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第4話村長、犬を拾う02

私の差し出した手にその幼体は一瞬びくっとしたようだが、すぐになんとか起き上がると、ヨチヨチというよりもヨタヨタと必死に私の方へと歩み寄ってくる。

そして、私の手の所までやってくると、しきりに舐め始めた。

よほど警戒心が無いらしい。

幼体はまだ私の両手のひらで包み込めるほどの大きさで、抱き上げるとしきりに「くぅくぅ」と鳴いている。

ずいぶんと軽い。

衰弱しているのだろう。

(このまま死なせてしまうかもしれないな…)

そう思ったが、手元にミルクなどない。

私は少し考えてとりあえず、先ほど狩った熊の血でも飲ませてみるかと思いつき、来た道を戻っていった。

獣も人も、生命維持に必要な物は栄養と魔素だ。

子供のうちはまだ普通の食い物から効率よく魔素を取り込めないから、母親の乳を経由してそれを補給する。

この幼体の衰弱具合からいって、魔素が不足しているのだろう。

だったらそれを補給してやればいい。

そう思って私は、その幼体を先ほどの熊が横たわる場所へと連れていった。

幼体に、

「どうだ?」

という感じで熊を見せる。

すると、その幼体は熊に興味を示した。

私が胸元の部分を切り開くと、心臓の中に残っていたのであろう血液がドクリとあふれ出てしてくる。

そして、その部分に幼体を近づけてやると、一生懸命体を伸ばしながら、その幼体はペロリとその血を舐めた。

私がさらに幼体を心臓の近くへ寄せてやると、美味そうにペロペロと熊の血を舐め出す。

しばらくそうしてやっていると、最初はたどたどしく舐めていたのが、次第に勢いよく舐め始め、しまいには少しだが肉をかじり始めた。

(…ほう。こんなに小さいのにもう肉を食えるのか。普通の獣なら乳離するまで肉は食えないものだと思うが…。興味深いな)

私は少し感心して、それなら、好きなだけかじらせてやろうと思い、幼体を熊の上におろしてやる。

すると、幼体は一瞬私の方をみて、「ん?」というような感じで首を傾げたが、私が

「好きなだけ食え」

というと、

「きゃん!」

と吠えて、再び熊にかじりつき始めた。

私はそんな幼体の様子を興味深く見守る。

しかし、その様子を見ていて、

(この様子じゃもうしばらくは肉に夢中だろう)

そう思った私は背嚢を下ろし、そばに座り込むと、スキットルを取り出し村特産のアップルブランデーをクイッとやった。

「なにやってんだか…」

そう言って、ぼんやりと空を眺める。

しばらくそうしぼんやりしていると、いつの間にか幼体が私の側までやって来て、膝のあたりを「てしてし」と叩き始めた。

「ん?もう腹いっぱいなのか?」

私が、そう聞て抱き上げると、幼体は「くぁー」とあくびをする。

「まったく、のんきなもんだ。お前、さっきまで死にかけてたんだぞ?」

私はそういって、苦笑いするが、幼体は「くぅ」と小さな声で寝言のような鳴き声を発すると、そのまま眠ってしまった。

私はそんな様子にまた苦笑いしながら、

「さて、そろそろ行くか…」

と言って、立ち上がる。

そのまま帰ってしまおうかとも思ったが、熊の肉を少し追加で持って行くことにした。

こいつの餌だ。

熊型の魔獣は倒したが、ここは森の奥。

それもおそらくはさっきの個体よりもさらに大きな個体の縄張りの中だ。

しばらくは大丈夫だろうが、いつまでものんびりはしていられない。

しかも、予定より遅れている。

村の皆に心配をかけるのも悪い。

(帰ろう。いつもの平和なトーミ村へ)

私は心の中でそうつぶやくと、

(もうこれ以上、魔獣は出てくれるなよ)

