サファイアが家に来てからおおよそ半年。
季節はもう、秋も中頃。
村も我が家も一番忙しい時期を迎えている。
私も村の各所で収穫の状況を確認したり、備蓄の計算をしたりして、毎日忙しく働いていた。
村の主要産業は農業と林業、後は農閑期に行う竹細工や紙漉きなどの手工業だ。
農業の方は今年も順調に推移している。
炭焼きの連中の報告では林業も順調のようだが、一応現場を確認しておいた方がいいだろうと思い、私は差し入れがてら、炭焼きの連中に話を聞きに行くことにした。
その日の夕飯時、私は、
「明日あたり、炭焼きの連中の様子を見に行ってこようと思っているんだが、ついでに自分の目でも確かめておきたいから、ちょっと森を散策してくる。たぶん3、4日で戻るだろうが、留守は頼んだ」
と、ドーラさんにそう告げる。
「かしこまりました。炭焼きさんたちへのお土産はどうしましょう?ちょうどリンゴの砂糖漬けがありますから、それでよろしゅうございますかね?」
とドーラさんはおそらく甘い物に不自由しているだろう炭焼きの連中に事を思って、リンゴの砂糖漬けという村ではちょっとだけ高価な品を差し入れに持って行くことを提案してくれた。
「ああ。そうだな。頼む」
私たちがそんな会話をしていると、サファイアが私の足下にトテトテとやってきて、
「きゃん!」
と鳴いた。
なんとなく、「私も行く!」と言っているようだ。
「ん?なんだ、一緒に行きたいのか?」
私はどうしたものかと思ったが、よく考えてみればサファイアが我が家に来てから、森には行ってない。
(そろそろ体力も付いて来たし、たまには散歩もさせないと、体に良くないだろう)
そう思って私は、
「そうだな。一緒に行くか」
と言い、サファイアに笑いかける。
すると、サファイアはさも嬉しそうに、
「きゃん!」
と鳴いて私の周りをクルクルと回り始めた。
「良かったわね、サファイアちゃん」
そう言って、ドーラさんがサファイアを抱き上げて撫でる。
「あら。それじゃぁ、サファイアちゃんのごはんも用意しなくっちゃいけないわね。なにがいいかしら?いつものイノシシの干し肉でいい?あとおやつに骨もいるかしら?」
そう言うドーラさんに向かって、サファイアは、
「きゃん!」
と嬉しそうな声を上げた。
どうやらそれでいいらしい。
(まるで遠足に行く園児がお弁当の中身を教えられた時のようだな)
と妙な記憶が浮かぶ。
私はそんな2人を微笑ましく眺めながら、いつも飲んでいる薬草茶をひと口すすった。
翌日、朝早くに屋敷を出る。
炭焼きの連中がいるのは森の入口からほど近い尾根の中腹。
炭焼きの連中というのは林業従事者の通称で、炭焼きの他にも木の伐採や狩りなど、森に関する仕事をしてくれている、いわば森のプロだ。
森の浅いところのことは彼らが一番詳しい。
魔獣の兆候、獣の動き、茸の状態。
どれも村の冬支度にとって重要な情報だ。
そんな状況を確認することは村長にとって欠かせない。
今回はサファイアもいるから、森に近い集落までは馬で向かうことにした。
森の入り口で農家のおっちゃんに馬を預け、森に入ってからは、途中で少しサファイアを歩かせたり、渓流で休憩したりしながら進む。
そして、昼ごろ炭焼き小屋に着くと、そこには数人の炭焼きの連中がいて、ちょうど昼飯を広げているところだった。
「おーい、昼時にすまんな。どうだ、今年は?」
私はまず炭焼き連中の頭で年配のベンさんに声を掛ける。
するとベンさんは、
「こりゃぁ村長。ご苦労様でごぜぇます。まぁ、ぼちぼちといったところでさぁ」
と答えてくれた。
そのあと、少し森の様子について話をする。
ベンさんは、
炭の方は問題ないから、例年通りできるだろう。
茸はちょっと少な目で、特にスジタケは裏年らしいから、今年は採らない方がいい。
というような、今年の森の様子を事細かに教えてくれた。
「そうか…。じゃぁ、茸採りの連中には伝えておこう。特にスジタケは採るなってな。で、獣はどうだ?」
と今度は獣について聞いてみる。
ベンさん曰く、今年は鹿が多いらしい。
鹿が増えているということは、狼やら熊やらが森の奥から出てきていないということだ。
いいことではあるが、増えすぎると茸が被害を受ける。
私が、
(さて、どうするか…)
と思っていると、ベンさんは、
「伐採の合間にでも少し狩っておきやすよ」
と頼もしく言ってくれた。
私が、
「そいつはありがたい。言うまでもないが、魔獣にだけは気を付けてくれ。もし何か異常があれば遠慮なく知らせてほしい。もう少しすれば、冒険者の連中は村に来なくなるからな」
とベンさんにくれぐれも無理はしないように伝える。
すると、ベンさんは、
「へぇ、ありがとうございやす」
とややはにかみながらそう答えてくれた。
そんな風に、森についていろいろと聞きながら私たちも食事をとる。
私の昼はドーラさん特製の握り飯と煮しめに卵焼き。
いつものメニュー、いつもの味だが、妙に落ち着く。
サファイアは私の横でイノシシの干し肉を元気にガジガジやり始めた。
昼飯を食い終わると、炭焼きの連中にリンゴの砂糖漬けを差し入れてお茶にする。
すると、ベンさんは、おそらくずっと気になっていたのだろう、
「しかし、なんというか…、そのチビスケはいつからお飼いになってるんで?そのなんというか、珍しい色の犬ですな…」
と私にそう尋ねてきた。
「あぁ、そういえばベンさんは初めて見るんだったか。先にきちんと紹介すればよかったな…。実は半年くらい前に森で拾ってな。気まぐれでうちのペットにしたんだ。サファイアって名前をつけた」
私はそう言って簡単にサファイアを紹介する。
「へぇ。そうでやしたか」
とベンさんがうなずくのをみて、私は、
「あと、色のことはよくわからんが…、学生時代に読んだ本には、稀にこういう白色の個体が生まれることがあるらしい。野生の中では目立つ色だから、たぶんこいつは群れから追放されたんだろう。私が見つけたときはずいぶんと衰弱していたが、やっと最近になって外へ連れ出しても大丈夫なくらいに回復してきてな、今日は散歩がてら連れてきたんだ」
と簡単にこれまでの経緯を説明してやった。
皆、「へぇ」とか、「ほう」とか言って、うなずいている。
どうやら、皆私の説明に何の疑いも持たなかったらしい。
「まさかこの歳でペットを飼うことになるとはな…」
と言って私は横で干し肉をかじっていたサファイアを撫でてやりながらそう自嘲気味につぶやいた。
「いやぁ、しかし…。…まぁ、なんとも愛嬌のある顔立ちですし、性格もおとなしそうですから、きっと村の人気者になりますぜ?」
と言って、ベンさんも目を細める。
「ははは。まぁ実際、こいつは妙に賢いし、大人しいから噛みついたりはしないと思うが…。まぁ、これからもよろしく頼む」
私はそう言って、炭焼きの連中に改めてサファイアのことを頼んだ。