いつものようにドーラさんの飯は美味い。
茸汁は醤油の香ばしさと茸のうま味が絶妙で胃が落ち着く味だ。
エベルダケとヌメタケあとはカシタケにホソジロタケが入っているだろうか。
香りづけの乾燥させた冬ミカンの皮がいいアクセントになっている。
上に添えられた三つ葉のような香りの他の子草の香りも爽やかでいい。
続いて、ヤナの塩焼きを一口。
これは、頭も骨も食えるから、手に持って腹側から豪快にかぶりつく。
皮目のパリっとした食感とふっくらとした身の食感の違いが心地よい。
味はややあっさりめだが、茸汁の濃厚さとの間で絶妙なバランスを保っている。
根菜とクックの煮物は筑前煮に似ているだろうか。
甘辛い醤油味が絶妙で飯をどんどん減らす。
箸が止まらない。
どれもこれも田舎料理だが、素朴かつ繊細な味がたまらなく美味いと感じた。
世の中の貴族連中はこういう味を知らないというのだから気の毒なものだ。
この世界の、比較的裕福な貴族や商人はナイフとフォークでフランス料理のようなものを食べている。
実家の子爵家はよく言えば清貧な気風だったから、そんな豪華な料理は滅多に出てこなかったが、それでもやはりナイフとフォークで米を食っていた。
それが悪いことだとまでは言わないが、やはり日本人としての記憶があるのが影響しているのか、箸で食う方がしっくりくるし、米を食うのは箸の方が断然便利だ。
冒険者をしていたころも、ほぼ全ての料理に対応できる箸の方が便利だという理由で愛用していた。
トーミ村のように米がよくとれる辺境の村では昔から箸を使っているそうだが、貴族の間では下品なものという認識がいまだに強いらしく、礼法の授業でもそう言われてナイフとフォークの使い方を学ばされた記憶がある。
(まったく、箸は王国北部庶民の偉大な発明だというのに…)
私はいつもそんな感想をひっそりと抱いていた。
それはともかく、焼き魚と茸汁、それに煮物で飯をかき込むのはこの村の村民にとってはごく自然な光景だ。
加えてドーラさんの作る飯は美味い。
お上品にちょこちょこ食うなんてどだい無理な話だ。
私が飯を2杯、アイザックは4杯も食い、茸汁もお替りして、ようやく食事が終わる。
「いやぁ、美味かった。ドーラさんご馳走様」
「おう、いつもながら美味かった。ご馳走さん」
私もアイザックもそれぞれ、ドーラさんに心から感謝を述べる。
ドーラさんは少し照れたような表情を一瞬だけ見せたが、すぐに落ち着いて、
「いえいえ、お粗末様でした。お茶にしますか?それともすぐお酒に?」
と、聞いてきた。
私は、アイザックにどうする?と言うような視線を送り、
「そうだな、アイザックはどうする?私はどっちでもかまわんぞ?」
と聞く。
すると、アイザックは、
「すぐに酒にしよう。面倒な話となれば、どうせ酔うほどには飲めんのだろう?ヤナの卵でもつまみながらちびちび飲もうや」
と言って酒を希望してきた。
「そうか、じゃぁ酒にしよう。…そうだなぁ、ヤナの卵に合わせるとなると…。ぬるく燗をつけた蕎麦酒なんてどうだ?」
蕎麦酒はぬるめに燗をつけると甘さが増して美味くなる。
「お!そいつぁいいな。そうしよう!」
そう言って、アイザックは目を輝かせた。
そんな様子に私は苦笑いしながら、
「じゃぁすまないがドーラさんリビングに移るからそっちに用意を頼む」
とドーラさんに頼む。
そして、
「かしこまりました。すぐにお持ちします」
微笑みながら、いったん食堂を辞すドーラさんに続いて、我々もリビングに移った。
酒の用意が整い、ドーラさんが去ると、さっそく話を切り出す。
「さっそくだが、ちょっと面倒なことになってな…」
私がそういうと、
「おいおい、待ってくれ。とりあえず飲ませろ。こんなにうまそうなヤナの卵と蕎麦酒が目の前にあって、お預けってのはない」
アイザックがそう言って話を遮った。
「ああ、すまん。…せっかちなお前にそんな注意をされるとは…。気がせいていたようだな。ともかく飲もう」
そう言うと互いの湯飲みに酒を注ぎあう。
そして、軽く
「「乾杯」」
と言うと、ゆっくりと湯飲みに口を付けた。
蕎麦酒というのはいわゆる蕎麦焼酎のことだが、村で農閑期に作っている庶民の酒だ。
華やかな香りと軽い口当たりがたまらない。
