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第6話村長、今度は猫を拾う02

そんな昼時が過ぎて、炭焼きの連中はそろそろ仕事に戻ろうかという時分になったので私も森の奥の方へと散策に出かける。

特に異常は感じられない。

ベンさんが言っていた通り、時折遠くに鹿を見かける程度だ。

2、3時間も歩いただろうか?そろそろ、陽が沈む前に野営場所を見つけた方がいいか?

と思って立ち止まり、辺りを見回した時、急にサファイアが、

「きゃん!きゃん!」

と大きな声で鳴いた。

たなんだか緊張した雰囲気に、私が、

「ん?どうした?」

と聞いてみる。

私も一応周りの気配を探ったが、特に異常はなさそうだ。

しかし、動物の感覚というものは人間よりもよほど優れているらしいから、もしかしたら私にはわからない何かをサファイアが察知したのかもしれない。

そう思って、私はもう一度サファイアを見つめた。

するとサファイアは、今度は私のズボンのすそを噛み、弱弱しい力ながらも一生懸命引っ張ろうとしている。

どうやら、引っ張る方向になにかあるから、こっちへ来いといっているようだ。

「よしよし、ついていくから案内してくれ」

私がそう言うと、サファイアはタタタッと何歩か駆け、こちらを振り向いて「きゃん」と鳴き、またタタタッと駆けだす、ということを何度か繰り返し私をどこかへと案内し始めた。

そんな風にしてしばらく、木立の中を進んでいく。

すると、大木の根元に大きな岩が張り出しているのが目に入ってきた。

岩の大きさは高さが3メートルほどだろうか。

ところどころ苔むしていて、地面にしっかりと埋まっている。

大木はその岩に根を這わせ、しっかりと抱き込むようにして生えていた。

幹回りは大人が3人くらいで抱えなければならないほどの太さだ。

サファイアはトテトテとその根元に向かっていくと、「きゃんきゃん」と吠える。

すると、その岩と根の隙間からなにやら声がしたような気がした。

サファイアと出会ったあの時と同じような状況を思い出す。

まさか、また何かの幼体がうずくまってでもいるんじゃないか?

そう思って、よく耳を澄ますと、はたして、今度こそはっきりと、鳴き声が聞こえた。

「にぃ…」

弱々しい鳴き声がする。

私の知る限り、この鳴き声に一番近い動物は猫だ。

「まさか、猫なのか?」

そう呟いて、岩の隙間をのぞき込もうとしたとき、背後にふと殺気を感じた。

反射的に体が動く。

すっと腰を落とすと同時に手を刀にやって振り向きざま、薙ぎ払うように振った。

「ギャッ!」

と言う鳴き声がする。

「ちっ」

感触はあったが、浅い。

背後でバサリという音がした。

鳥だ。

振り返ってみると、少し離れたところに大きなフクロウがいて、

「ギャギャッ!」

と、威嚇するように鳴いている。

どうやら私の刀が翼の一部を傷つけたらしい。

翼を広げると2メートルを少し超えそうな巨体が、痛そうにじたばたとしていた。

カッパーアウル。

厄介なヤツだ。

森になじむ薄茶色の体で音も気配もなく、上空から襲ってくる。

しかも、時々どういう理屈かはわからないが、一気に加速してくることもあるから余計に厄介な相手だ。

手負いで、地面にいるからと言って油断はできない。

そのするどい爪や嘴は脅威だ。

飛べない今が好機のように見えて、無造作に近づくと奇襲を掛けられてしまうだろう。

ヤツそんな狡猾さも持っている。

「ちっ!」

先ほどとは別の意味で舌打ちをした。

普通、こういう類の魔獣は遠くから弓なんかの飛び道具で仕留めるのが基本だ。

接近戦は効率が悪い。

もっとも避けなければならない戦法だと言われている。

それが刀一本で接近戦。

状況は最悪だ。

おそらく、猫と思しきものとうちのサファイアを狙っているのだろう。

なんとかするよりほかない。

そう思って私は間合いを計りながらじりじりヤツとの距離を詰めていった。

相手も警戒しているのか、油断なくこちらの様子をうかがってはいるもののむやみに飛ぼうとはしない。

このままどこかへ飛んで行ってくれればいいのだが、魔獣、特にこのカッパーアウルは一度狙いを定めた獲物をそう簡単にあきらめる奴じゃない。

隙あらば両方とも食ってやろうという雰囲気だ。

猫はともかく、サファイアを食わせるわけにはいかない。

ドーラさんが泣く。

慎重に間合いを詰めつつも、いつものように丹田に気を溜める。

…集中だ…。

自分にそう言い聞かせながら余計な考えを振り払った。

目の前の敵を斬る。

ただそれだけに集中した。

やがて、周りの音が聞こえなくなる。

さっきまでサファイアが「きゃんきゃん」と吠えていたような気がするが、今はまったく聞こえない。

私は風の流れ、空気のよどみのようなものを全身で感じ取ることだけに集中した。

目を閉じる。

目を閉じると同時に私の前方で一気に空気が揺れるような感覚が伝わってきた。

(来た!)

そう感じた瞬間、掬い上げるように刀を一閃する。

一瞬、カツンと何か硬いものにあたったような感覚があったが、その後、スッっと刃が滑るように抜けた。

残心を取ったままゆっくりと振り返る。

すると、そこには体を半分に斬られたカッパーアウルがいた。

「ふー…」

一息ついて、刀を拭い納める。

ヤツは素早い。

いちいち目で追っていたら追いつかず、逆に振り回されてしまっていただろう。

絶対にそのスピードを活かして、一気に勝負をつけに来る、という私の読みはどうやら当たったようだ。

私は、さっそく先ほどの岩へ近づき、しゃがみ込んで隙間を覗いてみた。

正体はやはり猫。

しかも小さい。

出会ったばかりのサファイアより、一回り小さいだろうか?

下手をしたら片手に載ってしまうほどの小ささだ。

そして、白い。

サファイアと同じだ。

ところどころに血がにじんでいるのが、ことさら痛々しく見える。

なるほど、あのフクロウから必死に逃げてなんとかこの岩陰に入り込んだが、身動きが取れなくなってしまったのだろう。

その岩と根の隙間は子猫だからこそ入りこめるような狭さだったから、フクロウはフクロウでどうしたものかと攻めあぐねていたところにサファイアと私がやってきた、というところか。

「えっと…。こいつを連れて帰れと?」

と私が、観念したような表情でそう言うと、サファイアは元気に「きゃん!」と鳴き、尻尾をぶんぶんと振った。

とりあえず、岩の隙間に向かって手というよりも指を伸ばしてみる。

噛みつかれるか?と思ったが、くすぐったい感触が伝わってきたので、おそらく舐められているのだろう。

サファイアの時と同じだ。

「…ははは…」

私はあきらめたようにそう笑って、子猫にこう言った。

「来るか?」と。

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