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第10話お嬢が村にやって来る01

私がそろそろ35歳、つまり村長就任5年が経った頃。

季節は春。

トーミ村は今日も平和で私は今日も執務所というか、村役場でのんびりと仕事をしている。

いつものように書類を決裁していると、そこへ、突然、実家から手紙が届いた。

さっそく読んでみるが「急いで来い」としか書かれていない。

(面倒事の臭いしかしないが…)

と思いつつも、私は仕方なく屋敷へ戻り荷物をまとめる。

そして翌日。

さっそく実家へと出発した。

実家までは馬でおよそ8時間。

急げば4、5時間の距離にある。

馬とおっさん一人の気楽な旅。

なるべく気負わずゆったりとした気持ちで進んでいると、やがて、エデル子爵領の領都…といっても、小さな町だが…アレスの町の門が見えてきた。

「懐かしいな…。もう5年以上経つのか…」

5年前に来たときは、男爵になるならないの時で、その準備やら話し合いのために2,3日滞在しただけだ。

ろくに町も見ていない。

感慨にふけりながら、門へ近づくと、門番の兵士が敬礼をしながら声をかけてきた。

「バン様お久ぶりでございます」

「…ん?」

一瞬、いや、誰だか全くわからなかった。

「えっと…」

私が戸惑っていると、

「いえ、覚えておられないのも無理はございません。小さいころに学問所でご一緒していたケニーです!」

と、その門番ことケニーはそういって嬉しそうにそう自己紹介する。

私は驚いて、

「えぇっ!ケニーってあの鼻水たらしてスカートめくりしてたあのケニーか?いやぁ、ずいぶんと立派になったなぁ…」

と思わず言ってしまった。

「ちょ、ちょっとバン様!そんなガキの頃のことを…。ともかく、子爵様よりバン様がお着きになり次第すぐに知らせるよう仰せつかっております。先ぶれを出しましたので、ご案内いたします」

