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第9話村長、今度は猫を拾う05

サファイアは行きと同じで時折散歩させながらも、基本的には抱きかかえていく。

子猫はどうしようかと思ったが、手ぬぐいの端を結んで私の首にかけ、私の胸元に小さなハンモックを作ってやるような形で抱いていくことにした。

帰りは行きよりもやや早く、午前中には炭焼き小屋に着く。

「おーい。ベンさんはいるか?」

手近にいた職人にそう声をかけると、

「おや、村長。どうしなすったんで?」

と言って驚きつつも、いかにも気のいい青年といった雰囲気のその職人は炭焼き窯の横、木がたくさん積んであるほうへ近寄っていき、すぐにベンさんを呼んできてくれた。

私が、

「ベンさん。仕事中にすまん。ちょっと事情が変わってもう降りてきた」

と呼びかけると、ベンさんは、

「あれ、村長でないですかい?こりゃまたどうしたことです?」

と少しびっくりしたような顔をする。

私は何となくの事情を説明すると、胸元の布を少し開くとベンさんに子猫を見せた。

すると、子猫は布から少し顔をだし「にぃ?」と首をかしげる。

すると、ベンさんは、

「あんれまぁ…」

と言って、何と言っていいのかわからないというような表情で絶句した。

ひとしきり驚くと、ベンさんは、

「村長はよほどペットが好きなんですなぁ」

とちょっと的外れなことを言う。

私は、

「いやいや、そんなことはない。本当に偶然だったんだ…」

と、弁解し、続けて、

「…アウルのやつに襲われてけがをしていたところに偶然居合わせてな。放っておくのもなんだから、とりあえず家に連れて帰ることにしたん」

と言事情を再度説明した。

「まぁ…ともかく難儀な?ことで…」

ベンさんはまだ何と言っていいかわからないような表情で子猫を見ている。

「あぁ、それでその時仕留めたアウルの肉を持ってきた…」

と言って、私は背嚢の中から布に包んだ肉を取り出し、

「すまん、なにせ急な事態だったものだから、バッサリ斬ってしまって綺麗に肉が取れなかった。少し味気なくなったが、みんなで食ってくれ」

と言い、ベンさんに肉を渡した。

「ほう。こいつぁいい。ありがとうごぜぇます。村長。若いもんはきっと喜びまさぁ」

と言って、ベンさんは、「はっはっはっ」と笑う。

そんな簡単な会話をして、私たちはまた帰路に就いた。

ふと見ると、子猫はよく寝ている。

一瞬ケガが痛むのか?

とか、

体力が落ちて臥せっているのか?

とも思ったが時々「にぃ」と寝言のように鳴く声からは心地よさそうな感じが伝わってくるからおそらく大丈夫なのだろう。

私たちは急ぐでもなくかといってのんびりとでもなく歩を進めた。

途中の渓流で休憩がてら昼飯を食う。

すると、子猫は起きてきて、「にぃにぃ」鳴きながら飯を要求してきた。

まだ少し余っているアウルの肉をちぎって与える。

今回は生でよかったらしい。

飯を食うとまたすぐに眠りだした。

そのそばではサファイアがガジガジと干し肉をかじりながらも、時々子猫の方に目をやっている。

どうやら先輩気取りのようだ。

私はそんな2匹の微笑ましい様子を見ながらなんとなくそう思った。

森を出ると、馬を引き取り、預かっていてくれた農家のおっちゃんに礼を言う。

屋敷へはすぐに到着した。

玄関先で

「ただいま」

と声をかけると、

「あら、村長。ずいぶんとお早いお帰りで」

と言って、奥からドーラさんが出てきて出迎えてくれる。

「ああ、ただいま。ちょっと事情が変わってな。早めに帰ってきた」

そう言って、胸にぶら下げた布の中から子猫を取り出し、ドーラさんに見せた。

「あらあら…。まぁ、小さい猫ちゃんだこと…。えっと…」

といって、やや上目遣いに「いったいどうしたんですか?」というような表情でドーラさんは私を見てくる。

「…これがまた偶然なんだが…。森でカッパーアウルっていう魔獣に襲われてケガをしていたのをつい助けてしまってな…」

私は頭を掻きながらそう言い訳をした。

「まぁまぁ、村長はお優しいんですねぇ…」

そう言って、ドーラさんは微笑ましそうに子猫と私を交互に見て目を細める。

「いやいや、そんなことはない。まったく、自分でもなぜだかよくわからないんだが、なんとなく放っておけなくてな…。ズン爺さんやドーラさんには負担をかけてしまうかもしれないが、家においてやってくれるか?」

