にぎやかな食事のあと、自室に戻る。
簡単な書類に目を通し、薬草茶を飲んでいると、リーファ先生がやってきた。
「やぁバン君、夜分にすまんね」
「いや、構わんが…どうした?」
「いや、たいしたことじゃないんだが、魔石を持っていないかい?サファイアやルビーの目の色に似た色がいいんだが…」
リーファ先生から唐突にそう言われ、私は一瞬考えたが、
「…そういや、あいつらを襲っていた魔獣の魔石をとってあったか。サファイアを襲ってた、若いエイクの魔石が青で、ルビーを食おうとしてたカッパーアウルが赤だったが…。何かに使うのか?」
と答えて、何に使うのかを聞く。
するとリーファ先生は、
「あ、ああ…。あの2匹に首輪を作ってやりたいんだ」
と意外な言葉を口にした。
その言葉に対して、私は「え?」と思う。
きっとそれは表情にも出ていたのだろう。
リーファ先生は少し焦ったような表情で、
「いや、まぁ、お守りというかエルフに伝わるまじないがあってね…。瞳の色と同じ魔石を持っていると災難除けになるらしい」
と言って、少し照れながら頭を掻いた。
「ほう、そんなのがあるのか…」
なるほど、リーファ先生はあの2匹のことがよほど気に入ったらしい。
だからわざわざそういう意味がある首輪をプレゼントしたいと言ってくれたんだろう。
私はそう思って、
「…どうだろうか?」
少し不安げに聞いてくるリーファ先生に、
「なるほど、そういうことであれば私はかまわんぞ」
と気軽に答える。
すると、リーファ先生はパッと表情を明るくし、
「よかった。じゃぁ、彼女たちが今つけている首輪を作った職人を紹介してくれないか?ちょっと特別な注文をしたいからね」
と嬉しそうに笑いがながらそう言った。
「そうか。じゃぁ明日にでもズン爺さんに革職人のところへ案内させよう。田舎の職人にしてはなかなかの腕前だ。それに、皮の材料ならギルドでも扱っているだろうが、たしかエイクとヌスリーの皮なら家にあったと思うからそれを使ってくれ」
私がそう言うと、
「エイクにヌスリーって…。エイクはともかく、ヌスリーは豹型の黒いヤツで気配が全くつかめない厄介なやつだろ?まったく…相変わらずだね…」
と言ってリーファ先生は苦笑いをする。
たしかにヌスリーは厄介だ。
気配がつかみにくい。
しかし、それも慣れの問題だ。
私はそう思ったものだから、
「ん?よくわからんが、別にたいしたことじゃない。たしかに厄介だが、コツさえつかめばそう難しい相手じゃない」
と気軽な感じでそう教えてやった。
なぜかリーファ先生は少し釈然としないような表情を浮かべ、
「…まぁ、今はそれでいいさ」
と何か歯に物が挟まったような感じでそう言う。
私は不思議に思いながらも、それを流し、
「じゃぁ、明日にでもズン爺さんに話してみよう」
と言った。
「ああ。ありがとう。じゃぁ、今日は長旅で疲れたからもう休むよ。おやすみバン君」
とリーファ先生が言い、私も、
「ああ、おやすみ」
と言って挨拶を返すと、リーファ先生が部屋を出て行く。
私はそんなリーファ先生を、
(…まさか、そこまでペット好きだったとは)
と微笑ましい気持ちで見送った。
~~リーファ視点~~
私は自室に戻るとため息を吐く。
部屋の中はまだ整理できていないが、とりあえず机の上は整えた。
これから、ちょっとした魔道具を作らなければならない。
「まったく…とんでもないことをしてくれたもんだ…」
とつぶやき、先ほどドーラさんが入れてくれた薬草茶を一口飲む。
もうとっくに冷めているが、あまり気にならなかった。
「そりゃ賢いはずだよ…」
とあの白い2匹のことを思い出しながら、またそうつぶやく。
(ともかく、あの独特の魔力を隠せる魔道具を早急に拵えないと…。今はまだ小さいし、ヒトならよほどの人物でない限り気が付かないだろう。まぁ、エルフには何の意味もないが…。まぁ、用意しておくに越したことはない。まかり間違って王国にでもバレたら…。いや、きっとバン君のことだ、なんとかしてしまうのかもしれないが…)
そんなことを一人頭の中で考えた。
「…ふぅ…。あれは意外と面倒なんだよ…。魔石と回路つなげて…。はぁ…。ともかく今日は寝よう…。まったく、よりによって…」
愚痴ったところでどうにもならないことはわかっているが、どうにもおさまらない。
それに、あの2匹が
「そういうことだからよろしく!」
と言っていたから、私からは何も言えない。
おそらくバン君はそこまであの2匹の言葉をまだ正確には理解していないのだろう。
あの2匹の言葉を理解するには、魔力の高さか経験、もしくは深いつながりが必要になる。
しかし、なんでこんなことに…。
再び愚痴りそうになる自分の心に蓋をし、今日はあきらめて寝ることにした。
~~再びバンドール視点~~
翌日。
朝食をすませると、魔石と皮の素材をリーファ先生に渡す。
リーファ先生は少し時間がかかるかもしれないと言っていたから、かなりいい物を作ってくれるようだ。
そんなことがあった後、今日もバタバタするんだろうと思いつつ役場へと向かった。