と願いながら家路を急いだ。

熊の魔獣を倒し、この狼の幼体を拾ってから2日後の夕方、ようやく村に辿り着く。

屋敷の門をくぐると、庭先にいたズン爺さんが素早く屋敷に入っていき、すぐにドーラさんが駆け寄ってきて、無事を喜んでくれた。

気のせいでなければ少し涙ぐんでいるようにも見える。

「心配をかけてすまなかった。思ったよりも魔獣が多くて少してこずってしまった」

苦笑いをしながら私がそういうと、彼女は少し怒ったような、困ったような複雑な表情をして、

「ともかくご無事でようございました。で、その『わんちゃん』は…?」

と私の無事を喜びつつも、私が抱えている幼体を不思議そうに眺め、そう聞いてきた。

私は、

「ん?あぁ、森で拾ったんだ。群れから追放でもされたらしくてな。なんとなく気まぐれで連れてきてしまった」

と言って「あははは…」苦笑交じりに笑う。

すると、その幼体がまるで「よろしく」とでも言うように、

「きゃんっ!」

と鳴いた。

「まぁまぁ、それは…」

と、ドーラさんが驚いたような、心配そうな顔で幼体を見つめながらつぶやく。

すると、いつの間にか玄関先まで戻って来たズン爺さんが、

「へへっ。それじゃぁ犬小屋の一つでも建てましょうかいねぇ?」

と、幼体を興味深そうに眺めながらそう言った。

「あー…。とりあえず、まだ子供のうちは家の中で飼いたいんだが、大丈夫か?ずいぶん賢いし、性格もおとなしい方だとは思うんだが…」

と言って私がドーラさんのほうを見る。

すると、ドーラさんはニコニコと笑いながら、

「ええ。大丈夫ですよ。家の中では私も気をつけてみておりますし、どうしてもという時は紐でつないでおけば大丈夫でしょうから」

と言って受け入れてくれた。

しかし、

「きゃん!きゃん!」

と鳴いて幼体は何か不満そうにしている。

まるで、ちゃんとおりこうにできるもん!と主張しているかのようだ。

その姿がみんなの笑いを誘った。

「へへっ。確かに賢いようですなぁ。この様子なら大丈夫でしょうよ。ほれ、ワン公、おうちの中ではドーラさんの言うことをよく聞いておりこうにしているんだぞ?」

とズン爺さんが言うと

「きゃん!」

とまるで返事をするかのように幼体が鳴く。

(…まるで本当に会話をしているようだ…)

と私はなんとも不思議な感覚で幼体を見た。

私には、なぜだかわからないが、この幼体が、何を言っているのかなんとなく伝わってくる。

それに幼体も私たちの言うと事なんとなく理解しているようだ。

私は、幼体の賢さに感心し、同時に不思議に思う。

しかし、私は、

(…まぁ、賢くて困ることはない。あまり深く考えなくてもいいだろう。うん。そうだな。とりあえず、我が家にペットがやってきた。それだけのことだ)

と考えて、とりあえず気にしないことにした。

すると、そんな私に、ドーラさんが、

「ところで…、その子、お名前はなんと付けられたんですか?」

と聞いてくる。

私は、そう言えば何も考えていなかったなと思い、

「ん?あぁいや。そういえば、決めていなかったな…。やっぱり呼び名はあった方がいいか…」

と言うと、ドーラさんは、

「いつまでもワンちゃんと呼ぶわけにもいきませんからねぇ」

と、ややあきれたような苦笑いでそう言った。

しかし、私はペットに名付けなどしたことが無い。

さて、どうしたものかと困ってしまう。

そこで、

「そうだな…。ドーラさん、なにかいい名前は思いつくか?」

と聞いてみたが、ドーラさんから、

「それは、村長がお決めになった方がよろしいのではないですか?この子だって、最初に拾ってもらった村長に名をつけられたほうがきっと喜びますわよ?」

と言われてしまった。

「うーん…」

ますます困ってしまう。

これまでペットを飼った経験も記憶もない。

それに、自分のネーミングセンスがいいとも思えない。

(どうしたものか…)

本当に困りながらも、なにかいい案はないかと思って幼体の頭を軽く撫でてやりながらその顔をじっと見た。

すると、幼体は何かを期待するかのようなキラキラとした眼差しで私を見つめ返してくる。

その目を見て、ふと思った。

「…サファイアなんてどうだろうか?」

この幼体の目は深い青色をしている。

狼でこんな色の目をしている個体は見たことも聞いたこともない。

そんな誰しもがわかる特徴があるのだからそれにちなんだ名がいいのではないか?

そう思ってこの目の色に近い宝石の名を挙げてみた。

すると、

「あらまぁ!なんとも可愛らしいお名前ですね?それはどんな意味なんです?」

と、ドーラさんが聞いてくる。

私はその問いに少し詰まってしまった。

なぜなら、この世界にはサファイアなんて鉱石は無い。

もちろん近いものはあるが、別の名前だ。

私は焦って、

「あー…なんだったかな?昔読んだ文献にそんな言葉が出てきたんだ。意味も分からないし、何のことだったかも覚えていないんだが…。響きがきれいな言葉だったから妙に頭に残っていたのをふと思い出して、名前に使ってみたんだが…。どうだろうか?」

と、適当なことを言ってごまかした。

すると、それまでの会話を横で聞いていたズン爺さんが、

「いいんじゃありませんかい?なんだかお貴族様みたいな響きですが、たしかに綺麗な感じがしますし、不思議とこのワン公の雰囲気にも合ってるような気がいたしやすよ」

と言って賛成してくれる。

私が幼体の方を見ると、はっはっ!と舌を出して興奮したような面持ちで尻尾をブンブン振っていた。たぶん気に入ってくれたのだろう。

私は少し安心して、またその幼体ことをサファイアを撫でてやりながら、

「ようこそエデルシュタット家へ」

と歓迎の言葉を掛けてやった。

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