「ただいま。ズン爺さん」
屋敷に着くと、ちょうど玄関先で庭木の手入れをしていたズン爺さんに帰還の挨拶をする。
ズン爺さんの仕事は、庭仕事や薪割り、菜園や果樹園の世話、ちょっとした屋敷の修繕なんかの力仕事が主だ。
元は辺境伯様のお屋敷で今と同じように庭番をしていたそうだが、私が村長に就任した直後、実家経由で辺境伯様の側から手伝いにどうだろうか?と言われたのでそのまま雇った。
たぶん只者ではない。
だがあえて何も聞かないようにしている。
「ああ、こりゃぁ村長。お帰りなせぇませ。いかがでしたかい?久しぶりのご実家は」
とにこやかに答えるズン爺さんに、
「詳しくは後でちゃんと話すが、ちょっと面倒事を頼まれてしまった…。あ、あと塩と砂糖やなんかを買い付けてきたから、馬から降ろして納屋に入れておいてくれ」
と頼むと、ズン爺さんは、
「へぇ。かしこまりました」
と言って、気軽に応じてくれた。
「ありがとう。いつもすまん」
私がいつものように礼を言うと、ズン爺さんは、
「いいえ、どうってことはありゃしませんよ」
と言って笑ってくれる。
そんな会話をして玄関をくぐると今度はドーラさんが出迎えてくれた。
ドーラさんはいわゆる家政婦で、掃除洗濯、料理なんかをやってもらっている。
ドーラさんがうちに来てくれたのも、私がこの村に赴任してきた時だ。
当時は40代半ばくらいだったと思うが、病気で連れ合いを亡くし、ちょうど独り身になっていたらしい。
そんなとき、私の村長就任が決まったものだから、村の世話役が紹介してきて、うちで働いてもらうことになった。
なかなかできた人で手際はいいし、なにより料理が上手い。
田舎料理といえば田舎料理なのだろうが、これがなんとも言えず絶妙に美味い。
本当にいい人に来てもらえたと感謝している。
「おかえりなさいまし、村長。さっきズンさんとお話していたのがちらっと聞こえたんですが、なにやら大変だったようでございますねぇ」
と、何やら気づかわしげに言うドーラさんにも、先ほどズン爺さんに言ったように、
「ああ。まぁ詳しくは後で話すが、たぶんドーラさんにも手間をかけることになると思う。すまんが、そのつもりでいてくれ」
と話した。
「ええ。かまいませんとも。村長が気を遣ってくださるおかげでのんびりやらせてもらっていますから、多少のことならどうとでもなりますよ」
と言ってドーラさんは、何かもわからないまますんなりと引き受けてくれる。
(いつもながら、察しのいい人だ)
そう思って、私が、
「助かる。詳しい話はズン爺さんと一緒に聞いてもらうから、少し待っていてくれ。あぁ、あと夜にアイザックが来る予定だからやつの分も夕飯と軽いつまみを用意してもらえるか?」
と言うと、ドーラさんは、
「ええ。かしこまりました。ちょうど今朝方ズンさんが裏の沢で魚を取ってきてくださいましたから、塩焼きにでもしましょう。なかなか身の太ったいいヤナでしたから、きっと卵もたくさん抱えておりますよ」
と言って、微笑んでくれた。
ヤナというのは、ヤマメやマスに近い川魚で身はたんぱくで癖もない。
それに川魚特有の臭いも無いから村人も好んで食べている。
ただし、あまり量が取れないからたまのご馳走という位置づけだ。
「ほう。そいつは楽しみだ。アイザックのやつに出してやるにはちょっと惜しいが、まぁいいさ」
と、私が冗談半分にそう言うと、
「あらまぁ、村長ったら」
と言って、ドーラさんも笑う。
そんな会話をして、2階の自室に戻ると私はさっそく旅装を解いた。
「きゃん!」
「にぃ!」
と、おそらく「おかえり」という声がしたので、扉を開けてやる。
すると、ルビーとサファイアが部屋に入ってきて、私に甘えるようにすり寄ってきた。
私は、
「ただいま」
と声を掛け、撫でてやる。
ひとしきり撫で終わると私は、
「そうそう…」
と言って、まだその辺に置いてあった背嚢の中を探り、布の包みをいくつか取り出すと、中身を確認ながら、2匹の前に並べていった。
2匹へのお土産だ。
2匹は目をキラキラさせてそれらを見ている。
今にも飛びつきそうだ。
「はっはっは。そうがっつくな。ちゃんと順番にやるからな」
私がそう言うと、2匹はうずうずしながらもちゃんと「待て」の状態でおとなしく座った。
「はっはっは。よしよし、いい子だ。…まずはサファイアの分だな。えっと…まず、一つ目がボーフっていう牛型の魔獣の肉だ。たしか、食ったことはなかっただろう?」