私が役場に着くと、すでにアレックスが仕事を始めている。
アレックスは実家の執事、アルフレッドの息子で、辺境伯領の高等学校を卒業してからしばらくの間は辺境伯領で事務官をしていたらしい。
今では役場の主戦力、いや主と言ってもいいかもしれない。
そんなアレックスに、
「すまん遅くなった」
と挨拶をすると、アレックスは、
「いえ…。おはようございます。村長」
と淡々と返してきた。
一見、不愛想にも思えるが、いつものことだ。
「先ほど、エインズベル伯爵様から書状が届きました。そこに置いてあります。どうやら早馬を使ったようですね。使いの方はエデル子爵家にも用事があるようで、早々に戻られました」
と、また淡々と状況を報告してくれる。
「ん?そうか。…ということは…」
と私が言うと、
「ええ、おそらく」
と短く答えた。
私が一応、という感じで、
「で、準備の状況はどうなんだ?」
と確認すると、
「概ねそろっています。あとは…ボーラさんが水回りを少し調整したいとおっしゃっているのと、サナさんがこまごましたものを取りよせているのが揃えば完了しますから、あと…7日くらいでしょうか?」
とおおよその目算を教えてくれる。
「そうか、順調だな」
と言って私は少し安堵した。
「いえ。…それよりも伯爵様からはなんと?」
と言って、アレックスが書状を確認してくれと促してきたので、
「ああ、そうだった」
そういって、私は執務机に就くとさっそく書状を開封した。
そこには、やはり間もなくご令嬢を出発させる旨と今後の予定が書いてある。
おそらくこの書状が届く前後には出発しているだろう。
到着は、書状が届いてから10日前後の予定だ。
同行者はメイドが2人と護衛の騎士が5名。
内、メイド1人と護衛の騎士1名がご令嬢付きとして、村に残ると記されていた。
「おおよそ10日で着くそうだ。…なんとか間に合ったな」
私がそう言うと、
「ええ。しかし、不測の事態もあるかもしれません。念のため後で確認しておきます」
とアレックスは冷静に答える。
「ああ、よろしく頼む」
私はそう言って、今日の予定を確認し、執務に取り掛かった。
午前中は書類仕事をすることが多い。
特に今はまだ収穫時期ではないから特にそうなる。
夏野菜を酢漬けにしたりトマトを保存用に干したり煮詰めたりする作業が忙しいのだろうが、それは村のご婦人方に任せておけば問題ない。
トーミ村では、男どもがせっせと収穫した野菜をご婦人方が加工するというのが一連の流れだ。
最近では冬の紙作りなんかの仕事も増えた。
力仕事や寒くてつらい仕事は男ども、手先仕事はご婦人方が担当することが多い。
時々、この村のご婦人方の手には特別な魔力が宿っているんじゃないか?と思えるほど素晴らしい仕事をしてくれる。
おかげで村の食糧事情は良いし、紙もそれなりの値段で売れるようになってきた。
もちろん、例外もあって、竹細工なんかを家で作っている連中は一緒に作業をすることがほとんどだそうだが、それでも、夫婦の共同作業というのは同じだ。
皆よく働く。
そんな感じで、今のところ素晴らしい好循環だ。
将来的には、生産性の向上と教育水準の引き上げが課題になってくるだろうとは思っているが、そこは地道に取り組むしかない。
ちなみに、村の教育はここ数年でずいぶんと充実してきていて、まだ十分とは言えないかもしれないが、田舎の村にしてはいいほうだろう。
その内、辺境伯領や王都の学院へ進学する子も出てくるだろうか?
そうなれば奨学金制度も整えなければならないな、とかそんなことをぼんやりと考えながらいつものように書類に目を通していった。
書類によれば、今年はトマトの出来が良いらしい。
しかし、キュウリに似たキューカはやや小ぶりのものが多いらしく、酢漬けの生産が減るだろうという見込みだ。
あと、ナスに似たポロの生育は例年並みらしいから、キューカはなるべく酢漬けように確保して、今年は食用に回すトマトの量を増やそう。
そう指示を出す。
ソバの生育は順調のようだが、米の収量は少し下がるかもしれないという。
村の世話役曰く、春先に涼しい日が続いた年は、夏場も涼しくなる傾向があるのだとか。
村の備蓄の量の確認をすると、例年通りの量だったが、今年はソバ備蓄を増やす方がいいだろう。
残念だが、蕎麦酒の生産は落とすように指示した。
森の果物は順調らしいから、リンゴの生産もそれなりに順調にいく見込みらしい。
酒が楽しみだ。
竹の生育は順調だが、あと数年から十年の間には一斉に枯れる年が来るかもしれないという。
竹はいまや村の重要な産物を支える存在だ。
これは、慎重に対策をとらなければならない。
備蓄を増やすにしても取りすぎれば竹林が荒れ、獣が村に降りてくることにもなりかねない。
これは炭焼きの連中や世話役を交えて早急に意見交換しなければ。
幸い、少なくとも数年の余裕があるから、今の内から手を打てば村の損害を最低限に抑えられそうだ。
そんな決断をして指示を出したり、誰それが浮気をして奥さんと揉めているから仲裁に入ってほしいというような嘆願にため息を吐いたりしながら執務をこなしていった。