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第7話村長、今度は猫を拾う03

しばらくして、私が手を引っ込め、子猫が出てくるのを待つ。

すると、フラフラしながらも子猫が岩の隙間から這い出してきた。

真っ白な体に血がにじんでいる。

傷はさして深くないようだが、小さな個体にとってはけっこうな負担だろう。

私は背嚢を降ろし、手ぬぐいと傷薬を取り出すと、胡坐をかいて、子猫を膝の上に乗せた。

子猫はじっとしていて動かない。

「ちょっとしみるかもしれないが、我慢しろよ?」

私がそういうと、

「にぃ…」

と子猫が、若干いやそうな感じで鳴いた。

(…おいおい。こいつも私の言っていることがわかるっていうのか?)

そう感じて、一瞬おどろいたが、今はそんなことを言っている場合ではない。

手ぬぐいを水筒の水で少し湿らせると子猫の傷口を軽くぬぐってやる。

「にぃっ!」

少し痛かったのだろう。子猫が強めに鳴いて少し身をよじった。

「すまん、すまん。もう少しで終わるからがんばってくれ」

私がそういうと、子猫は観念したような表情を見せて、目を瞑る。

そして、おずおずとだが、おとなしく傷口を私のほうに向けてくれた。

私は先ほどの手ぬぐいの汚れていない部分を選んで手早く裂き、そこへ傷薬を塗り込むと、きつくなりすぎない程度に力加減しながら子猫の体に巻き付けていく。

「どうだ?きつくないか?」

処置を施しているあいだ、たまに痛そうに顔をしかめることもあった子猫だが、私がそう聞くと、

「にぃ…」

と鳴いた。

まるで「大丈夫…」と言っているようだ。

よし、当面はこれで大丈夫だろう。

そう思った私は、子猫を片手に乗せると慎重に先ほど斬ったフクロウの下へと向かう。

「食うか?」

私がそう言うと

「…にぃ…」

と子猫が鳴いた。

…これはどういう感情なのだろうか?

よくわからなかったが、トテトテと私についてきたサファイアが、

「きゃん!」

と鳴いて、フクロウの肉を食いちぎり始めた。

「おいおい、そいつはお前の食料じゃないぞ?」

私がそう窘めるように言うと、

「きゃん!きゃん!」

とサファイアが抗議するように鳴く。

「…ん?もしかして、小さくちぎれってことか?」

私がようやく理解したようにそういうと、サファイアは、

「きゃん!」

と嬉しそうに鳴いた。

なるほど、どうやらそういうことだったらしい。

私は真っ二つになったフクロウの上半身、胸のあたりに剣鉈の刃を入れてまずは魔石を取り出す。

そして、ハツ…心臓の部分を小さく切って子猫の口元に持って行ってやった。

ペロペロ、はぐっ。

子猫はなんの躊躇も無く肉にかじりつく。

そして、

「にぃ!」

と嬉しそうに鳴いた。

「美味い!」と言っているのだろう。

「そうか、よかったな。たくさんあるんだ、ゆっくり食え」

私はそう言って、追加の肉をとってやる。

すると、子猫はまた嬉しそうに「にぃにぃ」鳴きながらはぐはぐと肉を食った。

このカッパーアウルという魔獣の魔石意外と小さい。

大人の小指の先ほどの大きさだ。

先日の熊の魔石が幼児のこぶし大ほどの大きさで深い青色をしているのに対して、こちらは赤い。

たまに装飾品や魔道具の飾りなんかにも使われることがあるらしいが、一般的にはちょっと長持ちする魔石、程度の認識だ。

ちなみに、フクロウ系の魔獣は肉がけっこう美味い。

あと、羽が丈夫で装飾品や衣服の飾りに向いているからという理由で良く狩りの対象になっている。

そんなことを考えていると、子猫が「にぃ…」とやや弱めに鳴いた。

見ると、「お腹一杯」というような表情で眠たげにしている。

(よかった)

傷もそんなに深くはないし、この分だとすぐに元気になるだろう。

そう思って、

「じゃぁ、今日はこの辺りで野営にするか」

とサファイアに言うと、

「きゃん!」

と鳴いて、賛成の意思を示してくれた。

いつの間にか眠ってしまった子猫を抱え上げると、野営の準備にとりかかる。

野営の準備といっても、さっき子猫が隠れていた岩と大木を利用して、簡単にタープを張る程度だ。

あとはその辺りから石と焚き付け用の小枝を少し集めてきて簡易かまどを作り、さっき炭焼きの連中に言って分けてもらっていた炭を少し置いて、上に小さな網を乗せるだけ。

あとは敷物を敷くくらいか。

簡単に準備を整えると、子猫を敷物の上に寝かせ、軽く手ぬぐいをかけてやった。

「サファイア、ちょっと子猫を見てやってくれ」

そういうと、サファイアが

「きゃん!」

と鳴いて、子猫の隣に座る。

(まったく、賢いにもほどがある)

