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第16話お嬢が村にやって来る07

それからバタバタの日々が始まる。

まずは、離れの改装。

これは大工のボーラさんが中心となって行ってくれた。

ボーラさんはおおよそ7年前、今私が住む村長屋敷の建設に携わった人で、村の住居や宿屋など、ほとんど全ての建設に携わっている。

本来貴族が住むとなれば他所からそれなりの建築家や専門の職人を呼んで事に当たらなければならないのだが、今回は急ぎのことでもあるし、邸宅ではなく療養施設だ。

華美な装飾よりも落ち着いて生活療養できる環境が良かろうという話になって、住宅建設が得意なボーラさんに依頼した。

この屋敷に住んで5年ほどになるが、本当にいい建物だ。

2階建てで、日本で例えるなら明治のころの洋館に近い感じだろうか。

木材が豊富なトーミ村だけあって、王都や辺境伯領の石造りの建物とは違い、木造だ。

十分な広さの玄関ホールもあるし、部屋数も私室が6、客室が4の合計10部屋もある。

それに食堂とリビング、応接室に風呂まであるから立派なものだ。

一人暮らしにはもったいないどころか、維持が大変でドーラさんやズン爺さんにはいつも苦労をかけている。

田舎の村長屋敷にしては、細かな部分の装飾も見事で、貴族が避暑地に建てるちょっとした別荘のようにも見える。

事実、長兄が避暑用にと私が赴任する数年前に建てたものだが、結局私が赴任することとなり1度しか使えなかったのだとか。

それに比べて離れは小さい。

しかし、この別荘を建てる時ついでに建てた客人用の建物だから、小さいながらもそれなりに充実している。

最初、私はこちらに住むつもりだったくらいだ。

外観は現在の村長屋敷とは色合いこそ違うが、それをそのまま小さくしたような建物で、間取りは客室が4部屋と現村長屋敷の半分ほどだ。

玄関ホールは狭いが、馬車寄せはあるし、リビングはサロンを兼ねた造りで日当たりも良い。

芝を生やした庭もある。

こちらはドーラさんとズン爺さんによって、それなりに手入れはされていたが、やはり療養所として使うにはそれなりの改修が必要だ。

各所に手すりをつけたり、使用人の行き来がしやすいような導線を考えたり、そういう細かなところを整えなければならないだろう。

そこまで手間のかかる改修ではないが、マルグレーテ嬢がいつ来ても良いように工事は急ピッチで進められた。

その間、私は備品の調達に奔走する。

そろえなければならないものは結構多くあった。

主に什器類だ。

男に比べて女性は物が多いと聞くが、なるほど貴族のご令嬢ともなると、それなりの量になる。

私は「何事も手分けして行った方が早く確実に終わるものだ」と考えて全てをコッツに全てを依頼するのではなく、一部を自分で直接エインズベル伯爵領へ買い付けに出かけた。

ちなみに、エインズベル伯爵領に行く際、伯爵には何の連絡もしていない。

貴族の礼は面倒くさく、私が領内に来るとなれば伯爵は私を歓待しなければならなくなるらしい。

貴族の見栄と礼というのはそんなものだ。

しかし、今はご令嬢の病で不安だろうし、別れを惜しむ時間も必要だろう。

聞くところによればエインズベル伯爵は要職にあって多忙を極めているとか。

そんな人の手をつまらないこと煩わせるのは申し訳ない。

それに、私も面倒事はごめんだ。

だから、こうするのがどちらにとっても良い。

そう考えて、私はあえて貴族流を捨てた。

そんな日々の中。

嬉しい報せが立て続けに舞い込んでくる。

まずは、王都の学院で指導教官だったリーファ先生からの手紙。

手紙には、

ぜひ伺おう。

診察のことは責任を持てないが、そこいらの医者よりマシな診察と処方ができるはずだ。

あと、トーミ村とその隣の森については、季節ごとの植生を観察したいから少なくとも1年くらいは滞在したい。

学院に許可をとらなければならないし、準備もあるから、少し先になるだろうが、許可は問題なくおりるはずだ。

いや、おろさせる。

ということが書いてあった。

リーファ先生は研究に関しては非常に几帳面だが、私生活では豪快なところがある。

何ともリーファ先生らしいと感じて懐かしく思った。

次は、辺境伯様からの書状だ。

要約すると、任せろと一言書いてある。

金に関しては心配ないということだ。

心強い。

さらに、エインズベル伯爵からは丁寧な礼状が届く。

そこには当家としても最大限の支援を約束する旨が記されていた。

ある程度確信はしていたが、どうやら当初の目論見通りに事が運んでいるようでほっとする。

私は急いで、それぞれへの礼状と、実家の子爵家に間に入ってもらうよう依頼の手紙を書いた。

忙しい日々はあっと言う間に過ぎていく。

季節はすっかり初夏。

もちろん、その間も村の仕事が無いわけではなく、田植えの時期の手伝いや、リンゴの花粉つけの手伝いもした。

もちろん、魔獣や獣の狩りもする必要がある。

春から夏にかけてはヤツらが活発に動く時期だし、交易の荷馬車の護衛もあるから冒険者の手が足りなくなる分働いた。

そんなある日の昼下がり。

私は役場で働いていると、農家のおっちゃんが、

「村長にお客さんでさぁ」

と伝えに来てくれたので、さっそく屋敷の門前まで迎えに出る。

すると、そこへ自分で馬車を操ってリーファ先生がやってきた。

「やぁやぁ、バン君。久しぶりだね。ちょっと見ない間にずいぶんとおっさんになったじゃないか?やっぱりヒトの老化は早いねぇ」

会って早々、そんな挨拶をされる。

私はそんな気軽な挨拶をしてくるリーファ先生に、

「いきなりご挨拶だな、リーファ先生。そっちも相変わらず元気そうでなによりだ。というか、ご長寿のエルフさんとヒトを比べんでくれ」

とこちらも気軽に挨拶を返した。

「はははっ。そう言われるとそうだね。まぁ年齢の話はその辺にしておこうか。一応私も敏感なお年頃だからね」

と言ってリーファ先生は「はははっ」と笑う。

実際にリーファ先生は20代前半くらいにしか見えないが、実際は100歳くらいではないだろうか?

正確には知らないが、エルフの成人は40歳だと言うし、私が学院で教えを乞うていた時にはすでに何十年か学院に在籍していて、古参の部類に入ると聞いていた。

そこから十数年が経っているのだからそんなものだろうと推測している。

私はそう考えながら、

「まぁとりあえず入ってくれ。何もない田舎だが、ちょうどビワの時期だ。さっき裏山でもいできたばかりだからきっと美味いぞ」

と言い、リーファ先生を屋敷の中へ招きいれた。

「おっ!そいつは楽しみだ。よく私の果物好きを覚えていたね。さっそくいただこう」

そう言って、ニコっと笑うと、いかにも少女っぽい表情が垣間見える。

とても100年ほど生きているとは思えないあどけなさだ。

そんなリーファ先生をリビングに案内すると、すかさずドーラさんがビワを持ってきてくれた。

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