そう言って、私はサファイアに木の皮で包んだ肉を見せる。
サファイアは今にも飛びつきそうに、ハァハァと舌を出して尻尾を振った。
よほど興奮しているのだろう。
私はそんなサファイアの頭を撫でながら少し落ち着かせてやる。
そして、肉の包みをいったん布袋にしまった。
サファイアが残念そうな顔をしているのが面白い。
「次は、この球だ。なんでも投げたり蹴ったりして遊ぶやつらしいが、けっこう丈夫な皮を使ってあるし、そこまで硬くもない」
と言って、私はこぶし大のそのボールを少し握ってフニフニと揉んでへこませたりしながらそれをサファイアに見せてやる。
「楽しそうだろう?」
私がそう言うと、サファイアは「早く遊びたい!」と言うように、
「きゃん!きゃん!」
とまた尻尾を激しく振りながら鳴いた。
「まぁまぁ落ち着け。今日はこれから、仕事もあるし。明日にでも遊んでやるから、今日はズン爺さんにでも遊んでもらってくれ」
と言いながら、肉と一緒の布袋に入れ、青い紐で口を縛る。
またサファイアは少し残念そうな顔をした。
我が家では青はサファイアの色、赤はルビーの色と決めて2匹それぞれのものがわかりやすいようにしている。
たとえば、ルビーのお気に入りの手ぬぐいには赤い糸が軽く縫い付けてあるし、サファイアのお気に入りの
だから、どちらへのお土産かがわかりやすいように青い紐と赤い紐を一緒に買ってきた。
「よし、次はルビーだな。まず一つ目は、ガーの肉だ。俺も食ったんだが、美味かったから帰り道に農家から直接買ってきた」
と言って、サファイアと同じように包みを開けて見せてやると、ルビーは「んにぃ!」と鳴き、かぶりつくような素ぶりを見せたので、私はあわててそれを引っ込め、
「おいおい、ちゃんと二人仲良く食べなきゃだめだぞ?それに、ドーラさんに調理してもらった方が美味いんだから、我慢だ」
と言ってルビーを窘める。
すると、少し反省したのだろうか?
それとも落ち込んだのだろうか?
ルビーは、そのどちらともとれるような表情で少しうつむくと、
「にぃ…」
と鳴いた。
そんなルビーの様子を見た、私は、
「よしよし、よく我慢できたな。偉いぞ」
といって慰めるように撫でてやる。
すると、ルビーは、
「にぃ!」
と鳴いて、
「うん。偉いでしょう!」
とでも言いたげに少し胸を張った。
「はっはっは。よし、じゃぁ次はこれだ」
私はそう言って、次に木彫りのおもちゃを取り出す。
ガーに似た形のやつだ。
鳥好きのルビーが気に入りそうだと思って買ってきた。
「本来は風呂なんかに浮かべて遊ぶやつらしい。まぁ、風呂でも、部屋の中でもどっちで使ってもいいだろう。どうだ?」
私がそう聞きながら目の前にそのおもちゃを差し出すと、ルビーは、
「にぃ!」
と鳴いて、テシテシとそのおもちゃを叩いた。
「はっはっは。そうか気に入ったか。でも、今は忙しいから、後でドーラさんと一緒に遊んでもらうといい」
私はそう言って、それも肉と同じ布袋に入れ、今度は赤い紐で口を縛ってやる。
すると、ちょうどよく、ドーラさんが手提げのついた桶にお湯を入れたものと、洗面器くらいの桶、茶器を乗せたカートを押して部屋へ入ってきた。
「ドーラさん。ありがとう、ちょうどよかった。今2匹に土産を渡していたところだ。それぞれ、肉とおもちゃが入っているからあとで食わせてやってくれ」
と言って私が2つの袋をドーラさんに渡す。
「あらまぁ、2人ともよかったわねぇ。せっかくのお土産ですもの、美味しくしてあげましょうね」
と言って、2匹の頭を撫でながら、私に
「今晩はアイザック様もいらっしゃいますし、この子達は私とズンさんで面倒を見ておきますから、どうぞごゆっくりなさってください」
と言ってくれた。
私はさっそくドーラさんが用意してくれお湯を使い、濡らした手ぬぐいでさっと顔を拭くと、桶に足を突っ込んで足を拭く。
たったそれだけなのに、かなりさっぱりした。
旅の疲れが解れるようだ。
「ありがとう。いつもすまん。あとは晩飯まで少し雑務をこなすから2匹のことを頼む」
私がそう礼を言いながらドーラさんに桶や手ぬぐいを渡す。
すると、ドーラさんは、
「かしこまりました。お茶はこちらにおいておきます。台所か裏庭にいるでしょうからなにかあったらお呼びつけください」
と言って手際よく茶を淹れてくれ、
「さぁ2人とも、お肉を焼いてあげますからね。一緒に行きましょうね」
といって2匹とともに階下へと降りて行った。