私は少し照れて早口にそう答えた。

「えぇえぇ。それはかまいませんとも。こんなにかわいらしいんですもの、無下になんてできませんよ…。たぶんズンさんもそういうんじゃないですかねぇ」

とドーラさんは指でこちょこちょと子猫の頭を撫でながら嬉しそうにそう言ってくれる。

そんなドーラさんに撫でられた子猫は「にぃ」と気持ちよさそうに鳴いた。

「あら?けがをしているんですか?」

どうやら、子猫に布が巻き付けてあるのに気が付いたようだ。

「ああ、今のところ元気だし、食事も普通に食べているようだから、問題ないとは思うがな。念のため、しばらくは傷薬を塗って安静にさせようかと思っている」

私が、軽いけがだが、念のためだと説明すると、ドーラさんはややほっとしたような表情を浮かべながらも、

「そうですか。でもこんなに小さいんですもの、ちょっとのことでも気を付けてあげないと…。そうでした、たしか果物かごがありましたから、それに布を何枚か敷いて寝かせてあげましょう」

と言って、ドーラさんはさっそく奥へそのかごやら布やらを取りに屋敷の中へと戻って行く。

私はそんな様子を微笑ましく眺めながら、とりあえず自室へと向かった。

しばらくしてリビングに入ると、ズン爺さんがやってきて、

「お帰りなさいまし、村長。なんでも、今度はニャン吉をお拾いなすったんですって?」

と、苦笑いで聞いてくる。

「ああ、そうなんだ。ズン爺さんにも迷惑をかけるけど、よろしく頼むよ」

私も苦笑いでそう答えると、ズン爺さんは、

「へぇへぇ、お安い御用でございますよ。しかしなんですなぁ…。このところ村長は妙に動物に好かれておりますねぇ。このままいくと、次は…鳥辺りですかいね?」

と言っていかにも愉快そうに笑った。

そのあと、また真っ白なんですねぇ。とか、エサはもう食えるんですかい?なんていう会話を交わしていると、ドーラさんがかごを持ってきてくれたのでそれに子猫を入れてやる。

子猫は最初、私たち3人と1匹がのぞき込んでいたりするのを不思議そうに見たり、かごの感触に慣れないのか、しばらくはもそもそと身じろぎしていたが、その内安心したのか疲れが出たのか、やがて、「にぃ…」と一声鳴いてスヤスヤと眠ってしまった。

