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67話 銀髪を持つ者

「ダビド、今回はヨアヒム殿下が救出してくれたからいいものの、そうでなかったらファビオラは飼い殺されていた。レオナルド殿下は神様から護るつもりだったのだろうが、あれでは虫かごの蝶と変わらない。そこにファビオラの意志も、自由もないんだ」


 トマスが一言一言、噛みしめるように伝える。

 ダビドはそのたびに頷き返した。


「全くもって、その通りだ」

「私はダビドにも、責任があると思う」

「もっと早く、レオを問い詰めればよかった」

「そうじゃない」


 断言したトマスは、ファビオラと同じ碧い瞳に、少しの悲哀を乗せた。


「ダビドが手本になってしまっているんだ。ずっと離宮で王妃殿下を、心無い者たちから匿っているだろう? レオナルド殿下は、それを真似たに過ぎない」

「っ……!」

「精神的に弱っている王妃殿下を、護りたい気持ちは分かる。だがその結果、王妃殿下はいつまでも社会から隔離され、公務もしない役立たずと陰口を言われ続けるんだ」


 王妃ペネロペを罵るのは、なにも王妹ブロッサだけではない。

 ダビドの前ではみんな、言わないだけだ。


「あの離宮は時間が止まったようだ、とパトリシアが言う。ラモナ殿下が亡くなったときから、何も変わらない、と。それでは駄目なんだ。時間が流れて状況が変わらないと、いつまでたっても哀しみの中だろう?」

「だが、世間は優しくない。またペネロペが、傷ついてしまう……」

「幼少期から何重にも護られて育ったせいで、王妃殿下は立ち直る経験を積めなかった。つらく悲しい出来事があったときは、誰かに支えられながら前を向くのだと、ダビドが隣で教えてあげればいい」


 トマスに諭され、ダビドの眦が潤む。


「今からでも、遅くないだろうか?」

「何かを始めるのに、遅いなんてことはない。思い立った日が、最適な日なんだ」


 箱入りだったペネロペには、悪意から遠ざけられた離宮での暮らしは、ラモナを失った哀しみこそあれ、ある程度は穏やかで幸せだったのかもしれない。

 しかし、しっかり自立しているファビオラにとって、意に反して行動を制限されるのは、苦痛でしかなかったはずだ。


(それが分からなかったのだろうな、王太子殿下は)


 ダビドとトマスの話を聞きながら、ヨアヒムはそう思った。


「ヨアヒム殿下は、何か望みはありますか? レオナルド殿下の態度に、思うところもあるでしょう」


 レオナルドの処罰について、トマスがヨアヒムへ話をふる。

 トマス自身は、ダビドへの訓告でもって、終わらせるつもりのようだ。

 ヨアヒムにしてみれば温いと思うが、すべてはファビオラが無事だったからこそ。

 これでファビオラに傷のひとつでもついていたら、トマスも容赦はしてしない。

 そしてヨアヒムは処罰とは別に、どうにも気になっていたことを聞いた。


「疑問があります。どうしてカーサス王国の神は、ファビオラ嬢を殺そうとするのですか?」


 レオナルドは、何度もそれを強調していた。

 多神教のヘルグレーン帝国には、残酷な神様もいるにはいるが、カーサス王国は一神教だ。

 唯一の神様がそれでは、信奉するのも躊躇われるだろう。


「そう思っているのはレオナルド殿下だけですが、事情があるのです」


 トマスがダビドを横目で見た。

 説明するには、繊細な内容を含む。

 それを言っていいものか、確認を取ったのだ。

 ダビドは自分の胸に手を置いて、ぽつりと呟く。


「……私が話そう。レオには、10歳の双子の妹がいた。名前はラモナ。ファビオラ嬢と同じ、銀色の髪だった」


 ダビドが昔話を始める。


「その日は天気がよくて、子どもたちは庭園にある池で遊んでいた。だが小さな舟に乗っているときに、思わぬ事故が起きた。ラモナと従妹のエバが、同時に水に落ちたんだ」


 思い出すたびに、鼻の奥がツンとする。


「エバはすぐに助け出された。ばたばたと手足を動かして、大きな水しぶきを上げていたから、護衛たちはそちらに集まってしまって――静かに沈んだラモナを見失った」


 それは人災ではないか、とヨアヒムは思う。


「大勢で池をさらって、水底からラモナを発見したときには、もう息をしていなかった。……まるで寝顔のようだったよ」


 ダビドがそこで、大きく深呼吸をした。

 心を落ち着けないと、声が震える。


「カーサス王国は、千年以上も昔に、神様の御使いの一族が建立した。その一族はみな、美しい銀髪の持ち主だったという。時代を経た今でも、神様に愛される証として、銀髪は貴いものとされている」


