「……はぁ」
翌日の学校で、俺はひたすら窓の外を眺めて、ため息ばかりついていた。
全てが虚無に包まれていると感じた。
――美里花との関係が終わってしまった。
その事実は、1日やそこらで受け入れるにはあまりに酷なものだった。
美里花……美里花……美里花……
未練の渦の中で翻弄されるがままの俺の心は、濁流に呑まれたように闇の中に消えていった。
俺は、クリアファイルに保管している美里花から貰ったルーズリーフを取り出す。
ペンギンの少年と少女が、水族館を訪れました
少女は、水族館に行くのは初めてで、少年にはしゃいだ様子を見せています
二人はとてとてと可愛らしく並んで歩きながら、水族館の生き物たちを見ていきます
――ああ。つい先日の事なのに、二人ではしゃいでいたのがもう遠い過去のように感じる。
ねぇ、あれはなに?
あれはくらげ。ふわっと海に浮いている、のんびり屋さんの生き物さ
ねぇ、あれはなに?
あれはうつぼ。いつも穴に潜んでいる、鋭い目つきのハンターさ
――美里花は、くらげにも、うつぼにも、まるで5歳の少女が初めて存在を知った時のような、新鮮な驚きを見せてくれていた。
少年は水の生き物にも詳しく、ペンギンの少女に一つ一つ、優しく教えてくれます
少女は、そんなペンギンの少年の横顔を見つめます
少年は、凛々しい瞳を知的に輝かせながら
優しく包み込むような目つきで
自分の事を見つめてくれていました
少女は少年の事をもっと知りたいと思いました
――美里花。俺の事を、お前はまだ全然知らないよ。
――もっと知ってほしい事が、いっぱいあったんだけどな。
――なぁ、美里花?
ねぇ、あなたはなに?
そういうと、ペンギンの少年は、困ったようにしながらこういいました
俺はペンギンの少年。ペンギンの少女をいつでも優しく見守っている、キミだけの王子様さ
――そうさ、俺は王子様になりたかったんだ。
――お前だけの王子様に、なりたかったんだよ。美里花……
それからペンギンの少年は、こう問いかけ返します。
ねぇ、あなたはなに?
ペンギンの少女は、嬉しさを隠すようにしながらこういいました
わたしはペンギンの少女。ペンギンの少年の事が大好きな、あなただけのお嫁さんです
――あぁあああああああああああああ……!
……発狂するかと思った。
美里花――
お前はどうして――
どうしてなんだよ――
俺の事が、好きなんじゃなかったのか?
あなただけのお嫁さん、なんて書いておいて、振るんじゃねぇよ。
美里花――
なぁ、美里花――
結局、その日も次の日の金曜日も、俺は茫然自失といった感じのまま、日々を過ごした。
休日も、家に引きこもって、小説などを読んでみるが、まるで内容が頭に入ってこない。
結局、俺は美里花のルーズリーフを取り出しては読み耽り、醜く未練を嘆くのだった。
*****
美里花の家に行ってから、1週間と少しが経った。
今日は金曜日で、明日は休日だが、喜びは一切なかった。
俺は相変わらず諦観と絶望の中にあって、徐々に迫りくる中間テストの対策も、何も行っていなかった。
――あいつは、勉強とかちゃんとやってんのかな。頭とか良さそうだし、意外といけるのかな。
気が付くと美里花の事ばかりを考えてしまう。
家に帰ってからも、虚無の中で、しばらく何もせず時間を過ごす。
ただ、ベッドに横になって、天井を眺めていた。
――いい加減、何かしないと。せめて、テスト勉強くらいは……
そう思いだしたものの、身体は動かない。
そんな時だった。
携帯が、一つの着信を知らせた。
幽鬼が腕を伸ばすような動作で携帯を手に取る。
そこには、美里花からメッセージが来ていた。
「……!」
急いで内容を確認する。
「月也へ。家に来てほしい。もう限界」
途端、燃え上がるように美里花への感情が奔流するのを感じた。
「……なんなんだ、こいつは本当に!」
言いたい事は山ほどあった。
――自分勝手を責めたかった。
――情報不足を責めたかった。
――どう考えても心配の掛け過ぎだった。
――頼むから死のうとしないでくれ……
だが、それ以上に、俺は希望が再び輝きだすのを感じてしまっていた。
――美里花は、まだ俺の事を必要としてくれている……!
