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37話 20歳になったら

「ファビオラ、大丈夫か?」

「顔色が悪いわよ」


 改まって話がしたい、と申し出たが、取っ掛かりが見つからない。

 言葉に詰まるファビオラを、トマスとパトリシアが気遣った。


「お姉さま、ゆっくりで大丈夫です」


 隣に座るアダンが、ファビオラの背をさする。

 どこかを切り取って話しても、うまく伝わらないだろう。

 ファビオラはそう判断して、事の始まりから話すことにした。


「12歳のときに、夢を見ました」


 大きく呼吸をして、静かに口火を切る。

 ようやく明かされるファビオラの事情に、家族は固唾を飲んだ。


「とても酷い夢で……私が19歳で死ぬまでの、人生を眺めているようでした」


 19歳、とパトリシアが小さく呟く。

 あまりに短い寿命に、驚きを隠せなかったようだ。


「私は神様から、予知夢を授かったんじゃないか。ああなってはいけないという、警告なんじゃないか。……そう思いました」

「それほどに、不思議な夢だったんだね?」


 トマスが促すように口をはさむ。

 ファビオラは、こくりと頷いた。


「普通の夢ならば、時間が経つにつれて、内容が朧げになっていきます。だけどこの予知夢は、いつだって鮮明に思い出せるんです」


 だからこそ、恐怖が薄れない。

 いつまでもレオナルドが嫌いで、エバが怖いのだ。


「予知夢の内容を話すことが、苦痛ならば――」


 止めてもいい、とトマスは言いかけた。

 だがファビオラは、首を横に振る。


「今とは、ずいぶん違うんです。だから話すのに抵抗はありません。ただし――みんなに信じてもらえるか、分からないけど」

「信じるわ! ファビオラの言うことですもの!」


 パトリシアが真っ先に賛同した。

 その隣でトマスが聞く姿勢になり、ファビオラの隣でアダンも頷く。


「じゃあ……長くなるけど、最初から話しますね。夢の始まりは、あの日の風景でした」


 そうして語られたファビオラの予知夢の内容に、一同の顔色は徐々に悪くなる。

 連座で絞首刑になったくだりなど、トマスの碧い瞳が憤怒に染まっていた。

 侍女のモニカと入れ替わり、生き残ったファビオラだったが、レオナルドに軟禁され身動きがとれない。

 パトリシアの弟である叔父リノは、ヘルグレーン帝国の侵略をうけ、エルゲラ辺境伯領を護るのにかかり切りとなる。

 濡れ衣を着せられたグラナド侯爵家の名誉を、誰も挽回できぬまま時間だけが流れた。

 そして19歳のファビオラが、エバの手にかかり凄絶な死を遂げると、長かった夢の幕が下りる。


 場はしんと静まり返った。


「あまりにも現実味があって、ただの夢だとは思えませんでした。迫る危機から身を護りなさい、と神様に言われたのだと信じ、私は予知夢の中の自分とは、違う行動を取るようにしたのです。そして――今があります」


 もしかしたら起きていたかもしれない未来として、誰もがファビオラの言葉を真摯に受け止めた。

 そんな中、最初に立ち直り、開口したのはトマスだった。


「王城の内部事情については、その通りだ。ファビオラの助言がなければ、夢と同じことが起きていても、おかしくなかった」

「お父さまが目を光らせてくれたおかげで、国庫からの横領はなくなったのですよね?」

「かなり厳しくしているから、今の監査をすり抜けるのは難しいだろう。しかし……それまでに横領しただろう金の使途が、いまだに分かっていない」


 金の動きを探ると言っていたが、思うような成果がないようだ。

 そんなトマスへ、閃いたパトリシアが尋ねる。


「お金は使うだけが道じゃないわ。その犯人は、貯め込んでいるのではないの?」

「貯め込むだけで使わないなんて、あり得るか? 何のために貯め込んでいるんだ?」

「お金そのものが、好きな人かもしれないわよ」

「……それは想定外だな」


 財務大臣のトマスにとって、金は有益になるよう動かすものだ。

 大罪を犯してまで貯め込むことに、意義が見い出せないのだろう。

 そこへアダンも挙手をして、意見を述べた。


「お父さまが調べられるのは、国内に限られると思うんです。万が一、国外で使われたら、不明なままですよね」

「カーサス王国の国庫から横領した金で、他国を富ませるというのか。それはもう横領の域を超えて、カーサス王国への逆心に当たるな」


 過去に横領された金の行方を、ああでもないこうでもないと話し合う。

 団欒には程遠い内容ではあるが、家族が結束して協力する姿に、ファビオラは温かいものを感じていた。

 なにより、ファビオラの話を荒唐無稽と片付けず、真剣に受け止めてくれたのが嬉しい。

 それを噛みしめていたせいで静かになったファビオラを、元気づけようと思ったのだろう。

 突然、パトリシアが立ち上がり、宣言した。


「ファビオラ、よく話してくれたわ。12歳からこれまで、一人で頑張っていたのね。今から私たちも味方よ!」

「今回の図書室の件も、影が絡んでいようが関係ない。私がダビドへ直々に、文句を言ってやる」

「お姉さま、もっとボクにも頼ってください。一緒に対策を考えましょう!」


 パトリシアに続いて、トマスとアダンも声を上げる。

 隠し事がなくなったファビオラは、心からの笑顔を返した。


「聞いてもらって、私も胸のつかえが取れました。横領の罪を着せられることなく、お父さまとお母さま、アダンにモニカの命が助かって本当によかった。あとは王太子殿下とアラーニャ公爵令嬢から逃げて、エルゲラ辺境伯領のあの町を護って、私が無事に20歳になったら――完全に、予知夢を覆したことになりますよね」

