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第11話お嬢が村にやって来る02

その日の晩、久しぶりに兄や兄嫁と食卓を囲む。

その席でせっかくだから2,3日ゆっくりしていけと言われ、翌々日の朝トーミ村へ向けて出発することとなった。

翌日。

私は朝から敷地内にある両親の墓参りをすると、さっそくアレスの町へ村への土産選びや交易品の売買をしに出掛ける。

土産と言っても生活必需品をいくらか仕入れて帰るだけだが流通事情の悪い辺境の村にとっては貴重な機会だ。

少しの間、町の様子を見ながら散策していると、中央から少し外れた露店が並ぶ通りで、辺境伯領の中等学院に通っていたころの幼馴染、コッツらしき人物を見かけた。

「おい、もしかしたらコッツじゃないか?」

私は、古着を売っている露店の主人と何やら話している男にそう声をかける。

すると、その男、コッツは、

「ん?…もしかしてバンか?いやぁ、懐かしいなぁ。…見事におっさんになりやがって」

と、一瞬ではわからなかったようだが、すぐに私だと気が付いてそう軽口を返してきた。

「懐かしいなぁ、今どうして…あぁ、そういやぁ、今はエデルシュタット男爵様だったか?まさかお前がお貴族様になろうとはなぁ…世も末だぜ」

とコッツは続けてそう言いながらガハハと笑う。

「いやはや、まったくその通りだ。面倒事が増えてかなわん。まぁ、村での生活はそれなりに楽しいがな」

と、そんな他愛も無い会話を交わしていると、

「どうだ?昼間だが、軽く一杯やりながら話をしないか?」

とコッツに誘われた。

「お!いいな。どこかいい店があるのか?」

少年時代にこの町を出た私にとって、この町に馴染みの飲み屋というのは無い。

「この近所に満月亭って店がある。普通の飯屋だが、昼から酒も出すし、なにより鳥焼きが美味い」

と言うコッツの誘いに乗り、

「ほう。それじゃぁそこにしよう」

と言って、さっそくその「満月亭」とやらに店を決める。

そして、3分ほど歩くとその店に到着した。

その満月亭という店は、路地裏にある小さな店だが、日本風に言えば、アンティークな雰囲気のちょっと小洒落た町のフレンチレストランといった佇まいの店で、こんな田舎町の大通りから離れたところにある店としてはかなり小奇麗な印象を受ける。

コッツは到着するなり、鳥焼きを一つとエールを二つ、どっちも一緒にもってきてくれと注文し、慣れた感じで店の奥の席へ座った。「いい店だな…。トーミ村ではまずお目にかかれん」

と私が自虐的に言うと、

「なぁに、トーミ村ならそのうち、こんな店ができるようになるさ」

とお世辞を言うコッツに、

「まぁ、そうだといいんだが」

と自嘲気味返す。

すると、コッツは、

「あの村は今この辺の商人にちょっと注目されてる。お前は村長なんだし、そんな話は聞いていないか?」

と意外なことを言ってきた。

「いや、たしかに昔と違ってたまに行商がくるようにはなったが、年に数回来るかどうかって感じだ。基本的にはこちらから取引に行っている。なんなら、私が直接取引に行っているくらいだ」

と言って、私は村の流通事情を話す。

すると、コッツは、わずかにため息を吐きながら、

「あの村の課題はそこなんだよなぁ…」

と残念そうな顔でそう言った。

話を聞いてみると、コッツは最近商人として独立したらしく、そのうち私を訪ねてトーミ村まで行こうと思っていたのだそうだ。

そんな折、ちょうど私と出会ったものだから、またとない機会だと思ったのだろう。

トーミ村の経済事情なんかを詳しく聞いてきた。

それをまとめると、コッツが商人として扱う品物は主に辺境伯領の砂糖やいくつかの香辛料だという。

その他にも扱おうと思えば王都や公爵領なんかにあるたいていの品は扱えるらしい。

ただし、貴族向けの高級品は仕入れられる量に制限があるから、大量にというのは難しいとのこと。

また、トーミ村の物産品もそれなりに捌くことが可能だという話だった。

村では砂糖や香辛料は無くもないが、割と貴重な品だ。

これまでは安定的に供給してくれる商人がなかなかいなかったが、もしコッツがトーミ村へ定期的に来てくれれば今よりずっと村の物資は充実するし、村の産物の流通量も増える。