その事実は、死にかけていた俺の心を復活させるのに、十分すぎるものだった。
「……ああ、ちくしょう!」
俺は急いで私服に着替えると、鞄を掴んで階段を駆け下り、玄関から飛び出す。
そのまま自転車に乗って、全速力で美里花の家に向かった。
到着した美里花の家は、相変わらず超高級そうな感じで気後れするが、思い切ってその目の前に自転車を止め、俺はインターホンを鳴らした。
「……良かった。来てくれたんだ。良かった……入って」
美里花のその言葉だけで、砂漠のように乾いた俺の心が、凄い勢いで潤っていくのを感じる。
そうか。「良かった」か。
――俺が来る事は、美里花にとって、まだ嬉しい事なんだ。
その事実が、さらに俺を勇気づけ、その勢いのまま美里花の家の扉を大きく開けた。
玄関に靴を揃えて置き、階段を上がって2階の美里花の部屋へと辿り着く。
一度深呼吸してから、そっとその扉を開ける。
――そこでは、いわゆる着る毛布を羽織った美里花が、ベッドサイドに座っていた。
その表情はどこか危うく、ギラギラと瞳が煌めいているように感じた。
「……美里花。久しぶり、だな」
「……うん。久しぶり」
美里花の方も、慎重に言葉を選んでいるような様子が伺えた。
「なんというか、その、大丈夫か、お前?」
そういうと、美里花はにへらと笑って、こういった。
「えへへ。大丈夫じゃないけど、大丈夫。月也が、来てくれたから」
そう言いおえると、美里花は自分の隣のベッドサイドをぽんぽんと叩いてみせた。
「こっちきてよ、月也」
俺は、美里花の言葉がとても嬉しかったのだけど、それ以上に何か近づいてはいけない危うさがあるような気がして、戸惑った。
だが、美里花の誘いを断るという選択肢は、今の俺にはもう無かった。
意を決して、美里花の方へと歩いていき、すぐ隣に腰掛ける。
美里花からは、いつも以上に、甘い桃のようないい香りがした。
ドクン。ドクン。心臓の鼓動が早くなるのを感じる。
逸らしていた視線を、ゆっくりと、横の美里花に向ける。
美里花の猫のような可憐な瞳が、切なそうに恋人を求めるような表情で、俺の事を真っ直ぐ見つめてきていた。
ドクン。ドクン。心臓の鼓動は、一瞬で最高潮に達する。
「ああ……月也……月也だ……良かった……もう会えないかと思った……」
美里花は、そんな俺の右手を両手で握るようにして、その感触を確かめるように、何度もにぎにぎとした。
すべすべとした美里花の柔らかい手の感触に、心臓が限界を迎えそうになるが、俺はそれ以上に混乱もしていた。
「……もう会えないかと思った、ってどういう事だ? 俺は、お前に振られたから、俺の方がもう会えないのかなと思ってたんだが」
「そうだよね。ごめん。わたしが馬鹿だったんだ。月也といるのがあんなに幸せだったのに、月也なしで生きていくなんて、わたしに耐えられるわけなかったんだ。わたし、毎日呆然としちゃっててさ。マジでなんもする気力湧かなくて。死のうとすら思えなかったんだ。本当に、虚無ってこんな感じなんだなって感じで……」
美里花は、美里花なりの思いを、一生懸命俺に伝えようとしてくる。
そして、そう話しながら、美里花は羽織っていた着る毛布をはだけさせた。
その下に着ていたのは、セクシーな白のネグリジェだった。
ネグリジェの下からは、ピンク色のブラやショーツまで、完全に透けてしまっている。
「……え?」
あまりの事に、まったく適切な反応を取る事が出来ないでいた。
本来であれば、目を瞑るか美里花の身体をもう一度隠すかするべきところ、俺は美里花の下着の透けた姿をまじまじと見つめてしまう。
そんな俺に、美里花はもたれかかってきて、そのままぎゅっと抱き着いてくる。
そして、うっとりしたような表情で、俺の腕に頬ずりを始めた。
「ああ、月也……月也……月也だ……ごめんね。わたしが本当、馬鹿だったんだ。わたし、月也なしで生きていくなんて、もう無理になっちゃってるのにさ」