燗をつけてあるからだろう、いっそう香りが立ち、湯飲みに口を近づけた瞬間、ふわりと鼻腔を刺激してくる。
私は、燗をされて酒精の角が取れ、まろやかな口当たりになった蕎麦酒をひと口ちびりとやり今度はヤナの卵に箸を伸ばした。
ヤナの卵の塩漬けの見た目はやや粒の大きな数の子といったところだろうか。
コリっとした食感で、小さな卵の粒がプチっと口の中ではじける食感が小気味よい。
出汁は茸か何かだろうか?よくわからないが、うま味が利いている。
そして、そのうま味を引き立てるかのように上からコブシタケの粉末がほんの少しかけられていた。
コブシダケというのはトリュフのようなもので、都会では貴重なものらしいが、村ではけっこうとれるからそう贅沢なものでもない。
交易品でもあるが、村では家庭で普通に使われる薬味の一つで、それを香りが強くなりすぎない程度にふりかけているのがいい塩梅だ。
「こいつぁいいなぁ。うっかり酒がすすんじまいそうだよ」
「ああ、そうだな。しかし、飲み過ぎないでくれよ?あくまでも仕事の話をするんだからな」
私は、アイザックに同意しながらも一応仕事だと釘をさす。
仕事の話がなければもっとゆっくりと堪能したいのだが、残念だ。
ひと口ふた口と酒を飲み、落ち着いたところで私は再び話を戻した。
「で、仕事の話というのはだな…」
私がそう切り出すと、アイザックもまじめな表情で私の方を見る。
「まだ、数カ月ほど先の話だが、とある貴族のご令嬢をこの村であずかることになった。なんでもご病気の療養だそうだ」
と私が続けると、アイザックは、
「ほう。そいつはお気の毒だな。多分、貴族にしかわからん絡みもあるんだろうが、お前のことだ、そういう事情を汲んで引き受けたんだろう?いいぜ、ギルドとしてもそれなりに協力しよう。で、何をお望みなんだ?」
と気軽に引き受けてくれた。
普段はがさつなくせにこういうところは妙に理解が早い。
さすが、ギルドマスターの役についているだけのことはある。
「ああ、そのことなんだが。貴族のご令嬢をお預かりするとなるとそれなりに準備がいる。まずは療養していただく場所だ。幸いこの屋敷には離れがある。それなりに手を入れればなんとかなるだろう」
私がそう言うとアイザックは「まぁそうだな」という風に軽くうなずいた。
私は軽くうなずいてさらに続ける。
「次に、物資の調達だ。この村は普通に暮らす分にはなんの不自由も無いが、さすがに貴族のご令嬢には足りないものもあるだろう。それは、この間アレスの町に行ったとき、中等学校時代の幼馴染でコッツというやつに偶然会って話を付けてきた。今は独立してアレスの町で商会を営んでいるそうだからそいつに調達してもらう。ただ、知っての通り、アレスの町からこの村はでは冒険者ならともかく、荷物を運ぶ商人にはちょいと危険だ。それでその対策として、そのご令嬢が滞在している間、村が負担して護衛を雇うことにした。その人員の調整もお願いしたい」
私がそう言うとアイザックは、
「なるほど。で、どのくらいの期間そのご令嬢は滞在なさる見込みなんだ?」
と聞いてきた。
私はやや考え、
「それがわからん。ひょっとしたら数カ月かもしれないし、数年かそれ以上かもしれない。だがとりあえずは1,2年の間護衛の人員の手配を頼みたいと思っている。ご令嬢が早く回復したとしても村の物流の改善には役立つだろうし…。まぁ金銭面なら大丈夫だ。それはこちらでなんとかする」
と、現在の腹積もりを説明する。
すると、アイザックも何やら計算しているのだろう、しばし考え込むような仕草をしたが、
「わかった。冒険者はアレスの町から集めよう。足りなければ辺境伯領かも引っ張って来る。心配するな」
と言ってこちらも軽く請け負ってくれた。
「ありがとう。助かる」
私は素直に礼を述べ、軽く頭を下げる。
そんな私の殊勝な態度を見てアイザックは、ややため息を吐き、
「よせ。らしくねぇぞ。…なに、村のためにもギルドのためにもなることだ。気にするな。魔獣討伐がメインの中堅どころにはいい経験になるだろうし、まだ食えてない初心者にはいい小遣い稼ぎになる。損になることはないさ」
と言って、照れ隠しのようにわざと「はっはっはっ」と豪快に笑ってその話をしめた。