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第12話お嬢が村にやって来る03

鳥焼きというのは、ガーというガチョウに似た家禽に野菜を詰めて焼いた料理で、いってみればローストチキンのようなものだ。

給仕の女性が慣れた手つきで切り分けてくれる。

そのままでも味はついているが、もし足りない場合はこちらのソースをかけて、というような説明をすると、チャツネのような見た目で少しスパイシーな香りのするソースを置いていった。

「「乾杯!」」

そういって、さっそくエールを一口やる。

かなりいいエールだ。

高級店にも引けをとらない。

驚く私を後目に、コッツは鳥焼きを自分の皿にとりわけながら、

「作り方は秘伝らしいがな、このソースが美味いんだよ。何度食っても癖になる」

と、嬉しそうに言うので、よほどこの店に来ているのだろう。

私もさっそく一口食ってみた。

「っん!…こいつは美味い!」

思わずそういうと、目の前のコッツは「どうだ」と言わんばかりのしたり顔をこちらにむけてくる。

たしかに、そんな顔をしたくなるのも納得だ。

じっくりと焼かれた鳥の皮目は表面がカリッとしているが、そのすぐ下には脂身がほどよくあって、甘い。

身の弾力も筋張った感じがなくちょうどいい。

ガーは油の多い肉だ。

だから、調理方によっては脂っこくなりすぎるし、やや癖もあるから普通は香りの強い香辛料をつけて臭みを消す調理が一般的だ。

しかも火を入れすぎると身が硬くパサパサになってしまうから、とても扱いづらい。

しかしこれはどうだ。

さほど香辛料をたっぷりと使っているわけではなさそうなのに、肉には驚くほど癖が無い。

それどころか、うま味が私の知るガーとは比べ物にならない。

それに中に詰めた野菜がいい。

うまくガーの脂をまとって野菜本来の甘さが引き出されている。

中に入っている野菜は日本で言うところの玉ネギ、ズッキーニと…パプリカにジャガイモあとはハーブ、おそらくタイムかなにかだ。

ちなみにこの世界ではそれぞれ丸根、ズッキーニ、パプリカ、丸イモ、ターム呼ばれている。

実は私の知る日本とこの世界で、共通の呼び名の物がけっこうある。

これは私の推測だが、過去にも私と似たような境遇、つまり私の知る地球の知識を持った人間がいたのではなかろうか?

でないとこの現象は説明できない。

ちなみに、トマトはトマトだし、米は米。

私にしてみれば、変な感覚だ。

それはともかく。

なるほど、この丸イモがいいのだろう。

肉に包まれしっとりと蒸し焼きにされたうえに、ガーの脂をよく吸っている。

ホクホクなのにうま味が強い。

これは参った。

「これはたまらんなぁ…。これを食うためにこの店までやってくるくらいの価値はありそうだ」

私がそう言うと、コッツはさもうれしそうな顔で、

「このソースもつけてみろよ。また、味が変わって美味いぜ」

とそのソースを勧めてきた。

薦められるがまま、ソースをつける。

「…っ!」

これも驚いた。

野菜を長時間煮込んだのだろう。

もしかしたら果物も使っているのか?

優しくも深みのある甘さと主張しすぎないスパイスの香りがガーの濃厚な肉によく合う。

しかもほのかに酸味も感じられるから、先ほどまでの濃厚なガーの脂の甘みにさわやかさが加わっていくらでも食べられそうだ。

そしてそれが少し軽めのエールにも絶妙に合った。

「おいおい、こんな美味い物、王都の高級店でもなければ味わえんぞ…もしや、知る人ぞ知る隠れ家的な高級店ってわけじゃないだろうな?」

私は本当に驚きながコッツに視線を向ける。

しかし、コッツはまた得意げな顔で、

「いやいや、そりゃぁ、そんじょそこらの大衆酒場に比べればちょっとお高いがな。実はそれほどでもないんだよ。この鳥焼きだってこの一皿で銀貨4枚なんだぜ」

と嬉しそうにそう言った。

たしかに。

安くもないが、高級店というわけではない。

大ぶりのガーにたっぷりの野菜。

男性2人で食べてもこの一皿で十分腹を落ち着かせることができる量だ。

それが、日本の感覚でおおよそ4,000円。

コストパフォーマンスは高いと言わざるを得ない。

実家のある生まれ故郷に対して、しかもど田舎であるトーミ村に住んでいる私が言うのもおかしな話かもしれないが、

(よもやこんな田舎町にこんな美味い店があったとは…)

というのが正直な感想だ。

私は一介の冒険者だったが、それでも一応、王都や公爵領なんかのそれなりの店で飯を食ったことがある。

それに、冒険者として各地を周り、その地の美味いものもたくさん食べてきた。

いやはやしかし、世の中広い。

いや、灯台下暗し、と言った方がいいのだろうか?