私はそんなふうに考え、思い切ってコッツに村へ定期的に行商に来ないか?と誘ってみた。

「うーん…。実は俺もトーミ村への行商は考えているんだよ…。しかし、あのあたりは時々とはいえ、魔獣が出るだろ?その辺の対策が引っかかってなぁ…。まさか毎回護衛を雇っていたんじゃ採算が取りにくくなるし、いざというときに被る損失を考えたら二の足を踏む商人が多いのもうなずけるってもんさ」

コッツはそう言って難色を示す。

私がやはりダメだったか、と思っていると、コッツは意外にも、

「…なぁ、バン。なにか思いつかねぇか?その対策さえできれば、うちとしてもトーミ村との取引を独占できるから、独立したての新米にはけっこう美味しい話になるんだが…」

と真剣な表情でそう言ってきた。

たしかに、実家からトーミ村への道には時折だが、はぐれの狼辺りが出る。

ある程度で慣れた人間にはたいした脅威ではないが、武力を持たない商人にとってはそれなりに危険な相手だ。

では、護衛を付ければどうだろうか?

とも思うが、かかったコストと背負ったリスクの分だけトーミ村で利益を出せるとは思えない。

人口3~400人程度の村だ。

そこまでの利益は見込めない。

だから、現状では多くの商人が何かのついででなければわざわざ寄ってこないというのが現実だ。

私もそんな事情は薄々知ってはいたから、

「そうだな。そこが問題になっているのはなんとなくわかってはいる。街道でも整備すれば多少はましになるんだろうが、そんな金も無ければ人手も無い」

と言いつつも、こんな提案をしてみた。

「とりあえず、1、2年間くらい村の負担で冒険者の護衛をつけるってのはどうだ?実は、こちらにもいろいろ事情があってな…。ここ1,2年の間だけでも物資を充実させたい。特に嗜好品辺りが必要になる」

私はマルグレーテ嬢のことを念頭に置きながらコッツの目を見て話をする。

すると、話を聞いたコッツは、

「ほう、そいつは耳よりな情報だな。悪い話じゃない。まぁ、どんな事情があるかは、聞かないが、護衛の負担をそっちで持ってもらえるならこちらとしても商売になる」

と言って、いかにも商人らしい顔になった。

マルグレーテ嬢が住むとなれば、きっと田舎では手に入りにくい嗜好品の類も必要になってくるだろう。

なるべくなら不自由をさせたくない、という気持ちは本当だ。

しかし、私にはついでに村の流通事情を改善したいという目論見もある。

それに、おそらくそのくらいの費用は、伯爵がもってくれるだろうという腹づもりもあるからこその提案だ。

「まぁ、事情は聞かないでおいてくれ。お前を面倒事に巻き込みたくもない」

私がそういうとコッツは何かを察してくれたらしい。

「ああ。わかった。で、どうするよ?物によってはちと厳しいかもしれん。…例えば、ドレスや眼鏡なんかがそうだな。職人まで一緒に連れていかなきゃならん。そういうのは無理にしても、ある程度はなんとかなると思うぜ?」

と言うと、さっそくコッツは商人らしく具体的な話を切り出してきた。

「そうだな。おそらくあと数か月か半年は先のことになるだろう。こちらにもいろいろと準備があるし、費用の算段もつけなくちゃならない…」

私はそう言って今後の予定をなんとなく頭の中で立ててみる。

「そうか。ある程度のことがわかれば早めに教えてくれ。連絡は店にくれ。中央西通りのコッツ商会だ。よほど急ぎじゃなければ、ギルド便で十分だろう」

と言って、コッツは乗り気な態度を見せてくれた。

そんなコッツに向かって私は、

「そうだな。大まかなことが決まったらなるべく早めに連絡させてもらうよ」

と言って私が右手を差し出す。

そして、コッツがその手を握り返すと商談が成立した。

「はっはっは。まさか幼馴染と再会できただけじゃなく商談まで決まるとはな。まったく今日はいい日だぜ」

と言ってコッツが笑う。

「そうだな。私もよかった。村の流通の改善は長いこと課題として挙がっていたからな。まぁ、当面、そこ1,2年の間とはいえ目途が立ってよかった」

と、二人して笑顔でそんな話をしていると、お待ちかねの鳥焼きとエールがやってきた。

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