美里花は、さわさわと、俺の腕や肩、背中や胸、お腹を、次々と慈しむようにさすっていく。
「本当、ごめんね。わたし、なめてたよ。月也の事がここまで好きになってるなんて、思ってなかった。月也と1日会えないだけで、わたし、完全にダメになってた。もう一日中、月也月也月也って、月也の事ばかり考えてた。月也、月也、ああ月也。わたし、今幸せだよ。月也とまた会えて、こうやって月也を感じられて、本当に、幸せ……」
美里花は、頬ずりをいったんやめると、俺の瞳に向かって、ぐぐっとその可憐すぎる顔を近づけてきて、唇と唇が触れ合いそうな位置で、囁くように声を出した。
「……ねぇ、月也? わたし、月也が恋人になりたいなら、なってあげるから。月也がわたしの身体でエッチな事をしたいのなら、なんだってさせてあげるから。だから、月也……お願いだからずっと一緒にいて? わたしが死ぬまで、ずっと一緒に」
その囁きが仮に彼女なりの渾身の誘惑なんだとしたら……
――もうこれより効果的な誘惑はないだろうというくらい、魅力的だった。
控えめにいって、一般に高校生男子の性欲というのは、到底理性で抑えきれるようなものではない。
ましてや、自分が狂おしいほど惹かれている女の子が、かわいらしい下着の透けたネグリジェ姿でもたれかかってきて、抱き着いているのだ。
そんな彼女が今、俺がエッチな事をしたいのなら、なんだってさせてあげると囁いてきている。
俺は、人生で全く味わった事がないほどの強い興奮を引き出され、美里花をめちゃくちゃにしたいと本能で思ってしまっていた。
――だが。
俺に残った、一抹の理性が、美里花を大切な宝物として扱いたいという気持ちが、それにストップをかけていた。
今の美里花の言葉をよく思い返せ。
――こいつは、恋人になるってことを、男が女にエッチな事をしたいからなるものだと、勘違いしてるんじゃないのか?
美里花の事ばかり考えていた俺だからこそ分かる深い洞察が、すんでの所で俺にブレーキをかけた。
「……美里花」
俺は美里花の両肩を掴むと、その柔肌の滑らかな細い感触にびびるものの、なんとか理性を取り戻すべく、いったん美里花を遠くに位置させるようゆっくりと押し返した。
「どうしたの……? 月也は、わたしとエッチな事、したくないの……? だったらどうしよう……わたし、可愛いくらいしか取り柄ないから……こうやって誘えば、月也だって喜んでくれるって思ったのに……わたし、要らないのかな……どうしよう……どうしよう……いやだよ、月也……」
だんだん冷静さを少しずつ取り戻していた俺は、美里花のあまりの不安定さに驚いていた。
美里花の危うさが、放っておけなくて、それをなんとかしてあげたくて、たまらなくなっていた。
「……要らないわけ、ないだろうが! 俺は、お前の事が本当に好きなんだ! 大好きなんだよ! 俺だって、お前とずっと一緒にいたいんだよ! なんでそれが、分かんないんだよ……!」
感情のまま、美里花の両肩を強くつかみながら、思いを伝えようと叫ぶ。
美里花は、両目を大きく見開いて、瞳を潤ませて、驚いたように俺の話を聞いていた。
「……でもさ、俺はさ、お前の事、まだまだよく知らないんだ。たぶんお前は、俺が恋人になりたいってのを、俺がお前とエッチな事をしたいからだと思ってるだろ? それがさ、俺に対してすごい失礼な考え方だってこと、お前、本当に分かってるか?」
そういうと、美里花はびくっと身体を震えさせて、不安そうに顔を歪めた。
「ご、ごめん……ごめんなさい……でも……だったらどうして……どうして月也は、わたしと恋人になりたいの……? 男はみんな、誰だってわたしとエッチな事がしたいんだって、そう思ってたんだけど……」
おそらく、美里花がそう思うに至るまでには、普段から感じる性的な視線とか下品な噂話などが、強く影響していたのだろう。美里花は、同じ男であれば思わずそんな事をしてしまう奴も多いだろうと思ってしまう程度には、とんでもなく魅力的な女の子なのだから。