まさかこんな身近にこんなにも美味い店があったとは。

恐れ入った。

ふと視線を感じて顔を上げると、コッツが先ほどにもましてしたり顔で私を見ている。

私は、

(まぁそういう顔をしたくなる気持ちもわかるがな…)

と思って苦笑した。

そんな驚きに満ちた食事を終えたあと、ついでと言ってはなんだがコッツの店までいって村への土産を注文し、夕方実家に届けてくれるよう頼む。

そして、その翌日の昼過ぎ、私はトーミ村への帰路に就いた。

途中、野営を挟んでさらに翌日。

村に着くと、

「村長、おかえりなさいせぇ」

と、畑を耕す村民から、すれ違いざまに挨拶をされる。

「おう、ただいま。なにか変わったことはなかったか?」

と私も気軽に答えると、

「いつもの通り平和なもんでさぁ。ああ、森の浅い所でイノシシが出たらしいんですがね。冒険者の…なんと言いましたかね?あの3人組が狩ってくれたらしいですぜ」

と言ってその村人は、はははと笑いながら近況を教えてくれた。

そんなのんきな会話を時々すれ違う村民としながら馬を進め、まずはギルドを訪ねる。

時間帯はちょうど昼過ぎ。

ギルドが一番平和な時間だ。

酒場は併設されていないから、用事もない冒険者が昼間からたむろしているなんてこともなく、ギルドの中は静かなものだった。

「サナさん、こんにちは」

ちょうど受付のカウンターにいたサナさんに声をかける。

彼女はギルドマスターの秘書的な役割もこなす受付嬢だ。

「村長。お帰りなさいませ。なにか急ぎのご用ですか?」

旅装を解いていない私の姿を見て、家によらず旅から帰るなり直接ここへやってきたということを悟ったのだろう。

なかなかに気の付く人だ。

「いや、急ぎってことはないんだが、ちょっとアイザックに話があってな。一回屋敷に戻って出直すのも面倒だから直接寄った」

と言って、私は急ぎではないと説明したが、

「さようでございましたか。今ギルドマスターは先日狩ったイノシシの解体を手伝っているかと思いますので、呼んで参りましょう」

と言ってサナさんはギルドマスターのアイザックを呼びに行こうとした。

そんな、彼女を私は制して、

「いや、仕事の手を止めるのは悪い。…そうだな、今夜にでも家に来て一杯やりながら話をしたいと伝えておいてくれないか?」

と言って、アイザックを晩飯に誘ってくれと頼む。

「かしこまりました。おそらく大丈夫でしょう。伝えておきます」

と言ってサナさんは軽くその伝言を請け負ってくれた。

「ああ。助かる。ところで、イノシシを狩ったっていうのはジミーたちか?」

と私が確認すると、サナさんは、

「はい」

と、いつもの様に淡々と答えてくれる。

「そうか。ギルドマスター直々にドン爺を手伝って解体してるってことはけっこうな大物だったのか?」

と私がなんとなく聞いてみると、サナさんは、

「そうですね…中型よりも少し大きい程度でしょうか?ドリトンさんの腰の調子がよくないとのことでしたので、暇そうなマスターに手伝わせております」

と事も無げにそう答えた。

ギルドマスターを暇人扱いしてコキ使えるのだから相変わらずすごい人だ。

たぶん怒らせてはいけない人だろう。

そんなことを思いながら、私は、

「そうか。じゃぁ、アイザックによろしく伝えておいてくれ。あと、ジミーたちにも礼を言っておいてもらえるか?いつもありがとうってな」

と伝えると、

「かしこまりました。伝えておきます」

と言って軽く頭を下げるサナさんに見送られつつ屋敷へと戻っていった。

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