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51話 招かれざる客

「ファビオラさま、19歳おめでとうございます」

「ありがとうございます」


 ファビオラはヘルグレーン帝国で誕生日を迎えた。

 遠慮したのだが、ウルスラとヨアヒムの主催で、生誕パーティが開かれることになる。

 今は出入口に立って、次々とやってくる招待客へ、挨拶をしているところだ。

 主役らしく、ドレスの色は髪と同じ銀、リボンに赤を使用して、ヨアヒムとの仲をアピールする。


「こじんまりしたものだから、緊張しなくていいわ」


 ウルスラにはそう言われたが、会場の広さや客数を見る限り、ウルスラのこじんまりとファビオラのそれが同じではないと分かる。

 あちこちにある暖炉では、客に肌寒さを感じさせないよう、惜しみなく赤色に燃える薪が焚かれていた。


「母上が少し、張り切ってしまったようだね。こちらの派閥に所属する貴族たちへ、ファビオラ嬢の顔見せをしておきたかったのだろう」


 隣にいてくれるヨアヒムが、戸惑っているファビオラを労う。


「よかったら、ポーリーナ嬢と話してきたら? 本格的にパーティが始まってしまうと、また挨拶の連続で抜け出せなくなる」


 休憩も兼ねて、ファビオラは後ろに下がらせてもらった。

 そして、飲み物を手に、壁際にいたポーリーナへ近づいて行く。


「今日は来ていただき、ありがとうございます」

「ファビオラさま、私の恰好、場違いじゃないですか?」


 おろおろしているポーリーナは、オレンジ色のドレスに身を包んでいる。

 それがキャンディのようで可愛らしい。

 もちろん赤公爵家とそれに連なる一族へ、配慮した色使いだった。


「大丈夫ですよ、とてもよくお似合いです」


 あれから、オーバリ子爵の借金を肩代わりしようとしたファビオラだったが、寸前でウルスラに止められた。

 軽率な判断の代償を、身をもって学ばせるべきだと言われたので、あちこちにあったオーバリ子爵の借金を買い取って、ファビオラの元に一本化してある。

 そしてファビオラの商科の知識と伝手を活かし、新たな事業をオーバリ子爵領で始めることにした。

 現在、オーバリ子爵は完済を目指して、粉骨砕身で働いている。


 ポーリーナが他の婚約者候補たちにいじめられていたのを、オーバリ子爵は知らなかったそうだ。

 つらい思いをさせて申し訳なかった、と泣いて謝ってくれたと、後からポーリーナに聞いた。

 身分差を理由に、婚約者候補を辞退したポーリーナは、ようやくしがらみから解放された。

 晴れ晴れとした気持ちで領地へ帰り、今日はファビオラの生誕パーティのため、久しぶりに登城してくれている。


「あの、大したものじゃないんですけど、プレゼントを贈りたくて……」


 照れて真っ赤になったポーリーナから手渡されたのは、小さな巾着に入った白いハンカチ。

 銀糸で縁取りがしてあるそれには、ほっぺの真っ赤な女の子の刺繍が施されていた。


「嬉しい! ポーリーナさまとお揃いね!」


 ファビオラはポーリーナに抱き着く。

 あれからポーリーナとは文通で親交を深め、オーバリ子爵家の領地内で、エルゲラ辺境伯領の乳製品の直販店を開くことが決まった。

 定番のミルクキャンディのほかに、オーバリ子爵領の特産品との、共同商品開発も行っていく。

 少しでもオーバリ子爵の借金が減るよう、ファビオラも相談役として協力する予定だ。


 ファビオラとポーリーナが話に花を咲かせていると、周囲が急にざわつき出した。

 何事だろうと振り返った先に、正装ではないマティアスの姿を見つける。

 ファビオラの隣で、ポーリーナが短く息を吸う音がした。

 今夜は、ヨアヒムの婚約者である、ファビオラのためのパーティだ。

 政敵のマティアスが、招待された客でないのは明らかだった。


「ポーリーナ、今なら許してやる。婚約者候補として、俺のもとへ戻って来い」


 ファビオラたちの側まで来ると、居丈高にマティアスが言い放つ。

 祝賀ムードだった会場に、喧騒をもたらしていることなどおかまいなしだ。

 ポーリーナの胸元を食い入るように見ているマティアスの前に、ファビオラは立ち塞がる。

 がたがたと震えているポーリーナを、護らなくてはならない。


「お前に用はない。どけ!」

「カーサス王国グラナド侯爵家のファビオラと申します。ごきげんよう」


 ファビオラが先に挨拶をしたので、様子をうかがっていた貴族たちがどよめく。

 ヘルグレーン帝国では、パーティなどで貴族の男女が相対した場合、身分に関わらず男性が先んじるのが挨拶のルールだ。

 それが守られないのは、男性側の礼儀作法がなっていない場合か、女性側がルールを知らない場合に限られる。

 ヘルグレーン帝国に来た当初は、ファビオラも知らなかった。

 だが、ヨアヒムの婚約者となり、ウルスラから皇子妃教育を受けている今、知らない訳がない。

 完全に、無礼なマティアスへの当てこすりだった。


「貴様! 俺が誰だか、知らないとは言わせないぞ!」


