「おっ!こいつは美味そうだ」
リーファ先生はそういうとさっそくビワの皮をむいて一つ摘まみ、豪快にかじりつくと、
「うん!こいつはいい。さわやかな甘さと香りのバランスが絶妙だ。やはり旬のものは美味しいね。良いビワだ。うん、故郷を思い出すよ」
と嬉しそうに微笑む。
「気に入ってもらえてなによりだ。リーファ先生の故郷でもビワが?」
と私が聞くと、
「ああ、森にたくさんなっていたからね。絶好の子供のおやつさ。エルフの子供はよく森にはいって遊ぶんだ。ほかにもミズウリやナーズなんかもよく食べたものさ」
と言って、懐かしそうな目をした。
ミズウリは甜瓜のような味と見た目だが木に生る初夏が旬の果物だ。
ナーズはグミやサクランボのような見た目だが、ラズベリーのような甘酸っぱい果物で、やはり初夏に旬を迎える。
「そうなのか。この辺ではけっこう森の奥にまで行かないと見かけんが、やはりエルフの森は植生が豊かだな」
と私がなんとなく、エルフの森という物を想像しながらそう言うと、リーファ先生は、
「そうだね、ある意味ではそうかもしれない。しかし、この辺りの植生もなかなかなものだよ。エルフの森とは微妙に異なる種や、ひょっとしたら固有種もあるんじゃないかと踏んでる」
と言って、この辺りの森の可能性を教えてくれた。
「なに?それは楽しみだな。もしかしたら村の特産が増えるかもしれない」
私が新しい産物が生まれる可能性に目を輝かせながらそう言うと、リーファ先生は、
「なんだい、けっこうまじめに村長してるじゃないか。あのバン君が村の経済のことを気にかけられるようになるとはね」
と言って、少しからかうような顔で私の方を見た。
「そうか?まぁ、村民の生活を守らなければいけない立場じゃあるが…。そこまでちゃんとしたもんじゃないさ。村が栄えれば老後が豊かになるくらいの考えでやっている」
と私は少しおどけた感じでそう答える。
すると、リーファ先生が笑い私もつられて、「はっはっは」と二人して笑い合った。
懐かしい感じだ。
こうして気さくに話し合える仲間というのは心強い。
そう思いながら、会話をひとしきり楽しむ。
そして、おもむろに少しまじめな顔で、
「この度はすまん。貴族の事情で面倒事を押し付けてしまった」
とリーファ先生に頭を下げた。
そんな私にリーファ先生は苦笑いで、
「そうやって、要所できちんと礼を尽くせるのは、君の美徳だね。しかし、謝罪には及ばんさ。なにせ、こっちも休暇を兼ねて好き勝手出来る時間を得たんだからね。お互いに理のある話さ」
と気軽そうに答えてくれる。
「そう言ってもらえると助かる。もうじきご令嬢がいらっしゃるころだとは思うが、それまではゆっくりしていてくれ。ドーラさん…あのさっきビワをもってきてくれたうちの家政婦さんなんだが…ドーラさんの作る飯は美味い。ただの田舎料理だが、妙に美味いんだ。そこだけは期待していてもらっていい」
と私が言うと、
「ほう…。君がそういうなら間違いないだろうね。君の舌は頼りになるからな」
と言って、リーファ先生も笑った。
「おほめに預かり光栄だ。しかし、その点でいうならリーファ先生には負けるさ」
私はまた冗談っぽく言って笑う。
しばらく2人で懐かしい話をしていると、そこへドーラさんがやってきた。
「失礼します、村長。この子たちもご紹介しないと、と思いまして連れてまいりましたよ」
そう言ってドーラさんは足元にいるうちのペットたちに微笑みながら、
「ほら、ご挨拶なさい」
と促す。
それを受けてルビーとサファイアは、
「きゃん!」
「にぃ!」
とリーファ先生に向かって鳴いた。
リーファ先生は少し驚いた顔をしている。
たぶん、私がペットを飼っているのに驚いているのだろう。
いや、2匹の体色が白いという珍しさに驚いたんだろうか?
私は、2匹を招きよせながら、
「ああ、そうそう。紹介しておかなければと思っていたんだった」
と言いつつ、2匹を抱き上げ、
「訳あって、うちのペットになった犬と猫だ。犬の方がサファイアで猫がルビー。こちらは私の学生時代の先生で、リーファ先生だ。…えっと、フルネームは何だったか?まぁ、いいか」
と言って、紹介した。
「きゃん!」
「にぃ!」
と2匹は元気よくまた鳴く。
(うん、相変わらずうちのペットは賢いな)
私がそう思って2匹を撫でてやっていると、なぜかリーファ先生の顔には緊張の色が浮かんでいた。
「ん?どうした?」
私が、
(いったいなんだ?)
