昼過ぎ、エインズベル伯爵家のマルグレーテ嬢を乗せた馬車が屋敷へ着くと、離れまではアレックスが先導し、予定通り、マルグレーテ嬢はそのまま休まれたとのことで一安心する。
しばらくすると、護衛の騎士が4人やってきて、
「お初にお目にかかります、バンドール・エデルシュタット男爵様。エインズベル伯爵家騎士団、副団長のジュリアンと申します。この度はマルグレーテ・ド・エインズベルへ療養場所を提供いただき感謝申し上げます」
と、挨拶をしてきた。
「こちらこそ、お初にお目にかかる。バンドール・エデルシュタットだ。まずはマルグレーテ嬢が無事にご到着なされ、何より。それで、ご令嬢のご様子はいかがだろうか?」
と一番の気がかりを聞くと、ジュリアンと名乗ったその人物は、
「はい。やはり長旅の影響か、少しお疲れのご様子。まずは休まれよとのエデルシュタット男爵様のお気遣い誠にありがたく、お言葉に甘えさせていただくことといたしました。マルグレーテからも十分に礼を尽くし挨拶に出られぬ無礼を詫びるよう申し使っております。何卒よしなに」
と言って、かしこまる。
「いや、気にしないでほしい。皆も疲れただろう。ともかく中へ。今茶と昼を用意させる。しばし休まれよ」
私がそう言うと、
「かたじけない」
と言ってまたかしこまった。
そんなやや堅苦しい挨拶をして護衛の一行を屋敷へと招きいれる。
まずは、旅装を解いてもらうために客室へ通した。
手伝いはアレックスとサナさんに頼む。
サナさんはギルドが気を利かせてよこしてくれたのだろう。
村のご婦人方に貴族関係者の接待は難しかろうから正直助かった。
旅装を解いた一行がリビングへやってくると、まずは茶を出す。
ドーラさんが手早く給仕をしてくれた。
茶請けはドーラさんお手製の干し柿を練り込んだ求肥のようなお菓子だ。
詳しいレシピは聞いたことがないが、とにかく和菓子の食感に似て、素朴な甘さが緑茶によく合う。
「この村では紅茶よりも緑茶が好まれていてな。都会の人にはなじみがないかもしれないが、ご容赦願いたい」
私がそう言うと、
「いえ、お気になさらないでください」
そう言って、ジュリアンは一口茶をすすった。
「ほう…。これは美味いですな…。さわやかな苦みと紅茶よりも軽い口当たりが疲れを癒してくれるようです」
とうれしいことを言ってくれる。
私は少しほっとして、
「お気に召していただけたなら幸いだ。今、昼の支度をさせているから落ち着いたら食堂へ案内しよう。離れにいるメイドたちにも軽食を用意しているから、後で届けさせる」
と言って、茶で人心地着いたであろうタイミングを見計らい、騎士達を食堂へと案内した。
食堂に入るとすぐに何人かのご婦人がカートを押して料理を運び入れ、ドーラさんが順番に給仕をしてくれる。
「田舎料理なので、お口に合えばよいのですが」
そう言ってドーラさんは、給仕を終えると壁際に控えた。
まるで貴族家のメイドのような動きだ。
なかなか堂に入っている。
「おお、これは美味しそうだ」
まずは、ジュリアンがそう言ってイノシシ肉の煮込みを一口食べ、他の者も続いた。
こういう時はまず、客人から手を付けるのがマナーらしい。
「うん、これは美味いですね。うま味の強い肉にハーブの香りが絶妙です」
そういって、ジュリアンは料理をほめてくれる。
他の者も一様に「美味い」と感想を述べてくれた。
ドーラさんは表情を変えないが、どうやらほっとしたような雰囲気だ。
「では私もいただこうか」
そういって、私も食べ始める。
今日のメニューはイノシシ肉の塊をじっくりと煮込んだ煮込みと味噌だれがかかった蒸し鶏。
ポロやズッキーニなどいくつかの野菜のトマト煮、ようするにラタトゥイユのような野菜の煮物とアカメのドレッシングがかかったキューカや葉野菜のサラダ。
そしてデザートとして最近村で収穫できるようになったバンポという少し甘い柑橘を用意した。
