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第19話お嬢が村にやって来る10

「…ふぅ」

書類仕事になんとか一区切りつけると、昼の時分。

ふと思いついて、

「アレックス、今日の昼はどうするんだ?」

私がそう聞くと、アレックスは怪訝な顔で、

「…いつも通り、サンドイッチを持ってきております」

と答える。

「そうか…。いつも同じで飽きんか?」

私が続けてそう聞くと、アレックスは、

「私は村長ほど食に頓着がありませんから、そんなもので十分です。それに朝から自分で作るとなると、そんなに手間はかけられません」

とやや素っ気なく答えた。

「なるほど、そんなもんか…」

私も独り暮らしが長かったから、その気持ちはわからんでもない。

だが、役場勤めと気ままな冒険者という違いがあるから、毎朝飯の支度をする苦労というのが、あまりよくわからないところもあると思って、

「私が言うことじゃないが、そろそろ誰かいい人はいないのか?家事だって分担すればそれなりに楽になるだろう?」

と聞くと、

「家事の負担を減らせても、家庭の面倒事が増えてしまうのは勘弁してほしいですね」

とまた素っ気なく答えた。

なるほど、なんとなくわかる。

しかし、それにしたって、アレックスはまだ25歳だ。

そう達観するのには早過ぎるような気がしなくもない。

…過去になにかあったのだろうか?

ふとそんなことを思ったが、それを聞くのは野暮というものだから、

「まぁ、そうだな。わからんでもない」

とだけ答えた。

「…私はいったん屋敷に戻って飯を食ったらそのまま畑の様子を見て、世話役に例の竹のことを相談してくるが、アレックスはどうする?」

私がそう聞くと、アレックスは少しだけ考えて、

「…そうですね。私はもう少し書類を片付けてからボーラさんとサナさんに準備状況と日程の確認をしてきます。そのあとは各方面へ村長の指示を伝えて調整しておきましょう」

と答える。

「そうか、すまんが頼む」

「かしこまりました」

そんなやり取りをして、私は屋敷へと戻った。

屋敷へは勝手口から入る。

役場からはその方が近い。

「ただいま」

と言うと、

「お帰りなさいませ。もう準備はできておりますから、すぐにお持ちいたします。あと、リーファ先生も呼んできてくださいませんか?」

と言って、ドーラさんは蕎麦をゆで始めた。

「ほう、今日は蕎麦か…」

と私が興味深そうに言うと、

「ええ、今日は少し暑うございますから、あっさりしたものをご用意いたしましたよ。あと、先ほどポロをいただきましたから、辛味噌で炒めて丼にしようかと」

とドーラさんは微笑みながらそう言った。

「ほう、そいつはいいな…。よし、さっそくリーファ先生を呼んでこよう」

そう言って、私は、

(…今日の飯も美味そうだ)

と思いながらそそくさとリーファ先生の部屋へと向かった。

軽くドアをノックする。

「おーいリーファ先生。昼飯の時間だぞ!」

私がそう呼びかけると、やや間があって、

「あぁ、もうそんな時間か…」

と言って、リーファ先生が出てきた。

一瞬、部屋の様子が見えたが、まだ荷物が雑然と積まれている。

(おそらくしばらくはそのままなんだろうな)

とそんなことを思いながら私は、

「今日は蕎麦とポロの辛味噌炒め丼らしいぞ」

と今日の献立を教えてやった。

「ほう!そいつは美味そうだ。さっそく行こうじゃないか」

するとリーファ先生が目を輝かせて嬉しそうにそう言う。

私たちは、二人してさっそく食堂へ向かった。

「…っ!これまた美味いな」

そばを一口すすった直後、リーファ先生が驚いた様子でそう言う。

ちなみに、蕎麦はいわゆるぶっかけ。

「蕎麦の味も井戸水で〆た加減もちょうどいい。それにつゆがやや甘めなのもいいな」

と言ってリーファ先生はまた豪快に蕎麦をすすった。

「そうだな、実にバランスの良いつゆだ。いくらでも食える。そして、このポロの辛味噌炒めとの相性も最高だ」

と私も寸評を述べると、

「ああ。口の中がポロの吸った油と濃いめの辛味噌で、少しくどくなったところに蕎麦をすすると一気にさっぱりする。そして今度はその逆だ…。止まらなくなる。これは神の御業か悪魔の所業か…」