と思いながら、リーファにそう聞くと、
「ん?え?いや…、えっと、ペットの犬と猫…か?」
と言って、リーファ先生はまだ驚いているような顔を私に向けてくる。
(…えっと)
と思って私が思案していると、
「あら、お茶がありませんわね。失礼いたしました。すぐにお替りをお持ちしましょう。あと、お気に召したのであればビワもいくつか剥いてまいりましょうか?」
とドーラさんが声をかけてきた。
「あ、ああ。そうだな。すまんがお願いする」
と頼むと、
「かしこまりました」
と言ってドーラさんは下がっていく。
そんなドーラさんを見送って私は、リーファ先生に、
「どうしたんだ?」
と聞いてみた。
「え?ああ、いや…」
と何とも歯切れの悪いリーファ先生の態度を見て、私は、「もしや」と思ってハッとする。
「あー…。もしかしたらという話なんだが、どちらも、飼い始めてもう2,3年経つのにあまり成長しないから、ひょっとすると魔獣なのか?」
と聞くと、リーファ先生は、
「あー…。なんというか、それは心配ないよ」
と言ってくれた。
その言葉に私は安心する。
実は密かに心配していたが、どうやら違ったらしい。
私が、ほっとしたような表情で、
「まぁ、ちょっと変わった色はしているが、どっちも可愛いうちのペットで、やたらと賢いが、一応は普通の犬と猫だ。そう緊張せず、普通に接してやってくれ」
とリーファ先生に頼んだ。
すると、リーファ先生は、何やらぼそっとつぶやく。
私にはよく聞き取れなかったから、
「ん?なんか言ったか?」
と聞くと、リーファ先生はやや慌てたような感じで、
「え?ああいや、かわいいなと思ってね…」
と言うと、ややひきつったような、戸惑ったような表情で笑った。
とりあえず、私は、
「…すまんな、理解してくれて助かる」
と答える。
リーファ先生はまだ驚いたような顔をしていたが、2匹の方を見て、
「…リーデルファルディ・エル・ファスト デボルシアニー…だ…。何卒よしなに頼む…」
そう言って、頭を下げた。
そんな様子に、私は、
(リーファ先生はペット慣れしていないのだろうか?…ああ、あまりにも可愛いものだから照れてしまったんだな)
と思うとなんだかおかしくなって、
「はっはっは。なんだ、そのかしこまった挨拶は。もしかして、ペット相手に緊張しているのか?」
と言って、笑う。
そんな言葉にリーファ先生は、
「あ、ああ、そうだな…。あまりにもかわいいものだから少し驚いてしまったよ。あははは…」
とぎこちなく笑った。
そんなこんなで、ペットの紹介も終わり、改めてドーラさんとズン爺さんを紹介する。
ズン爺さんに初めて会った時、リーファ先生は少し緊張しているようだったが、やはり、この人の只者ではなさそうな雰囲気はわかる人にはわかるものなのだろう。
しかし、あえて気が付かない風にしているのが、おそらく正解だ。
リーファ先生もそう思ったのか、あえて普通に挨拶をしていた。
そんなことがありながらも、とりあえずリーファ先生の荷物を部屋へ運び入れる。
荷物は結構な量があったが、それでも一部なのだそうだ。
とりあえず、必票そうなものだけ持ってきたらしい。
大半が研究の道具で、後から送ってもらうとのことだった。
リーファ先生は2階のやや広い私室。
横がちょうど納戸になっていて、その部屋からも出入りできるようになっている。
いわば、ウォークインクローゼットのような形だ。
元は使用人部屋としてしつらえられたのだろう。
それが荷物の多いリーファ先生にはちょうどよかったらしく、喜んで荷物を運び入れていた。
ちなみに、私室は全て2階に、客室は全て1階にある。
どちらも避暑地の別荘として作られたから、きらびやかな雰囲気はないが、客室の方はやや装飾が多い。
最初私はリーファ先生に1階の客室を勧めたが、
「なんだか貴族っぽくてあまり使い勝手が良さそうじゃないね」
という理由で断られた。
たしかに、実際の使い勝手で選ぶなら2階の私室になる。
私も当初そう思ったからその気持ちはよく理解できた。
その晩、リーファ先生を迎えての初めての夕食になる。
案の定リーファ先生が感動の声を上げた。
我が家の食卓ににぎやかさが加わる。
特に茸汁がお気に召したらしい。
あれは、万人を虜にする味だ。
リーファ先生曰く、魔素濃い地域の茸は、あっさりとした味ながらもうま味が豊富で、濃厚なコクを生み出すのだとか。
それに、醤油や酒の塩梅がいい。
良質な材料と料理人の腕。
鬼に金棒というやつだな、といって二人して笑いながら食った。