そんなことを思って私は苦笑しつつ、先ほど斬ったカッパーアウルのそばへと向かった。

魔石とハツは採ったが、まだまだ食える部分は残っている。

胴体を真っ二つにしたおかげで使える羽の素材は少ないが、羽飾りのついた服なんて着ないから問題ない。

血抜きは完了しているようなものだったから、簡単に毛をむしって皮を剥ぎ、肉を取り出すと、あとは適当に埋めて処分した。

アウルの肉はなんとなく、シャモに似ている。

さて、どうやって食おうか?

少し迷いながらも、とりあえずサファイアはどうしたいのか聞いてみた。

「生がいいか?」

そう聞くと、サファイアは、

「くぅん…」

と力なさげに鳴く。

「ははは。じゃぁ軽くあぶってみよう」

と言うと、サファイアは、

「きゃん!」

と鳴いた。

喜んでいるようだ。

とりあえず、肉を軽くあぶって木の皿に乗せて出してやる。

すると、サファイアは時々はふはふしながらおいしそうに食べだした。

子猫は寝ているから、明日の朝、食わせればいいだろう。

そう思って、さっそく自分の分の晩飯の支度に取り掛かる。

「さて、どうするか…」

少し迷ったが、結局簡単に串焼きにすることにした。

胸のあたりは明日、子猫や炭焼きの連中への差し入れ用に取り分けてしまったから、モモや尻の部分を使う。

すこし大きめの一口大に切ってハーブを混ぜた塩を軽くもみ込んでから竹串にさしていった。

この竹串は食事用だけでなく、なにかと重宝するから、山歩きの時には必ず一束携行している。

1本の竹串に肉は5つ。

合計5本の串ができあがった。

炭火の周りに差し込んでじっくり炙ると次第に脂が滴り始め、パチパチという美味そうな音とともにいい匂いが漂ってくる。

私は頃合いを見計らって、串をくるりと回し、まんべんなく火を通していった。

その間に鍋に水をいれ、何種類かの茸を乾燥させて適当に混ぜ合わせたものとドライトマトをいれ、塩で味を調える。

そうこうしているうちにアウルの串が焼きあがった。

たまらない匂いだ。

我慢できずにさっそくかぶりつく。

当然だが熱い。

熱いがブリッとした弾力と中から溢れ出してくる脂のうま味がいい。

弓矢できれいに狩った状態だったら、ちゃんと我が家に持って帰って、丁寧に羽をむしったあと、肉の皮目に少し焼き目がつくくらいに鍋で焼き、骨をじっくり煮込んでとったスープと醤油で味つけしてから少しの唐辛子と、こちらの世界では私が来るまで臭い雑草として扱われていたニラを入れて鍋にでもするんだが、などと思いながらも今は目の前の串焼きに集中する。

時々スープをすすり、また串焼きにかぶりついた。

トマトと茸のうま味が合わさって絶妙な奥行が出たスープ。

硬い丸パンにスープをたっぷりと吸わせ、口に入れる。

噛んだ瞬間、スープのうま味がじゅわっと広がったところですかさず肉をかじった。

口の中に残ったトマトと茸のうま味に、今度は肉のうまみと脂が加わる。

スープが滲みたパンの柔らかい食感とアウル肉の弾力のある歯ごたえの対比もまた良い。

最初は別々に食って楽しんでいたが、そのうち、我慢できなくなって肉とパンをスープの中に入れ、パン粥のようにしてがっつくように食べた。

やがて、残念ながら皿の中が空になってしまう。

串焼き5本は少し多かったか?

とも思ったが、むしろ足りなかった。

「…もう少し、丁寧に斬ればよかったな…」

こちらが、やや不利な状況の命のやり取りで悠長にしていられなかったのだが、こうして食ってみるとそんな反省点を思いつく。

(私という人間は意外と食いしん坊なのかもしれない…)

そんなことを思いつつ、すっかり暗くなった空を見上げ、腹をさすりながら一息ついた。

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