 マティアスはポーリーナにしか関心がないのか、ファビオラがヨアヒムの婚約者だとは気づいていないようだ。

 以前、『七色の夢商会』の店舗前で、ルビーに恫喝したように声を荒げる。

 その辺の淑やかな令嬢だったなら、この啖呵で恐れおののき、ひれ伏していただろう。

 しかし、ファビオラには耐性があるので、効果はいまひとつだ。


「ファビオラ嬢!」


 騒ぎの中心へ、ヨアヒムが駆け付けた。

 すぐにファビオラを背にかばおうとしたが、それをファビオラが断る。

 現れたヨアヒムを見て、マティアスがふんと鼻を鳴らした。


「なんだ、お前の女か? まるで教育がなってないな」


 ニヤつくマティアスに反論したのは、ずいと前に出たファビオラだった。


「そのまま、お言葉をお返ししますわ」

「なんだと!? 不敬罪で死にたいのか!?」

「事実を申し上げたまで、です」

「お前が俺の、何を知っているというのだ」


 先ほど、挨拶のルールを守らなかっただけでも十分だが、ファビオラはマティアスの不出来を付け加えることにした。


「『七色の夢商会』の商会長をしていた関係で、青公爵家へ訪問させていただきましたが……ご当主さまがどなたかを厳しくお叱りになっていて、お約束していた時間に面会ができませんでした」


 ファビオラが語り出すと、何事かと観衆が耳を澄ます。

 みんな青公爵家の話題に飢えているため、興味津々だ。

 『七色の夢商会』の名前に思い当たる節があるマティアスは、ぴくりと反応した。


「使用人の方から、ご当主さまが長々と説教をされているお相手は、公務をサボった第一皇子殿下だと聞きました。ですが……それ以降も相変わらず、ヨアヒムさまへ公務を押しつけていますよね?」


 指導を受けたのに、まるで成長していない。

 やれやれと首を振るファビオラが突きつけたのは、そういうことだった。

 とんだ醜聞に、カッとマティアスの顔が憤怒で赤らむ。

 今度こそ、ヨアヒムがファビオラを背にかばった。

 そしてマティアスの攻撃の的を、自分へと向けさせる。


「義兄上、出来ないのなら出来ないと、言ってください。父上に頼んで、仕事量を減らしてもらえばいいのです。わざわざ私の公務に紛れ込ませなくても、いくらでも引き受けますよ」

「図に乗って、偉そうに! 学校にすら行けなかったお前が、俺より仕事が出来るはずないだろう!」


 ヨアヒムが学校に行けなかったのは、青公爵家による暗殺のおそれがあったからだ。

 それを知る赤公爵家とそれに連なる一族が、マティアスの言い分に眦を吊り上げた。

 会場の空気が、一気に殺伐としたものになる。

 肌でそれを感じたマティアスが、じり、と後ずさった。

 いつもは多くの取り巻きを連れているが、今日はパーティへ潜り込むため、たった一人で来たのが運の尽きだ。


「いつまでも、生きていられると思うなよ!」


 マティアスは最後に虚勢を張ると、ダッと走って逃げた。

 ファビオラはすぐにポーリーナを抱き締める。

 きっと気が気じゃなかっただろう。

 すでに震えは治まっていたが、まだ顔色が青い。

 近くの椅子へ座らせると、給仕が飲み物を持ってきた。


「怖い目に合わせてしまったわ。ごめんなさいね」

「私より……ファビオラさまです!」

「全くもって、ポーリーナ嬢の言う通りだ」


 ポーリーナだけでなく、背後からヨアヒムにまでたしなめられた。


「あんなに義兄上を煽って、殴られでもしたらどうするんだ」

「そうですよ! マティアスさまは女性にだって手を上げる人です」

「もっとファビオラ嬢は、自分の身の安全に気を配って欲しい」

「ファビオラさまが立ち向かっていって、余計に血の気が引きましたわ!」


 二人に交互に怒られ、ファビオラが項垂れていると、いつのまにか周りを人々に取り囲まれていた。


「なかなかどうして、威勢のいいお嬢さまだ」

「さすがヨアヒムさまの婚約者ね」

「完膚なきまでに叩きのめされて、あちらさんは悔しいだろうね」

「言われっ放しじゃないところが、気に入った!」


 パチパチと拍手喝采を贈られ、ファビオラは思いがけず、第二皇子派の貴族たちから称賛される。

 そこへ、ウルスラが颯爽とやってきた。


「皆さま、このパーティでヨアヒムの婚約者を大々的に紹介しようと思っていましたが、その前によい余興があったようですね」

「まさか母上、こうなるのを企んだのですか?」

「私はマティアスが忍び込むのを、見逃しただけよ。こうしてファビオラさんが認められたのは、彼女の実力だわ」


 いけしゃあしゃあと宣うウルスラに、ヨアヒムがぐしゃりと髪をかきあげる。


「ウルスラさまは策士ですなあ!」

「第一皇子すらも、舞台の駒にしてしまうなんて」

「素晴らしい余興でしたわ」

「ファビオラ嬢を得て、第二皇子派はますます活気づきますね」


 歓声に沸く場とは正反対に、ヨアヒムの表情が強張っていたのがファビオラは気になる。

 しかし、主賓として出迎えに戻らねばならず、その意味を問えないままとなった。


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