もちろんそれは可哀想な事だと思うし、悲しい事だとも思う。
でも、一番ダメなのは、美里花自身に自尊心というものが全くもって足りていない事だと思った。
俺は美里花に自信をもって欲しかった。
お前は、そういう性的な魅力なんてあってもなくても関係なく、素晴らしい才能を持っていて、魅力的な人間性を持った、最高に素敵な女の子なんだってことを、理解してほしかった。
「……美里花。俺はさ、お前の全部が好きなんだよ。それはさ、お前が単にめちゃくちゃ可愛いとか、そういう所だって、もちろん好きだ。でもさ、たとえば普段明るいフリしてるのに、放っておけない危うさがある所とかさ。そういう美里花の普通なら良くないと思える所とか、そういう所まで含めて、俺は美里花が好きなんだ。本当に詩をやりたいと思ってる所も好きだ。その詩の中で、すげえ素敵な感性を発揮している所も好きだ。水族館で大はしゃぎするような所も好きだ。下手すると、カフェラテに砂糖をいっぱい入れる所だって、好きかもしれない。それくらいさ、俺はお前の全てが、西野美里花という人間のあらゆる所が、好きなんだよ」
そういうと、美里花は俺の胸に顔をうずめて、泣き始めてしまった。
「……う……うぅ……うぅううううううううううう! ……ずるいよ、月也。そんな事言われたら、もう月也なしじゃ生きていけないよ……うぅ……」
下着の透けたネグリジェ姿の美里花に抱き着かれるのはやはりすさまじく理性を消耗する出来事だったが、今は美里花の心を救うのに集中するんだと、鉄の心で本能を抑える。
「また月也が今回みたいにいなくなったら……! わたし、月也がいないと、たぶん死ぬことすらできない! 月也がいないと、何にもできないよ! 月也ぁ……月也ぁ……!」
「いいんだよ、今はそれでも。とりあえず、俺はいつでもお前の傍にいるから。いないときだって、携帯で連絡しあえばいい。改めて謝るけど、寂しい思いをさせてごめんな。お前がそんなに苦しむなんて、俺、全然分かってなかったよ。お互いさ、知らない事、分かってない事が、まだまだいっぱいあるからさ。そういうのを少しずつ話し合ってさ。ちょっとずつ、もっともっと、お互いを知りあっていこうぜ」
美里花は俺の言葉にいたく感銘を受けた様子で、
「……うん!」
と頷いてくれた。
どこか幼児帰りしたような美里花の様子には痛々しいものを感じなくもないが。
ひとまず、二人の関係が修復されたという事で、俺は良かったと思った。
「……美里花、とりあえずその毛布、羽織りなおしてくれないか? いい加減我慢するのもさ、キツいんだ」
美里花はかぁっと顔を赤くして、毛布を羽織りなおした。
「……は、恥ずかしい! 恥ずかしいよ、月也! なんでわたし、月也の前でこんな格好してるんだろ! バカなんじゃないのかな! あぁ、恥ずかしい……!」
今更になって美里花は恥の概念を思い出したらしく、強烈に恥ずかしがりだした。
美里花は急いで着る毛布を羽織り、美里花の柔らかそうなすべすべとした肌は、だいぶ覆い隠された。
ある意味一安心だが、寂しい気もしてしまうのは男の悲しい性だろう。
「……なぁ、美里花。お前の話をしてくれないか? お前は昔どんな子で、どういう風に育ったのか。そういうのが、聞いてみたいんだ」
だが、俺が勇気を出してそんなリクエストを出すと、美里花は悲し気に笑って首を左右に振った。
「なんかさ、わたし本当に怖いんだ。自分の事を話すのが、すごく、怖い」
そう言われてしまうと、俺は二の句が継げなくなってしまった。
「……だからさ、そう、月也の事を話してよ。わたし、月也のこと、もっと知りたい。月也が、子供の頃、どんな子だったとか、お父さんとお母さんはどんな感じかとか。どういう本が好きだったとか、お友達はいるのかとか、いつから小説書いてるのかとか」