「そうよ! ファビオラの勝ちよ!」


 両拳を高々と振り上げるパトリシアは、完全に淑女ではない。

 だがトマスはその姿を、微笑ましげに見ている。

 そして、なぜかアダンが、その謎の勢いに乗った。


「お姉さま、ヨアヒム殿下についても、ここで話してしまいましょうよ!」


 唐突に出てきたヨアヒムの名前に、ファビオラの肩が跳ねる。

 トマスとパトリシアが、そんなファビオラに関心を向けた。


「ヨアヒム殿下というのは、ヘルグレーン帝国の第二皇子だね」

「あちらに滞在している間に、お知り合いになったの?」


 心配させるだろうと思って、『七色の夢商会』の小火騒動については、家族に詳しく話していない。

 その事件を通じて、少しだけヨアヒムとの距離が近づいたのだが、話すのはなんだか気恥ずかしかった。

 ファビオラがなかなか口を開かないので、アダンが解説を始めてしまう。


「レオナルド殿下から、お姉さまを護る良策があるんです。婚約者候補に指名されるより先に、誰かと婚約してしまえばいいんですよ。そして、ボクの一押しの相手が、ヨアヒム殿下なんです」

「ほほう……婚約ね」


 トマスの声が、一段階低くなる。

 そんなトマスの隣では、パトリシアがヨアヒムに興味津々だ。


「アダンはヨアヒム殿下の、どんなところがいいと思ったの?」

「身分の高さです。もし、レオナルド殿下が横やりを入れても、ヨアヒム殿下なら拒否できます。それに人柄が素晴らしいのです。『七色の夢商会』の副会長を、第一皇子のマティアス殿下の恫喝から、庇ったこともあるんですよ」


 アダンは自分がファビオラの旅に同行したとき、目撃した出来事を話す。


「ボクも皇位継承争いの噂は聞いていましたが、あの様子では、ヨアヒム殿下に軍配が上がるでしょう。おそらくそれを、民も理解しています。知らぬはマティアス殿下やその取り巻きたちばかり、という感じでした」

「垣間見ただけのアダンが、あっさり断じられるほど、二人の皇子たちには差がある訳か。……どうして皇帝陛下は、さっさと後継者を決定しないのだろうな?」


 それはファビオラも気になっていた。

 ヨアヒムの齢は19歳で、皇太子の指名を受けられる成人を過ぎている。

 トントンと指で膝を叩いていたトマスが、導き出した考えを披露する。


「昨年からマティアス殿下は、違法な私兵団を保有している可能性がある。もしかすると、皇帝陛下はそれを知っていて、わざと泳がせているのかもしれない」


 ヘルグレーン帝国において、赤公爵家と青公爵家の影響力は甚大だ。

 それぞれの家を後ろ盾にする二人の皇子のうち、どちらを皇太子に指名するのか。

 最大の権威を持つ皇帝さえも、両家の顔色を窺って、躊躇わずにはいられないのだろう。

 ファビオラは、トマスの意見に一理あると思った。


「つまり、第一皇子殿下が大きな失態をおかせば、誰もが納得する形で、第二皇子殿下を立太子できるということですね」


 『七色の夢商会』の経営を通じて、両家が飛ばす火花の熾烈さを、ファビオラは身をもって知っている。


「だとしたら、あまりにも皇帝陛下は罪深いな。そもそも皇位継承争いが起きたのは、これまでの慣習を無視したせいだし、ずるずると皇太子の指名を先延ばしするのは、両家の対立を長引かせているだけだ。……さては、叱ってくれる者がいないのか」


 トマスが大きな溜め息をついた。

 人の上に立つというのは、本人の才覚だけで成るものではない。

 周りを固める側近が集うかどうかも、重要だ。


「それを考慮すると、ヘルグレーン帝国の政治は、予想以上に安定していないですね」


 アダンが顔を曇らせる。

 果たして大切なファビオラを、そんな国へ預けていいものか。

 トマスとパトリシアも悩み始めた。

 ファビオラは慌てて擁護する。


「第二皇子殿下が治めるようになれば、落ち着くと思います。消防団を見事に総括していて、民からの信頼は篤いし、いつも隣には有能な側近がついていて、公務を精力的にこなしているんです。いずれカーサス王国とも、本当の友好国になれるはずです」


 三人の視線が、言い募るファビオラに集中する。

 じっと意味深に見つめられて、なんだか居心地の悪さを感じた。


「お父さま、お母さま、ご覧の通り、お姉さまは無自覚なんです。でも、ボクがヨアヒム殿下を奨める理由が、これで分かったでしょう?」

「なるほど……既に、か」

「ヨアヒム殿下について、ファビオラはよく知っているのねえ」


 したり顔のアダン、眉間に皺が寄ったトマス、ニコニコしているパトリシア。

 三者三様の表情をしている三人に対して、ファビオラは何と返答していいのか困るのだった。


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