と、ケニーは焦りながらも気を取り直して門番らしくそう言って案内を申し出てくる。

「え?いや、勝手知ったる実家だ。案内はいらんぞ?」

と私がそう言うと、

「ええ、存じ上げておりますが、これも門番兵の仕事なものですから、ご協力ください」

と言ってケニーは敬礼の姿勢を取った。

「ああ、そうだったな。まったく、これだから貴族ってのは面倒くさくていけない」

私が、本当に面倒くさそうに言うと、ケニーは、いかにもおかしそうに、

「はっはっは!相変わらずですね」

と言って笑ったが、すぐに表情を引き締め、

「おっと、ついつい懐かしさのあまり、男爵様に失礼な口をきいてしまいました。どうぞご容赦を」

と言ったが、ちょっと顔がニヤついている。

私も笑いながら

「おいおい、からかうのはよせ」

と言いうと、

「はははっ。さぁ、ともかく、お屋敷へまいりましょう」

と笑うケニーの後を付いて、領主館へと向かった。

20分ほどで実家に着く。

すると、玄関で兄の執事のアルフレッドが出迎えてくれた。

「お久しぶりでございます。バンドール様。早速ですが、アルバート様がお待ちです」

と言ってアルフレッドは私を控えの間へ通す。

私は簡単に旅装を解いて、さっそく兄、アルバート・エデル子爵の執務室へ向かった。

「やぁ、バン。久しぶりだな。元気だったか?」

そう挨拶をしてきたのは現在のエデル子爵家当主で、長兄のアルバート・エデル子爵。

私が、

「はい。息災にございます。エデル子爵様におかれましてもご健勝のご様子。なによりでございます」

と言って、一応、主家の当主である兄に、かしこまって挨拶をすると、

「おいおい、公式の場じゃないんだ。普通でいい」

と苦笑まじりにそう言われ、そのことを予想していた私はすぐにくだけて、

「…いやぁ、助かります、兄上。やっぱり私に貴族は向いていません。どうやってもお貴族様ごっこになってしまいます…」

と言って笑った。

すると兄は、

「まったく相変わらずだな。お前は、なんでもそつなくこなすくせに礼法だけはひどいものだった」

と言って苦笑する。

「ははは…」

私も苦笑いするよりほかなかった。

そんな私を見て、兄は半ば呆れたような、なんだか微笑ましいものを見るようなそんな表情を一瞬浮かべたが、すぐに本題に入って、

「バン、これからはそう気楽にしていられなくなるかもしれないぞ」

と私に真剣な目を向けてくる。

真剣な表情を浮かべる兄を見て、これはどうもかなり真剣な話らしいと思った私が、

「…と、言いますと?」

と真面目に先を促すと、兄は、軽くうなずき、

「ああ。トーミ村でさるご令嬢を預かってほしい」

と意外なことを口にした。

なんとも唐突な話に一瞬きょとんとしてしまったが、よくよく話を聞いてみると兄の真剣な表情の訳を納得した。

兄の話を要約すると、とある伯爵家のお嬢様が魔素欠乏症治療のための転地療養先を探しており、その療養先としてトーミ村を選んだということらしい。

魔素欠乏症は、日本人的な感覚でいえば、年々悪化する重度の貧血。

もしくはその昔、特効薬が開発される前の結核といってもいいかもしれない。

この病気は、この世界のだれもが持つ魔器という体の中に魔素を取り込み魔力へと変換する器官に異常があるため、魔素の薄い土地では年々命が危険にさらされていくという先天性の難病だ。

しかし、魔素の濃い地域ではまれに症状が改善することがあるらしく、その伯爵は最後の望みとして、魔素の濃い土地で転地療養をさせることにした。

そこで候補にあがったのが、辺境でも特に魔素が濃いトーミ村、というわけだ。

ちなみに、魔素が濃くても通常であれば、単に田舎の空気は澄んでいて美味いな、くらいにしか感じられない。

たしかに最近やや発展したトーミ村なら伯爵令嬢がお住まいになるのにふさわしいかどうかはともかく、比較的まともな生活ができるはずだ。

その上、魔素が濃く、のどかで平和だから療養先としてはまず及第点と言えるだろう。

療養施設は、村長屋敷の離れを少し改修すれば一応は事足りる。

おそらくそんな理由で選ばれたんだろう。

私は兄の話を聞き、何となくの事情を察した。

それに話を聞く限り、その伯爵もおそらく、半分以上は諦めている。

なにせ進行性の病気だ。

それならば、最期はせめて少しでも苦痛を和らげ、穏やかな生活を送らせてやりたいと思ったのかもしれない。

しかし、残念ながら自身の領内ではそれが叶わない。

だからこそ、最後の望みを懸けて転地療養を選択した。

そんな苦しくも切実な親心が容易に想像できる。

そういう気持ちがわかりながら、面倒だからいやだと言えるほど私は冷たい人間ではいられなかった。

「わかりました。お受けいたしましょう」

私は真剣な表情でひと言そう答える。

そして、兄上も、

「すまんが頼む」

とこちらも短くひと言そう言って軽く頭を下げた。

その礼を重く受け止めつつも、私は、

「で、そのご令嬢というのは?」

と聞く。

「ああ。引き受けてくれるのだから話してもいいだろう。…エインズベル伯爵家の3女マルグレーテ嬢だ」

と件のご令嬢の身分を明かしてくれた。

「なるほど」

どうやら兄はそのエインズベル伯爵への恩を返したいと思っているらしい。

ならばなおさらだ。

私もこれまでさんざん迷惑をかけてきた兄上に恩返しがしたい。

私はそう思って、ついでにというわけではないが、

「私の学院時代の指導教官で医薬学に精通されているリーファ先生という方がおられます。その先生が最近、うちの村近辺でとれる薬草に興味があるからそのうち訪れてじっくり研究してみたいと言っておられました。一応ダメ元でそのご令嬢の診察ができないか訊ねてみましょう」

と提案してみた。

私がそう言うと、

「ほう。それはありがたい。…実は、伯爵家の侍医もお手上げらしくてな。あとは転地療養くらいしか…ということらしい。そんなわけだから、あちらとしてもありがたがるだろう。ぜひお前から頼んでみてくれ」

と言って、常に冷静な兄上にしては珍しく喜びも現わにそう言った。

「わかりました。では早速一筆したためましょう。よい返事があればいいのですが…」

と言って私が、一応断られることもある、と暗に告げると、兄上は、

「いや、仮にだめでも構わん。私も彼女のことは小さい時から知っているしなんとかしてやりたい」

と言って顔を伏せる。

そう、こればっかりは難しい。

なにせ難病だ。

高名な医師や薬師でも歯が立たないのだから、いくらその世界で名の通ったリーファ先生でも受けてくれるかどうか。

そう思ったが、不思議なことに、なんの根拠もないが、私はなんとなく、悪いようにはならないだろうという感じがした。

そんなことを思いつつ兄の執務室を辞する。

そして、さっそくリーファ先生の懐かしい顔を思い浮かべながら一筆したためた。

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