美里花は、儚げに微笑みながら、一つ一つ確かめるように、俺について知りたい事を挙げていく。
「そうだな……俺も、美里花に俺の事を知ってもらえたら、嬉しいかもな」
俺はそういって、美里花に優しく微笑む。
美里花も安心したように笑ってくれたので、俺は良かったと思い、そのまま続きを話す事にした。
「そうだな……俺の小さい頃から話そうか……うちは共働きだったから、俺は結構一人で寂しくしてる事が多くてな。テレビとか見たり、絵本とかを読んだりしてる事が多かったかな」
「……わたしと一緒だ。なんか、嬉しいな」
「幼稚園に上がってからも、あんま友達とかいっぱい出来るタイプじゃなかったな。すみっこで一人で積み木で遊んでたり、絵とか描いてたり、そういうタイプだった」
「……そうなんだ」
「んで、小学校に入るんだけど、小学校も、なんとなく周囲や先生とかと合わなくて、すげぇ苦痛だったな。なんで教科書をいちいち音読しないといけないのかとか、なんで意味の分からない問題の解き方を覚えないといけないのかとか、全然分からない事だらけだった。先生とかには嫌われてたし、友達もろくにいなかったな」
「……なんか、シンパシー感じるな。月也も、そうだったんだ」
「その頃は、本とか読むのが凄い好きでな。学校の図書館に置いてあった本を、片っ端から読破してたよ。有名な漫画とかも、図書館にある奴はほぼ全て読んだ。好きな本もいっぱいあったな。冒険もののファンタジー小説とか、好きだった。んで、そういう事してたらさ、自分でもお話を考えたくなってな。ノートとかに、落書きみたいな妄想をいっぱい書いたりしてたな」
「……昔から、本が好きだったんだ」
「ああ……んで、中学に上がったくらいから、ライトノベルの新人賞に応募しはじめてたな。正直今見ると悲惨な作品だったから、1次選考とかで落ちてたけど。でも何回か出してるうちに、ちょっとずつ上に行けるようになってさ。高校に入ってしばらくしてから、晴れて受賞できたんだよ」
「……知ってる。噂になってたよ。実はわたし、噂を聞いて、どんな子なんだろうって見に行ったことあるんだ」
「マジか。美里花みたいな可愛い子に見に来られたら、気付きそうなもんだけどな」
「なんかね、一人でじっとメモ帳に何か書いてたよ。すっごい集中してた。わたしは、小説の事を考えてるのかな、って思って、なんかいいなって思ってたよ」
「はは。なんか、恥ずかしいな。そう聞くと」
「……月也は、初恋とかなかったの?」
「……そうだなぁ。まあ中学とかって多感な時期だし、好きな子くらいいたけどな。特に好きだと告白する事もなかったかな」
「……そっか。じゃあ、月也が面と向かって好きだって言った初めての女の子は、わたしなんだね」
ドキッとして、美里花の方を見る。
美里花は、にへらっと無邪気に笑っていた。
――ちくしょう、やっぱ可愛いなぁ、こいつ……
「……ま、まあそうだな。そうなるな。うん」
俺が盛大に照れながらそんな返事をすると、美里花は笑ってこう言った。
「あはは、月也、なんか可愛い」
「……うっせぇな」
俺は美里花のおでこを、ちいさくデコピンして弾いた。
「あいた……酷いなぁ」
「いいんだよ、そういう事言う奴には、これで」
「まったくもう……でも、そろそろうちの家族、帰ってくるかも。月也がなんか言われちゃったら嫌だから、帰った方がいいかも」
「……そうか。ま、大事な話は出来たし、今日は帰るよ」
「……ねぇ、月也。わたし、月也と一緒に学校に行きたいな。月也の家まで、朝迎えに行ってもいいかな?」
「……ま、いいぞ。住所は後で送っとく」
「やった。ありがと。嬉しいなぁ、えへへ」
照れながら喜ぶ美里花を眺めるのは幸せだったが、いい加減行かないといけない。
俺は静かに鞄を持つと、立ち上がり、美里花に挨拶して、家を出た。
「またな、美里花」