「うふふっ。かわいらしいこと。明日からは1つ多くご飯を用意しなくちゃいけませんわね」

とドーラさんはそう言って、楽しそうに奥へと戻っていく。

「まったく…。これからはもっとにぎやかになるな」

私がそう言ってサファイアの方をみると、サファイアが、

「きゃん!」

と鳴いたので、私とズン爺さんは思わず笑ってしまった。

翌日、いつもの通り朝の稽古をして井戸端で顔を洗う。

そして、これまたいつもように勝手口をくぐってうちの中へと入った。

台所へ入った途端、トントンと何かを刻む音と、いい匂いがしている。

「おはようございます、村長。すぐにお仕度しますよ」

とドーラさんが微笑みながらそう言った。

「ありがとう。着替えてすぐに降りてくるよ」

私はそう言って、さっそく食堂へ向かう。

ドアを開けると、

「きゃん」

とサファイアが鳴いて出迎えてくれた。

どうやら「おはよう」と言っているらしい。

「おはよう。もうすぐ飯だぞ」

私がそう言うと、サファイアは「きゃん」とひと鳴きしてさっさ自分の席に着いた。

ここまで長い文章の意味をきちんと理解しているらしいのだから、賢いものだと感心しながら私もさっそく席に着く。

するとそこへ、ドーラさんがカートを押して食堂へと入って来た。

そこへズン爺さんも、

「おはようございます、村長。ニャン吉の様子はどうです?」

と言いながら食堂へ入ってくる。

飯はみんなで食うというのが我が家の決まり事だ。

普通、貴族家では主人と使用人が同じ食卓につくことなどありえないらしい。

だから最初はドーラさんもズン爺さんも別に食事をとっていた。

しかし、ここはしがない村長屋敷だ。

そんな格式ばった習慣はいらないだろうと思って、

「飯はみんなで食う方が美味い」

と私が高らかに宣言し、現在の形式に至っている。

「おはよう、ズン爺さん。そういえば、まだ様子は見ていなかったな…。ドーラさん、ちょっと子猫を連れてきてくれないか?」

「はい。さっきまでリビングでサファイアちゃんとじゃれておりましたから…あら、来ましたわ」

そう言って少し笑いながらドーラさんが食堂の入口辺りに目をやると、トテトテと2匹が食堂へ入ってきた。

「なんだ?もしかしてサファイアが起こしてきてくれたのか?」

私がそう言うと、サファイアは「きゃん!」と誇らしげに返事をする。

しかし、子猫は不満げに、

「にぃ!」

と鳴いた。

まるで「ちゃんと起きていた」と主張しているようだ。

なんとも微笑ましいものだ。

「そうかそうか。まぁちゃんと食事の時間に来られたんだ、どっちも偉いもんだ」

私はそう言って笑う。

2匹はなんとなく、ぶぜんとしたような表情をしていたが、やがてあきらめたのか、自分たちに用意された皿の前へ座った。

今日のメニューは人間が目玉焼きと柔らかいパン、それにトマトスープとお茶だ。

私の分だけ卵が一つ多く、炙ったベーコンがついている。

これは私が主人だから特別扱いされているのではなく、単によく食うからだ。

そして、お茶は薬草茶。

サファイアと子猫には干し肉を軽くふやかして卵と一緒に炒めたものと薬草茶が用意されている。

「じゃぁいただこうか」

 私がそういうと、人間は

「いただきます」

と言い、

サファイアは「きゃん」と鳴き食べ始めた。

子猫は何も言わずに食べ始めようとしたが、あわてたような感じで「にっ」と鳴いてから食べ始める。

どうやら食事の前には挨拶をするという食卓のルールを覚えたらしい。

こいつはこいつで賢いものだ。

そして、平和な朝食が終わり、それぞれがお茶をお替りしながら少しまったりとしていると、

「この子のお名前は決められたんですか?」

と、ドーラさんが聞いてきた。

(あ。完全に忘れていた)

そう思った私は、少し慌てたが、正直に、

「いや、まだだ。すまない、すっかり忘れていた」

と正直に事実を告げる。

「あら。それはちょっとひどうございますよ、村長」

と、ドーラさんが「めっ」と子供を叱るときのような顔をしてそう言った。

「いやぁ、申し訳ない…」

私は素直に謝り、それを見ていたズン爺さんが、

「あっはっは。こりゃぁよっぽどかわいい名前を付けてやらなきゃいけなくなっちまいましたねぇ」

と言って笑った。

たしかに、このまま適当にシロなんてつけたらドーラさんが怒ってしまうかもしれない。

私はあわてて考える。

「うーん…」

(サファイアの時は目の色からとったんだったよな…じゃぁこいつは目が赤いから…)

「ルビーなんてどうだろうか?」

けっこう安直だな、と思いながらも私はそう提案してみた。

「にぃ!」

皆が何か言う前に子猫が反応する。

「ほう?ニャン吉はお気に召したようですなぁ」

「えぇえぇ、なんだかうれしそうですわね」

と言ってズン爺さんもドーラさんも目を細めた。

私はまたどんな意味なのかを聞かれると思って少し構えていたが、どちらも、

「なんだか、かわいいけどおちゃめな感じの響きでこの子にピッタリですわね」

とか、

「へへっ。サファイアってのもお貴族のお嬢様って感じがしましたが、ルビーってのもそんな感じがしていいんじゃねぇんですかい?村長は名づけ上手でさぁねぇ」

と言って、気にしていない様子だったので、安心する。

2匹もそれぞれに、

「にぃ!」

「きゃん!」

と鳴いて「うん!」とか「でしょでしょ?」と言っているようだ。

どうやら気に入ってもらえたようでほっとした。

(しかし…)

と私はふと思う。

「いや、なにも考えずに印象だけでつけてしまったんだが…、2匹ともメスだったのか?」

私が何気なくそう聞くと、

「…村長、どっからどうみてもかわいらしい女の子ですわよ?」

とドーラさんがあきれたような顔で言い、

「あはははは!村長そりゃぁねえですよ!」

とズン爺さんが大笑いした。

(…結果良ければ全て良し)

私はそんな言葉を思い出して苦笑いする。

こうして私は無事に難関の名づけの儀を終え、正式に我が家に1匹の仲間が増えた。

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