パンも多めに用意してある。
疲れた体には炭水化物が必要だろう。
本当は箸で気兼ねなく食いたが、今は客人の前だ。
なるべく貴族っぽく上品に食べなければならないのが残念でしかたない。
味は、言わずもがな。
先にジュリアンが言った通りイノシシ肉は青コショウといくつかのハーブが肉臭みを消しうま味を引き出している。
味噌だれのかかった蒸し鶏はいわゆるバンバンジーのような見た目だが、少し違って、蒸し鶏に辛味噌をかけた感じのもの。
ちょうどいい辛みとあっさりとした鶏肉がよく合っていた。
夏にぴったりの肉料理だ。
ラタトゥイユのような野菜の煮込みは、野菜の甘みがしっかりと引き出されているから、見た目よりも味がしっかりしている。
しかし、採れたれのトマトの酸味が全体を引き締めているからいくらでも食べられそうだ。
どれもまるで貴族家の晩餐で出てくるような料理で、田舎風ながらどれもそれなりに見栄えのする逸品だった。
サラダはこの村の人間にとってはなんということもない普通の野菜だが、採れたれの野菜にさわやかな香りと酸味が効いたアカメのドレッシングがよく合っている。
そして、バンポ。
これは、グレープフルーツよりやや大きく、酸味よりも甘みの方が勝っていて、ちょうどオレンジとグレープフルーツの中間くらいといった感じの柑橘になる。
数年前、森の奥の少し開けた斜面で偶然見かけたて味が良かったから、若木を何本か採取して村で育ててみたが、最近になってようやくいくつかの実をつけ始めた。
村の新しい特産品候補の一つだ。
この味ならば、伯爵の家臣をもてなすのとしては、及第点を超えているだろう。
むしろ、辺境の田舎でこんなに美味い料理がでてくるとは予想もしていなかったはずだ。
騎士達の食べっぷりがそれを如実に表している。
私はそんな騎士たちの食べっぷりを見て、安心しながら、自分のなるべく上品に料理を口に運んだ。
やはり長旅で腹が減っていたのだろう。
騎士たちはけっこうな量の食事であったにも関わらずペロリと平らげ、満足そうな顔をしている。
もしかしたら少し眠くなっている者もいるかもしれない。
そんな様子を見ていたら、ジュリアンが、
「大変結構な食事でした。感謝申し上げます。つきましては、食後すぐで申し訳ないのですが、今後のことなどについて、少しお打合せをよいでしょうか?」
と言ってきた。
もちろん私としてもその必要はあると思っていたので、
「もちろんかまわない。では打合せに参加する方はリビングへ。他の方は客室でしばしおくつろぎを。ドーラさん。リビングへ人数分の茶を用意してくれ。あと、アレックスは客室へ案内を頼む」
と指示する。
すると、それぞれが軽く頭を下げ、さっそく行動に移った。
リビングへ入ってきたのはジュリアン1人。
ジュリアンは部屋に入ってくるなり、
「改めて、御礼を」
と言って、頭を下げてくる。
「いやいや、そうかしこまらんでくれ。知っての通り、私は子爵家の出とはいえ、元は冒険者だ。楽にしてくれた方が助かる」
と言って、私は、ジュリアンと2人きりになったのをいいことに口調を元に戻した。
やはり貴族のフリは長く続けられない。
ジュリアンにも適当に座るよう促して、私もソファーに座り、
「聞いているとは思うが、今私の学生時代の恩師でリーファ先生という人にご令嬢の診察をしてもらっている。後で容体などを聞こう。今後の治療方針にも関わるだろうからな」
と、リーファ先生と今後のことを少し説明する。
「はい。先ほど少しお見掛けいたしました。その点については、当家の主より厚く御礼申し上げるよう言付かっております。なんでも高名な先生でいらっしゃるとか。頼もしい限りです」
というジュリアンに私は、
「ああ、医学と薬学の専門家だから、しっかりした診察をすることだけは請け負う。その辺りも含めてしっかり打合せようじゃないか」
と、私がそう言ったところで、ドーラさんが茶を持ってきてくれた。