
内容はまず、謝辞に始まり、娘を頼むということが書かれていた。
しかし、途中からは病状の話となり、伯爵家の侍医の見立てや近年の衰弱具合の経緯などが事細かに記してある。
(たしかに、むやみやたらと他人に見せてはいけない内容だ)
そう理解して、書状を閉じると、
「ドーラさん、悪いが私の部屋に鍵付きの文箱があったろう?あれを取ってきてくれないか?」
と頼んで、厳重に保管することにした。
ドーラさんが出ていくと、
「ご理解感謝する」
とまた、ジュリアンが頭を下げてくる。
「いや、そのくらいのは当然だ。あとでリーファ先生には概要を伝えておく。まぁ、あの人なら一度診察すればだいたいのことは察するだろうが」
そう言って、とりあえず、書状を懐にしまった。
「まずは当面の人員の配置あたりからか?」
そう言って、私はやや話題を変える。
「そうですね、当方からはメイドを一人、護衛の騎士を一人こちらに置かせていただきますが、おそらく手の足りないこともあるでしょう。貴家の使用人の方々にもお手伝いをいただけると助かります」
と頼むジュリアンに、私は、
(病人の健康管理と言えばまずは食事か…)
と思いながら、
「ああ、もちろんそのつもりだ。で、食事の管理なんかはそのメイドさんとうちのドーラさんで行えばいいか?それとも何か特に注意すべき点でもあるだろうか?」
と食事の面での注意点を聞いた。
「はい。最近はどうも食欲が落ちている様子。固形のものはほとんど受け付けられません…。詳しくはメイドが存じておりますが、当家では柔らかく煮たり、なるべく栄養のあるスープを出しておりました。ある程度のことはそのメイドがこなしますが、この村で手に入る材料などはご教示いただき、なんとか工夫をしていただきたいのです。…先ほどいただいたお食事を見る限り、その心配は少ないと感じましたが…」
とやや苦しそうな表情でいうジュリアンに、私はうなずき、
「そうだな。料理や栄養に関してはドーラさんとリーファ先生に任せてもらって大丈夫だろう。その辺は保証する。あと、材料に関しては、アレスの町から定期的に行商に来てもらえるよう手配しておいた。それに私も時々森へ入って薬草や茸、あとは果物に肉類も取ってくるから、ある程度は揃えられる」
と、なるべく相手の不安を少なくできるよう、朗らかに答える。
その後、
「…ただ、嗜好品の類は時間がかかるものもある。アレスの町や辺境伯領では手に入りにくいものもあるだろう。それについては伯爵様の方で入手いただき、アレスの町を経由して送ってもらいたい。うちに定期的に行商に来る商人はアレスの町のコッツ商会という店だ。私の中等学校時代の幼馴染だから信用してもらっていい」
と現在、不足している点を伝えると、ジュリアンは、
「かしこまりました。その点は申し伝えます。それでは次に伝達手段を確認しておきたいのですが…」
とやや遠慮気味にそう言った。
「ああ、そうだな…。通常の連絡はギルド便か商人のコッツを通して、行えばいいだろう。しかし急ぎの場合はどうするか…」
という私の問いにジュリアンは、軽くうなずくと、
「一応、子爵様と辺境伯様のお許しをいただき、アレスの町と辺境伯領内を通る街道沿いのいくつかの村に替えの馬を用意させています。…こちらです」
と言って、簡単な地図を広げる。
「…なるほど、たしかにこれならば急げば伯爵領からは3日というところか…」
私は地図を見ながらおおよその目算を立てた。
「はい、火急の際には我々騎士団も動くことになっております」
と言うジュリアンに、私はまたうなずくと、
「なるほど、問題はこちらから火急の要件があった場合、ということか?」
と正直に聞く。
すると、ジュリアンが、
「…はい」
少し申し訳なさそうに答えるので、
「それは少し対策が必要になるな…」
と言って、私は少し考えた。
「村からアレスの町へはどうとでもなるだろう。…しかし、その先となると…辺境伯領のこの辺りに人を常駐させることは難しいか?」