 ヨアヒムの視線が、ダビドとトマスの頭髪を往復する。

 二人とも白髪が混ざるが、見事な銀髪だ。


「グラナド侯爵家には、数代前に王女が降嫁している。トマスもファビオラ嬢も、先祖返りで銀髪なんだ。しかし、銀髪を持つ者の数は、年々少なくなっている」


 ふう、とダビドが溜め息を零す。


「だから神様は寂しがって、ラモナを手元に呼び寄せた。――レオはそう信じている」

「双子ということは、王太子殿下は当時10歳。溺れて助からなかった妹の死に、少年心が衝撃を受けたとしても、後から考えれば神業などではないと、分かりそうなものですが」


 思いがけず水中に沈んだとき、何が起きたのか理解できず、身動きをしない者がいる。

 そうした者は、普通に呼吸をしようとして水を飲み、そのまま静かに溺れていくのだ。

 逆に、今から水中に沈むと分かっている者は、溺れまいと必死に水をかく。

 ラモナとエバの違いは、それだろうとヨアヒムは考えた。


「護衛たちが証言するには、髪の色が池の中で目立たず……探すのに手間取ったそうだ」


 銀色のせい、ということか。

 それだけで神が連れて行ったと決めつけるのは、いささか乱暴だ。

 ファビオラを監禁したレオナルドは、もっと具体的な何かを避けていた気がする。

 ヨアヒムが首を傾げていると、ダビドが重々しく口を開いた。


「もしかしたら、レオは『知っている』のかもしれない。ファビオラ嬢の死に様を――」


 それにトマスが反応する。


「どういうことだ? 『知っている』のは、ファビオラだけではないのか?」


 ヨアヒムには、ダビドとトマスが、何について言い合っているのか分からない。

 だがそこに、レオナルドが懸念する、ファビオラの死の謎が含まれているらしい。


「王太子殿下の処罰について考える前に、それらを明らかにしませんか?」


 そう提案したヨアヒムを見て、二人は悩みだす。

 よほど言いたくないことなのか。


「そこから何か分かれば、ファビオラ嬢を護りやすくなると思ったのですが」


 あとひと押ししてみる。

 これにはトマスが、一理あると頷いた。


「これは家族だけの秘密だが……すでにダビドには明かした部分もあるし……それにヨアヒム殿下はファビオラと……ならば、もう家族も同然だろう」


 ぶつぶつと独り言を呟いた後、トマスが腹を決める。


「12歳のファビオラが見た、不思議な夢について話します。これは神様から啓示された、予知夢だったのではないかと――」


 そしてトマスは、19歳で人生の幕を下ろしたファビオラの夢を、かいつまんで説明した。


「だからファビオラは、レオナルド殿下やエバ嬢と、距離を取り続けたのです」


 トマスが話を締めくくる。

 黙って聞いていたダビドが、長く息を吐く。


「現実と重なる部分もあるな。レオはファビオラ嬢を監禁したし、エバはファビオラ嬢を襲った」


 ダビドの台詞に、ヨアヒムが眉をひそめた。


「エバという女性は、何者ですか? 先ほども、名前が出ていましたよね」

「私の妹ブロッサと宰相の娘だ。レオのひとつ年下で、ラモナの親友だった」


 ヨアヒムが顎に指をあてて考える。

 その仕草は、ウルスラにそっくりだった。


「今は何らかの刑罰を、受けているのでしょうか?」

「自宅で謹慎させている。城内に武器を持ち込み、それを悪用した咎で」


 影に命じて他の令嬢を襲わせたのは、影がしたことなので罪に問えない。

 だから、自ら手を下そうとした件だけの、処分ではある。


「ファビオラ嬢がヘルグレーン帝国へ帰るまで、その令嬢に監視をつけてもらうことは可能ですか?」

「それは可能だが……何か気になるのか?」

「今までの話を聞いていて、最も危険な人物だと判断しました」


 ヨアヒムがきっぱりと断言する。


「現在はもう、影とやらを使役できない状況のようですが、それでも警戒は怠りたくありません。ファビオラ嬢の見た、予知夢の内容が引っかかります」

「エバにロープで、首を絞められたという?」


 ダビドの質問に、ヨアヒムは首を横に振った。


「その令嬢は、人を殺すのは『二度目』と言いました。では『一度目』は、誰を殺したのでしょう?」


 会議室が静まり返った。


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