とリーファ先生は真剣な顔でそう言った。

私は笑いながら、

「どっちでもいいさ。たとえ悪魔に魂を売ってでも、この美味さは手に入れたくなる」

と言うと、

「はっはっは。たしかにそうかもしれん。教会の連中には叱られそうだがどちらかと言えば悪魔的連鎖さと言った方が近いかもしれんな」

と言ってリーファ先生も笑う。

そんな会話をしつつ、和やかな昼食は進んだ。

「いやぁ、ドーラさん、これは実に美味かった。新そばの時期にまた食いたいものだ」

リーファ先生がそう言って、ドーラさんを褒め称え、私も、

「おお、それはいいな。…あと、ガーと白根を入れた温かい汁で食うのもいいかもしれん。ぜひ考えてみてくれ」

と続き、日本の記憶にある鴨南蛮そばを連想しながらそう提案してみる。

「あらあら、ありがとうございます。でも、そんなに褒められたんじゃ照れてしまいますよ」

ドーラさんはそう言うと、続けて、

「お二人とも食いしん坊さんですねぇ」

と言い、うふふ、と照れ笑いをしながら下がっていった。

食後、薬草茶を飲みながら、

「そういえば、あと10日ほどで例のご令嬢がやってくるそうだ」

私がそう言うと、リーファ先生は少し考えて、

「ほう、もうか…。よし、ではいくつか薬草の準備をしておこう。手持ちの薬草じゃ少し足りないかもしれん。近いうちに森へ入って採ってくるよ」

と言う。

私は、

「ついて行こうか?」

と言ったが、

「いや、そんなに奥までは入らんし、森はエルフの庭みたいなものだ。心配いらんよ。ついでに植生の調査もしたいから、明日から2,3日行ってくるとしよう」

と、リーファ先生は気軽そうにそう言った。

「そうか、ならお願いするとしよう」

私がそう言うと、リーファ先生はさも近所へお遣いに行くような口調で、

「ああ、任せてくれ」

と言う。

そんな短い会話を交わして手早くお茶を飲み終えると、私もリーファ先生もそれぞれの仕事へと戻っていった。

屋敷を出るとき、ドーラさんに一声かける。

「…そういえば、ルビーとサファイアは…ズン爺さんのところか?」

そういえば2匹の姿を見かけなかったなと思いそう聞いてみると、ドーラさんは、

「ええ。ズンさんが裏山にアカメを採りに行くのについていったみたいですよ。お弁当も持たせましたし、夕方には帰ってくるんじゃないですかね?」

と微笑ましそうにそう言った。

アカメというのは、ヤマモモに似て爽やかな酸味が特徴の果物だ。

村では煮詰めてジャムにしたり、梅酒の要領で酒に漬けたりして親しまれている。

「そうか…。今年も漬けるんだな…」

と嬉しそうに私が言うと、

「うふふ。ええ、そうみたいですよ。今年は多く実っているそうですから、村長の分もたっぷり仕込めるだろうっておっしゃっていましたね」

と言ってドーラさんが笑った。

私も、

「おお、そいつぁ楽しみだ。ズン爺さんのつけるアカメ酒は妙に美味いからな。今から楽しみだ」

と言って笑顔になる。

ここでもまた、何気ない日常の短い会話を交わすと、私は役場へと戻って行った。

翌日からもそれほど代わり映えのしない日常が過ぎていく。

リーファ先生は予告通り森へ行くと、3日後の夕方には戻ってきて、翌日からはさっそくいくつかの薬草を干したり加工したりしていたし、私もアレックスもご令嬢を迎える準備を整えたり、村の世話役やギルドとその辺りの最終確認をしたりして、それなりに働いた。

そして、ついにその日を迎える。

朝方、ちょうど朝食を終えた頃、馬に乗った若い騎士が一人屋敷にやってきて、あと数時間もすると、マルグレーテ嬢が着くと告げた。

私は、

ご令嬢は長旅でさぞかしお疲れだろう。

まずは直接離れへ行ってもらい、どうかしばし休んでほしい。

挨拶などは後日でも良いからお体を最優先にしてもらいたい。

とまずは病人のことを思ってそう伝える。

すると、その騎士は「痛み入ります」と短く礼を述べてまたすぐに来た道を戻っていった。

念のためズン爺さんとドーラさんに離れの状況を確認してもらう。

食事の用意には村のご婦人方を何人か連れてくるから、まずはお茶と何かつまめるものを出してほしいというと、すでにある程度準備しているとのことだった。

さすがはドーラさん。

抜かりが無い。

私は役場へ行くとちょうど出勤したばかりのアレックスに、

「あと数時間で、ご令嬢が到着なさるらしい」

と伝える。

アレックスは、

「村のご婦人方にはあらかじめ伝えてありますから、すぐに来ていただけると思います。呼んで参ります」

と言ってさっそく出かけていった。

私は屋敷に戻り、すぐにリーファ先生を呼びに行く。

診察はすぐにしてもらった方が良いだろう。

「リーファ先生、例のご令嬢がまもなく到着されるそうだ。すぐに診察を頼めるか?」

と聞くと、リーファ先生は、

「ああ、かまわんよ。ある程度準備はできているから、離れで出迎えよう。君はどうするんだい?」

と言った。

その質問に私は、

「さっきも先ぶれの騎士に伝えたが、主の私が目の前にいれば挨拶くらいはしなければならなくなる。そんなことは後回しでいいから今はとりあえずゆっくり休んでくれと、改めて伝えくれないか?」

と言って、リーファ先生に伝言を頼む。

すると、リーファ先生はなぜか少し微笑んで、

「わかった。そうするよ」

と言うと、その伝言役を請け負ってくれた。

各方面とも準備ができているようで、少し安心したが、何があるかはわからない。

私は少し緊張しながらその時を待つ。

すると、いつのまにか、ルビーとサファイアが足元に来ていたらしく、

「きゃん?」

「にぃ?」

と鳴いた。

「ん?ああ、これから大切なお客人が来るんだ。しばらくの間たくさんの人でざわつくだろうから、私の部屋にでも入っていてくれ。何もないだろうが、なんとなく2匹ともあまり多くの人眼には触れないほうがいいような気がする…。ちょっと窮屈かもしれんが、1日か2日の辛抱だ。我慢してくれ」

私がそう言うと、2匹は、

「きゃん!」

「にぃ!」

と鳴いて、おそらく了承してくれたようだ。

(さて、これからどうなることやら…)

そんな気持ちを抱えながら私は緊張とため息でご令嬢の到着を待った。

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