と言って、私は地図上で辺境伯領と伯爵領を結ぶ街道のちょうど中間点辺りを指さして訊ねる。
すると、ジュリアンは、
「それも考えたのですが、何分、他領のことですので、当家から人を常駐させるとなると、各方面への調整が必要となり、少し時間がかかりそうです」
と言って少し悔しそうな顔をした。
きっといろいろあるのだろう。
「うーん…」
私はまた少し悩む。
(さて、どうするか…。まさか大切な、しかも貴族にかかわる重要な情報を冒険者に任せるわけにはいかない。まぁ、早々に問題が発生するとは考えにくいが、伯爵家としては心配だろうな…)
そう考えた私は、
「わかった、ではこうしよう。当面の間は私が動く。馬が確保されていれば、私なら2日でこの辺境伯領との境目にある町まで行ける。あとはそこに誰かを常駐させてくれればそれでいい。中間点に人を常駐させる交渉も進めてくれ。それならばそちらと同じく3日くらいまで時間を縮めることができるはずだ」
と提案した。
「おお、なんともお心強いお申し出。感謝いたします」
と言ってジュリアンは喜ぶ。
「いや、人ひとりの人生がかかってるんだ、そのくらいはするさ」
と私は当然のことだと言って返した。
「…本当にエデルシュタット男爵様のような方がこの村にいてくださってよかった…。これで一安心できます」
と言って安堵するジュリアンに、私は、
「そんなに大袈裟なもんじゃない…。それに一番つらいのはマルグレーテ嬢だ。元気な者がとやかく言っている場合じゃなかろう」
と言ってこの場合一番大事にすべきはマルグレーテ嬢だと伝える。
「そう言っていただけるだけでどれだけ安心か…。帰ったら主にもその旨よく伝えさせていただきます」
そう言ってジュリアンはまた頭を下げた。
(まったく困ったもんだ…。そんな風に言われると照れて仕方がない)
と思って私は照れて頭を掻く。
するとそこへノックの音がして、リーファ先生がやってきた。
後ろにはドーラさんが、お茶のお替りと文箱を持ってきてくれている。
「やぁ、すまん。待たせたかな?」
と言うリーファ先生に、
「手数をかけたな」
と言うと、リーファ先生は、
「ん?そんなことはないさ。病人を目の前にして動かん医者などおらんよ」
と言って、何気ないことだと言わんばかりに顔の前で手を振ってそう言った。
その後、ジュリアンとリーファ先生が簡単に挨拶を交わすと、リーファ先生が、
「うん。じゃぁ、早速だが診察の感想を伝えるよ」
と言うと、一瞬で緊張が走る。
「結論から言うと、かなり重症だね。ヒトの医者ではなかなか対処できないのも無理はない。むしろよくぞここまでもたせたものだよ」
とリーファ先生は淡々と告げた。
ジュリアンは、
「そ、そんなに…」
と言って顔を青くする。
「うん。こういうのははっきりと伝えた方がいいだろうから、正直に言うがね。私としても、できるだけ長くもたせたいと考えているが、あまり期待はしないでもらいたい。ただ、あのまま伯爵領へいるよりはずいぶんと長くもたせることができるというのは保証するよ。治療を続ければ状態は今よりも多少は良くなるはずだ。苦しみも幾分和らげてあげられる。…ただし、そんな状態も短ければ数年、長くとも10年くらいしか続かないだろう。その後は、なるべく苦しまないようにするのが精いっぱいというところかな…」
とまた淡々と事実を告げた。
「そ、そうですか…」
ジュリアンはさらに落ち込んで、今にも泣きだしそうな顔になる。
私もある程度覚悟していたとはいえ、暗い気持ちになるのを抑えられなかった。
「ああ、最初は1年程度の診察でも構わないかと思っていたが、ここまで重症となると私も放ってはおけない。しばらくの間はこの村に残って尽力すると約束しよう。まぁ、エルフにとって10年なんて大した時間じゃないからね」
そう言って、リーファ先生はジュリアンを気持ちが軽くなるような言葉を掛けてくれる。
私はそんなリーファ先生の気遣いに感謝しつつ、ジュリアンと一緒になって、リーファ先生に頭を下げた。